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マキナの森  作者: 兎屋
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0話

 目を開けると、そこは異世界だった。

 言葉にするとなんとも軽い。少年は苦笑した。

 異世界、と言っても確証は無く、単なる感想なのだが、元いた場所と比べると明らかに異質だった。

 例えば極寒の地にいる人間がふと目を開けたら砂漠だったりしたら、それはやはり”異なる世界”と感じてもおかしくはないだろう。

 実感としてはその程度だ。

 先ほどまで地下鉄の列車のささやかなGに揺られながらうつらうつらとしていたはずだ。一瞬視界がぱっと明るくなったような、はたまた暗くなったような感覚の後、目を開けたらこの場所にいた。


「森……のな、か……?」

 頭がふらふらする。体に力を入れようとしても上手くいかない。

 なんていうのかな、そう浮遊感。

 むせ返るほどの緑というのは個人的にはもっと湿りっぽく鬱葱としたイメージだが、これはもっと穏やかな緑だと少年は思った。

 地面は日陰にも関わらず背の低い雑草がみっちりと周囲を覆っていた。苔に近いものだろうか。

 木々の胴径はアフリカゾウの腰周りほどに太く、その頂上は高くここからは木の葉に隠れてよく見えない。一本一本が立派な大木だと言えるだろう。それらはまばらに、けれども天井を葉っぱで覆いつくせるほどには存在していた。故にここ周辺は薄暗く、けれども風通しは良く、不快感はさほど感じない。

 光は木々の隙間から僅かにこちらを覗いている。

 少年は力なくため息をついた。

 想定外のことだった。肺のあたりが急に動いたからか胸の辺りがズキリと痛んだ。

「うぐっ……!っ痛たたたた……なんだこれ?」

 あまりの痛みに驚愕し少年は人生で初めて心臓を掴んで捨ててしまいたいと思った。

 背中を木に預け呼吸を落ち着かせることに努めた。それでも痛みが止むことは無かったが幾分マシになったと少しだけ冷静になった。

 よく見ると服もボロボロで所々破れている。ここに着くまでに何があったのだろうか、と少年は不安を感じたが、今は呼吸を整え考えることをやめようと念じた。

(……痛くない、痛くない、痛くない……)

始めは胸に手を当てていた左手だったが、自分でも気付かない内に服を思い切り握り締めていたらしく、手を弛緩させた時は全身から緊張感も抜けてしまい少年はそのまま眠りに就いた。



「…………」

 夢を見ていた気がする。あるいは見ていなかったかもしれない。もう、忘れてしまった。

 僅かに意識が覚醒すると、始めにそんな事を思った。

(咽がかわいたなぁ……)

 周囲を確認する。まだ光がある、ということは日中だろう。状況は相も変わらずと言った所か。全身の倦怠感は健在で一歩も動きたくない。

 しかしそれよりも水を飲みたいという欲求の方が強く、少年はこの場所を移動することに決めた。

 立って歩くことは出来なかった。頭がふらつきまともに立つことも出来なかった。

 あまりのみっともなさに少年は恥を感じたが、そのまま地面に這い蹲ってのろのろと移動を開始した。

(み、ず……水……み、ず……)

 頭に浮かぶのはそれだけだった。少年が感じた”恥”はすぐに消え去った。

 ただ、前に進むことだけを考えた。

 あるいは、目前にどうしようもなく感じさせる”死”という恐怖を考えないようにしていただけだろうか。

 

 死から遠ざかろうとするのは”逃げ”だろうか。

 みっともなくとも前に進むことは価値あることだろうか。

 思えば、一人で森の中にいる状況も初めてだ。

 こんなに体が痛いのも初めてだ。

 もしかしたら、死ぬのかもしれないな。

 何も考えないことは逃避だろうか。

 欲求に忠実なことは傲慢だろうか。

 別にそれは、きっと、どうでもいいことだ。

 僕はただ、死にたくないだけだ。

 生きていたいだけだ。


 時間はどれほどかかっただろう。体感時間では一時間ほど移動したところで、ようやく木々の隙間から光が溢れんばかりに降り注ぐ空間を見つけた。

 少年の目にほんの僅かに希望の光が射す。

 匍匐前進する速さを上げる。それがおそらく現状の力一杯だった。


 その空間には湖が存在した。周囲は木に囲まれていて、その湖だけが光り輝いているように思えた。

 少年は水場を見つけ安堵する。動かない体に鞭打って思い切って駆け出してみた。案の定まっすぐには進めなかったが、それでもなんとか水辺に到着した。

 正直なところ水が清潔かどうかを考える余裕も無かった。

 呼吸をするのも忘れるほど無心で水を飲んだ。頭から水に突っ込んで飲んだりもした。鼻に水が入ってえらいことになったが、まぁいいだろう、と少年は一人ごちる。

 それから改めて冷静になる。

 ここはどこだろう、とか、体は大丈夫なんだろうか、とか、元に戻れるんだろうか、などなど。

 ともあれ、と少年は息を吐く。

「やれやれ……どうやら……、夢じゃ、なさそうだ……」

 今度は夢も見ないだろうな、と意識が遠のいていくのを感じた。

 少年は再び、気を失った。

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