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三ノ弐



 まだ目を回していて、聞いているかは分からないけど僕は続けて口を開いた。

 ブラウという登場人物の設定を思い出しながら。

「はふ……」

「君はね、夕莉をさらって利用しろと命令を受けたと思うけど、上の連中は君を捨て駒として使ってるんじゃないかな。命令なんて無視しちゃいなよ」

 そう、ブラウを書いている時に僕は彼女がどんな役割で登場させるかという設定で、異術師側ではブラウとはそういう役割として使わされて意外と酷い扱いの設定だった。

 ブラウは最後にはどうなるんだったかは……思い出せないけど、最後も――最期も、あまりいい終わり方をしなかった気がする。

 気がするってだけでどうかは分からないけど、僕が物語を書く上で最初に遭遇させる敵は結構、酷い最期を送らせていた。

 だからブラウもそうなる可能性は非常に高い。

 先の展開を思い出せずとも、異術師の上の連中がどんな奴らか、設定から考えればおのずと僕ならこういう展開にすると思い描く事は出来る。

 ――だろう、という予想でしかないけど、自信はある。

「ア、アルガはそんな事、しない」

 そんな名前にしていたな、ブラウの上に立つ奴の名前は。

 確か様々な爆弾を生成する異術師だ、物語には直接出てこないので襲われる心配は無い。

「だったらどうして一度失敗した君に何の連絡も仲間も送る事をしない? 変異世界の入り口をどこかに開ければいいだけだろう?」

 ちなみに入り口は異術師が血で紋章を描けば開かれる、という設定。

 彼女の瞳はようやく落ち着いてきた。

 すっと立ち上がって深呼吸をし、僕を睨むようにして、しかしまだ顔を真っ赤にしながらも鋭い眼光を飛ばして口を開く。

「うるさい! 殺してやる!」

「わわっ、ま、待って!」

「待たない! へ、下手に考えるのは止めだ!お前を殺して天元夕莉をすぐに奪い取ってやる! 奴を使って戦争の火蓋を切って我々異術師が世界を支配下に置いてやるんだ!」

 そうそう、異術師達はそういう目的だね――って思っている場合じゃなく、逃げなくては!

 彼女は人差し指を立てて、僕に向けた。

 虫たちがどこからともなく沸いてきて僕を囲んでくる。

 死を覚悟――せざるを得ない状況に、僕の両足は震えが止まなかった。

「ぐう……!」

 虫は、一向に襲ってこなかった。

 僕は無意識に閉じてしまった瞳を開けると、彼女はまだ人差し指を僕に向けていたが小指は立てておらず、その手は震えていた。

「ぬう……!」

 ……躊躇している?

 どうしてだろう、何が彼女を止めている?

 そんな疑問に構うよりも、この機会を逃してはならないな……!

「あの、れ、冷静になって、お互い話し合えばきっといい未来が待ってるよ」

 必死の説得だ。

「戦争なんて起こしてもさ、得する事なんて何もないし、僕を殺したところで君が得るのは夕莉からの恨みだよ? 夕莉の力は見た? 一昨日にさ、すごいの出してたんだけど」

「あ、あの、爆発か?」

 見ていたのだろう、ブラウははっとしてその光景を思い出している様子。

「そうそう、あれが君に飛んでくるかもしれないよ? それでもいいの?」

 手を引っ込めてくれた。

 彼女にとって夕莉から強大な敵意を抱かれるのは好ましくない、考え直してくれるとありがたいね。

「……わかった、お前は生かそう」

 虫は引いていき、僕は緊張から解放された。

 助かった……。

 虫に囲まれた時の気分といったら、最悪もいいとこだ。百足が僕の周りを嫌がらせしたいのかと言いたくなるほどにぐるぐると回っていたし、羽虫が耳元を通り過ぎるとどうしても体を情けなく縮めてしまう。

「ただし、人質としてだ!」

「えっ」

「それとまだ食い足りない、飯をよこせ!」

「えっ」

「あと服がぼろぼろだ、服もよこせ!」

「えっ」

「街に行くぞ!」

「えぇぇえ!?」

 なんか物語なんか完全無視で変な展開になってるんじゃないかこれは。

「うるさい!」

「すみません……」

「行くぞ!」

 ブラウは上着を脱ぎ捨てて、薄いシャツ一枚。

 半そでなので肌が結構露出している、白く綺麗な肌はすべすべしてそうで思わず触りたくなる魅力を秘めていた。

 じっと見ていると、睨まれたので僕は視線を床に落とす。

 彼女は歩き出して、窓から外に出た。

 遅れて僕は外に出ると、腕を組んで眉間にしわを寄せて僕を待つブラウ。

「あの、さ。魔術師が近くにいるかもしれないよ?」

 僕は現在魔術師に監視されている、そんな中彼女と一緒に行動するのは中々にまずい。

「構わん、撃退するだけだ」

 魔術師達はどうでるだろうか、とりあえず僕が敵に回ったと勘違いはしてもらいたくないものだ。

 助けが欲しければ近くにいる魔術師っぽい奴に話しかければいいと微影さんは言っていたので、探してみるとするか? 探せたらの話だけど。

 あと探して助けを求めたらきっと魔術師とブラウとの戦闘になる、それだけは避けねば。設定ではブラウはかなり強力な力を持っている、魔術師が勝てるかどうか分からない。だから僕が助けを求めるのは魔術師に危険を振りまくだけの行為ではないか?

 ではどうする?

 ……ブラウに今は従うとするか。

 僕はブラウへ歩み寄ると何故か彼女は僕を見るや、深呼吸して、

「あ、怪しまれないようにしないといけない! こっちに来い」

 僕は恐る恐るな足取りでいると、彼女は人差し指を立てて僕に向けた。

「ちょ、ちょっとっ!」

「早く来い人質め!」

 軽く小指を立てるや、僕の耳に何かが止まり、ちくりと痛んだ。

「痛っ! な、何!?」

 手で振り払うと、飛んでいったのはトンボ。

 ……トンボに耳を噛まれたようだ。

「腕を出せ!」

「う、腕?」

 頭にクエスチョンマークを浮かべるとブラウはまた右手を動かし始めたので僕は慌てて腕を出した。

 すると彼女は唾を飲み込んで、僕の腕に自分の左腕を絡めて、

「よ、よしっ!」

 謎の気合が入った声。

「……あの」

「な、なんだ!」

「これは……?」

「こ、この世界では、だ、男女が一緒にこうして歩く姿が多かったのだ! こ、こ、これで怪しまれまい!」

 ……まあ、怪しまれないかもしれないけど。

 食い逃げする時はフード付きの上着を着ていたようなので素顔はそれほど見られてはいないはず、上着を脱いだ状態で尚且つ誰かと一緒に行動していれば街を歩く人らに溶け込めると思うが、僕の心臓の鼓動はさっきから激しく脈動。

 人質としての恐怖と、異性と腕を絡める事による興奮が混ざっている。

 ブラウは鼻を押さえて、顔はやや上へと傾けていた。

 鼻血がまた出そうなのか、ならば無理せずに腕を絡めようとしなければいいのに。

 僕を拘束する意味も含んで腕を絡めてきたようだけど、虫を使って脅していればいい話なんじゃないかな。

 彼女と並行しながら僕はそう考えていた。

「ほ、ほら、もっと、早く歩けよ!」

「は、はい!」

 腕に当たる柔らかい感触が僕の思考を乱させる。

 しかしここは冷静にならねば、うん、冷静に!

 設定からして、彼女とは話し合えばきっと分かり合えると僕は信じている。

 彼女は変異世界の住民の中でも、異術師の中でも純粋な人だ。

 そりゃあ凶暴な時はあるけど、この世界にいれば純粋さが濃厚になり始めるはずだ。

「あの、聞いていいかい?」

「な、なんだっ」

 ぎこちない並行で、僕は街へと足を向けながら、その間沈黙を貫くのも嫌なので直ぐにでも話し合いたいのもあって口を開いた。

「君は、戦争を望んでる?」

「……ああ、の……望んでる!」

 言葉を詰まらせたのは、さっきから帯びている緊張のせい? それとも僕がこんな質問をしたせい?

 ブラウの目を見ようとしたが、彼女は僕から視線を逸らした。

 ぐいっと、腕を引っ張られて、前を通るサラリーマンから距離を離して道の端を沿うように歩行。

 サラリーマンは僕らを――特にブラウを見ていた。

 銀色の髪、外国人だと思って珍しいと見ているのか、特に気には留めていないようでその視線はすぐに解けた。

 サラリーマンが通り過ぎて、安心。

 安心?

 変な話だ、人質の身である僕は、サラリーマンがもしかしたら魔術師で襲ってくるかもとか、ブラウが通報されて警察に追われる事を心配して、今それが回避されて心から安心している。 

 本来ならば助けを求めるべく何かいい案はと頭を働かせるべきなんだけど、僕は彼女を作った作者としての視点で考えているので彼女に感じる愛着もあって、どうしても彼女の心配をしてしまう。

 会った時はとっても怖かったけど、やっぱり僕が作った登場人物は、どうしても可愛く想ってしまう。親心っていうのはこういう感じなのかな。

「どうして?」

「……アルガが望んでるから」

「君の意思じゃないよねそれ」

「だったらなんだ」

「君の気持ちを知りたいんだ、僕は」

 ……沈黙。

「この世界は、そんなに悪い世界じゃないと思う」

「……飯は美味い」

「そうだね、君の住む世界とは違って、こっちの世界だと料理人っていう美味しくご飯を作る人がいっぱいいるんだ」

「変異世界に来た事あるのか?」

「無いけど、君以上に変異世界の事は知ってるよ」

 作者ですから。

「……やっぱり知りすぎてるなお前は、危険人物だ」

「だからといってさ、僕は何も出来ないよ。ただの一般人なんだから」

「私にはちゅーした! しかも、鼻血が出やすくする術をかけてきた! お前が何を言おうと危険人物だ!」

 術じゃないんだけどなあ……。

 怒声を響かせるたびに、周囲を歩く人々が僕らに視線を向けた。

「声、ちょっと小さくしないと怪しまれるよ?」

 その視線に気づいて、ブラウは声量を落として会話を続けた。

「お前と触れていると、何故か心臓もばくばくする。お前を見ただけでもそうだ、鼻血も出てくるとあれば術しかあるまい」

 それはただ興奮しているだけんじゃないだろうか。

「……僕は何の術も使えないよ、それは君がただ勝手に興奮しているだけさ」

「こ、興奮?」

「まあ、あの時は君を撃退するためにキスしちゃったけど、それが原因で君を興奮させてしまったのなら謝るよ。君は純粋な人だからね」

「なっ、わ、私は残忍で悪逆で、凶暴なブラウ様だぞ、純粋とは程遠い!」

 自分で言うかなそんな事。

 強がって見せているとしか思えないんだよね、ていうか強がってるよね。

 僕には分かるよ、君の事なら君以上に知ってるから。

 思わず笑みをこぼしてしまうや、ブラウは僕に人差し指を向けるやどこからともなくカブトムシが飛んできて僕の鼻に止まった。

 季節はずれの虫でさえ呼び込んでしまうんだね君は。

「あの、ブラウさん?」

「やっちまえっ!」

 かぷっ。

「痛い痛い痛いっ!」

 今度は鼻を噛まれた……。

「人質らしくしてろ」 

「すみません……」

 世知辛い。

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