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二ノ弐

 


 今日一日の授業は特に何も起きず、放課後のチャイムが鳴ると同時に僕達は安堵のため息をついていた。

 しかし心配もある。

 今日は自分の机の中や廊下の床、落し物箱などを探したものの原稿を見かけなかったために、僕は先がどうなるのかを知れずにいる。

 魔術師が襲ってくるのは分かっている、だけどいつどこで襲ってくるかが分からない。

 相手は同じ学校に通う生徒、周囲には人、人、人。

 この中にいるかもしれない。

 名前は……伊波爪微影いばづめそよかげ。同学年の女子生徒、趣味は音楽鑑賞と読書、指先から両腕にかけて魔術の刺青があるも戦闘態勢にならなければ刺青は現れない。

 身長は僕と同じくらいの設定だったかな、目印となるのは頭の左右には団子に結ったダブルお団子ヘアの特徴的な髪型、他には片手にいつも本を持っている。

 登場人物一人一人の設定だけは忘れずにしっかりと憶えているのは僕にとって最大の武器だ。

 ちなみに名前は特に何の理由もこだわりもなく付けた、失礼ながら。

 何人で来るんだったっけ。一人? 二人だったかな、えっと……痛っ――!

「……大丈夫?」

 次の物語の進行を思い出そうとすると、また頭痛だ。

「……ああ、大丈夫だよ、ちょっと頭痛がしただけ」

 頭痛は一瞬だけ、痛みはただの頭痛の比では無いほどに痛いけど。

「頭痛、最近多いの?」

「昨日から、ちょっとね」

「薬は?」

「飲まなくても平気さ」

 原因は分かっている、痛み止めの薬を飲んでも無駄だ。

 頭痛が止んで僕は周囲を見回してみる。

 彼女はもう近くにいるかもしれない。

「誰か、探してるの?」

「ちょっと、ね」

 これから魔術師が襲ってくるからそいつを探してるんだなんて言えない、だからといってちょっとねというのも少々雑なごまかし方だったな。

 しかし見つからないな。

 それらしい生徒は廊下を歩く生徒誰一人として該当せず。

 もう玄関か、それとも学校の外に行ってしまったかな?

 歩きながらまた探すとするか、只管に見回すのも皆に怪しまれてしまう。

 僕達は階段を下りて、一階へ。

 今日はもう魔術師はやってこないのかも――と思っていた矢先に、右足が一階の床についた途端に僕達は異変に気づく。

 確かに今、階段を降り終えた。

 二階から降りるのならば次は一階、それは当然の事である。

 その当然の事が、起きなかった。

 ぎしり、と軋む木製独特の音。

 うちの学校はいつから木製になったかな――先ず、唐突に木製になるなんてありえない。

 明らかにここは別の場所だ、周囲にいた生徒は夕莉以外全て消えてしまっていた。

「……ここは?」

 夕莉ははっとして周囲に視線をくばる。

「どこ、だろう?」

 薄暗い廊下だ、窓は外から材木で塞がれていて辛うじて劣化による亀裂で光が差し込んでいるのみ。

 後ろを見てみると階段があり、下はなく上へいけるも、ここが一階だと分かれば行く必要はない。

 僕は、冷静に状況の把握に取り掛かっていた。

 何故か?

 それは今から起こる事を既に知っていたからだ。

 ――魔術師。

 彼女の仕業に違いない、物語を書いていた時はこんな展開はあったかなと疑問に思うも、それよりも疑問に思うべきなのはここがどこなのか、という事。

「夕莉、気をつけて」

「う、うん……」

 歩くたびに軋む音。

 僕達の足音以外廊下にはまだ響いていない。

「出口はどこかな……いや、出口を探すより敵を探さないと出られないな」

「あの、これ、異術師の仕業……かな?」

「異術師じゃないよ、魔術師だ。場所移動させてから、僕達に接触しようとしてるんだ」

 自信を持って僕は断言する。

 一定距離で壁に貼られている御札、僕の書いた魔術師の設定通り、間違いなくこれは魔術師の持つものである。

 夕莉はクエスチョンマークを頭の上に浮かべてその御札に触れようとしたが僕はすぐにその手を掴んで止めた。

「それには触らないほうがいい」

「そう、なの?」

「触ったら痛い目に遭うよ、君の力に対抗するためのものだから、具現でも壊すのは難しい。御札のみならず壁一面、きっと触ると痛い」

 最初に接触してきた時に、夕莉への対策で御札を使っていたので多分同じものだ。

 異術には反発、普通の人間にはしびれを与える。

 こういった細かな設定を忘れていなくて本当に助かった、じゃなきゃ今頃壁や御札に触れて痛い思いをしていたね。

「りょ、了解」

 夕莉は壁から距離を取って僕に体を寄せた。

 心臓の鼓動が脈動。

 緊張とは別の、脈動だ。

 絡み付くように僕の腕に手を回す夕莉は無意識の行動であろう。

「と、とりあえずこの御札のせいで僕達は閉じ込められてるから、御札貼った奴を探そう!」

「うん。あれ? 明人、顔、ちょっと赤い?」

「気のせい!」

 唐突に早足にしてごまかした。

 伊波爪微影、彼女はこの建物のどこかにいるのは間違いない。

 でもこんな接触の仕方をする人だったかなあ……物語に変化が起きて彼女もその影響を受けているのかな?

「明人は、その、魔術師の事も知ってるの?」

「うん、魔術師以上に、魔術師の事を知ってるよ」

 だからといって僕は魔術を使えるわけではないがね。

 長期の鍛錬を積んで魔術を体に循環させる力を得なければならない、それが僕の考えた魔術の設定の一つ。

「そうだ、何か武器になりそうなものを具現できない? 君ならやれるよね?」

「や、やれるけど……」

 彼女の具現はまだ一度も見ていない。

 物語を書いている時は、文章として彼女の具現するところを想像していたが、それが今目の前で、この目で見れるとなると高揚するものがある。

「長い棒とかがいいかな、振りやすいやつ」

 ついでに注文も出す僕。

 ここを脱出するために爆弾や大砲とか、そういったものを具現できればいいが、夕莉の具現は本人が具現するものの構造を知っていなければならない。

 たとえ爆弾を出してもらってもどんな火薬だとかどうやって発火するかなど詳しく知っていなければただの爆弾みたいな置物を具現するだけ、大砲も然り。

 だから注文は想像しやすい単純なものにしてもらった。

 壊れているものならその部分を具現して直す事なら彼女は得意だが、ここらに壊れた武器なんて落ちていまい。

 夕莉は両手を差し出すと、手の平から青白い光が出現し、それは棒状へと形を作り始める。

 すごい、本当に、すごい!

 感動的、神秘的、奇跡的、兎に角すごい!

 テレビのCGのようで、アニメのようで、ゲームのようで、映画のようで、ドラマのようで、夢のようで、現実で見れるというのはこうも違うものなのかと、僕は笑みさえこぼしそうになった。

「出来た」

「ありがとう、木刀、かな?」

「修学旅行で人気の一つと言われる、もの」

 人気かどうかは分からないが、武器としては十分だな。

 地面に先端を当てて硬度を確認してみるや、かなりの硬さを感じさせる。

 長さも一メートル弱で十分だ、申し分ない。

「あの、どう?」

「うん、いいよ。文句無し」

「じゃなくて」

「え?」

 指をもじもじとさせる夕莉。

 何だ? どうしたんだ?

「私の、具現。普通じゃ、ないから」

 なんだ、そういう事か。

 木刀じゃなく具現の力をこの目で見てどうだったかと聞きたいのね。

「別に、何も?」

「本当?」

「だって、僕はもう君の具現の力は知ってたんだよ。そりゃあ具現してもらったのは初めてだけど、だからといって君への印象が変わる事は無い。心配しないで」

「あ、ありがとうっ」

 嬉しそうに夕莉は笑顔を見せた。

「むしろすごい奴だって関心してた」

「頼って、どうぞ」

 誇らしげ。

 魔術師は魔力を元に魔術を使うが、異術師はそのようなものは無いのがこれまたいいところ。

 本人の体力が持つ限り何度でも異術を行えるし、回復は睡眠や体を休める行為だけで済む。

 僕の考えたこの設定、物語を進める上で原稿にそういえば書いた記憶があったなあと思い返した。

 やっぱり読者へ多くの設定を読ませるのはよくないよなあ。

 反省点ばかり出てくる、それほどまでに僕の書いた物語は駄作だったのだと思う。

 こうして思い返してみると僕の書いた物語ってのは僕の中にいる中二病な僕が勢いで書いたような物語じゃないか! 

 もっと冷静にじっくりことこと煮込むように考えればよかった。

 異術師とか魔術師とかそういうのを出していればなんかいいんじゃないかなーと安直な考えだったし、魔法名や技の名前も何かつけようかなと思っていた時もあった。

 なんとか、その衝動は抑えたというより設定に力を入れられずに終わったが、兎に角駄作だ。

 悲しい事に、その駄作が現実で起きてしまっているのだから頭を抱えてしまうね。

「ううっ……」

「また、頭痛?」

「ある意味、頭痛」

「ある意味?」

 僕は悲しく頷いた。

 それより、今は現状をどう打破するかを考えよう。

「気にしないで、大丈夫だから」

「う、うん……」

 心配してくれるのは嬉しいけど、心配してもらえるほど深刻なものではない。

 それどころかくだらないと一蹴できてしまうものだ。

「ここ、旧校舎かな?」

「どうだろう? 分からないな」

 現実では旧校舎の存在は無かった、僕の書いた物語では旧校舎の描写があったのでその影響で現れてのかなここは。

 だとしても旧校舎は舞台にはならなかった、それなのに僕達は今旧校舎の中にいるという事は……これもまた物語が変化した証なのだろう。

 変化していても、先の展開を思い出そうとするまでも無く分かる事はある。

 僕が物語を書くとしたら、旧校舎が出てくるとして先ずは……。


 この旧校舎、ぶっ壊れるな。


 敵との対決でド派手にね。

 物語によく出てくる旧校舎は高確率で崩壊する。

 様々な小説を見てきたが、敵との対決が多い系で旧校舎が出てきたら崩壊はお約束だ。

 ちなみに自分らの通う学校ではそれほど戦闘は多くなく、戦闘するとしても校舎は不思議と壊れない。

 壊れたとしても何らかの力によって修復されるってのもよく使われると思う。

 これらを考慮するに、これからこの旧校舎では敵が現れて崩壊する可能性は非常に高いと思われる。

 それはいいとして。

 必要なのは原稿なのだが、どこかに落ちてはいないものか。

 机に書いていたように、壁に書かれてたりは? わずかな希望に乗せられてギラついた目で必死に見るも、御札が貼られてるだけ何も無し。

 ――ぎしり。

 前方から軋む音が聞こえてきた。

 廊下の先は右側への曲がり角、曲がり角の奥に誰かがいる。

 ――ぎしり。

 また軋む音が聞こえてきて、音はかなり近くなっていく。

 僕達は足を止めて前方の様子を見る事にした。

 木刀を構えて、警戒態勢。

 もうちょっとすごい武器でも具現してもらったほうがよかったかな?

 今更ながら木刀では魔術に対抗はできないよなと思った自分がいる。

 だからといって刃物とか出されても扱いに困るのだけどね。

 先ず曲がり角から出てきたのは本だった。

 焦げ茶色、革装本で高価そうだ。

 胸の位置あたりからそれは出てきて、次にそれを持つ右手。

「こんにちわ」

 その声と共に彼女は出てきた、隠れるつもりも無くあまりにも堂々と。

 薄っすらと浮かべるのは冷たさすら感じる笑顔。

 こうして直接見ると、文章では綺麗さを表現していたが、文章では分からない綺麗さと、文章では感じる事の出来ない彼女の持つ独特な雰囲気が伝わってくる。

 僕らは、彼女の挨拶に僕達は挨拶を返す事はせず、只管に様子を伺った。

「挨拶をしてるのに無視されると悲しいわ、もしかしたらお前らの両親は挨拶されたら無言を貫けと教えてきたのかい? そのような教育、あまりよろしいとは言えないわね」

「……こんにちわ」

 このままだと挨拶しないのは両親のせいになってしまうので僕は挨拶を返した。

「そう、それそれ。それがいい、ありがとう、挨拶を返してもらえると嬉しいものがあるわね。ほら、お前も挨拶、してくれないかな?」

 次は夕莉へ挨拶を求めるも、彼女は口篭ってしまった。

 今の心境ならば仕方が無いものだ。

 敵であると分かっていて、襲ってくるかもという不安もある。

 そんな中、唐突に挨拶を求められてもすぐには反応できない。

「残念、非常に残念。待てよ? 挨拶すら返ってこないというのは、あたしは同性に嫌われるタイプなのかもしれない。そうだとしたら非常にとてつもなく悲しくなってくるわ」

「ただ単に、君が敵だと分かってるから警戒してるだけだよ」

「そう? あたしが敵、ああ、なるほど。そういう事ね。安心したわ、とっても安心した。今夜はお前のおかげで安眠できそうだ」

 それはよかったね。

「ちなみに、放課後の予定は何かあったかい?」

「……いいや、何も」

 こうして魔術師が接触してくるかもっていう予定ならあったが、言わないでおこう。

「それはよかった。悪かったわね、このような連れ出し方をして」

 彼女は笑みを浮かべて、僕らを蛇が舌を出して嘗め回すように見るような視線で再び口を開く。

「魔術師って聞いた事、ある?」

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