雪色の魔女9(三者の蛇)
大蛇は、その大きな巨体をくねらせ、人や家、家畜を潰した。
人々は皆、椿事に逃げまどい、パニックのような様相でした。
しかし娘だけは、逃げる事無くその場にじっとしていた。
最早、逃げる気力も失せたのか。
大蛇は、その場の全てのもの平らげると、その切っ先は、娘に向けられた。
哀れ娘は、大蛇の餌食になるのかと思われた時だ。
大蛇は、青年の姿に身を窶し、娘の方へと駆け寄った。
「お前に害する者どもを全て葬り去ったぞ。
つぎは、お前だ。
生きたかったら我が意を聞け、聞かぬなら、あいつ等同様この金口で飲み込むぞ。」
鋭い眼光とまがまがしいその貪欲なる意志に娘は、屈するかに思われた。
しかしそれは、違ったようだ。
最初から死んだような様子の娘は、大蛇のその大いなる迫力に動じず、ピクリともしなかった。
それは、青年に身を窶しているからに違い無いと大蛇は思う程だった。
「人間の娘よ。
我はえらく気分を害した。最早、貴様の生きる道を自分で閉ざしおったわ。
望み通り食らってやる。」
大蛇は、その変身を解き、その金口を娘の頭の頭上にやった。
すると、娘は、先ほどとは、打って変わって正気に戻っていた。
「滑稽だわ。
あんた私を食おというの。
あんたには無理、だって私の体には、毒がタップリと塗ってあるんだからね。
根性ない傲慢な、あんたには、何百年経っても無理。」
「我を挑発しようと云うのか。」
娘は、薄ら笑いこの大蛇を地上の全ての中で一番か弱い存在だと云うかのような畜生を見下げる態度を取った。
すると大蛇は、さっきとは打って変わった態度をとり、今後は娘に取り入れようとしてきた。
「気にいったぞ。
お前には、フルートと死に装束をやろう。これらの物は、如何なる時にも、お前を守り全ての魔をも退くと云う。
例外もあるがな。」
大蛇は、これであの娘も言う事を聞くとたかをくくっていたが、その様子も無い。
「大分譲歩したつもりだが、何か不服か。」
「あなたの存在全て。返せとは言わない。死んだ人、一人一人にあなたの哀悼の意(謝罪)がなければ許さない。」
「そうか。」
そう言うと大蛇は、その大きな金口をあんぐりと開け、娘を一飲みにした。
それからどうなったかを知る人は居ない。
そしてその後大蛇を見た者は居ない。ただ冷酷無比な雪女の姿がピーンヘルム、ペースアンドル山脈地帯、ムース山地に見られるようになった。
そして誰の口から出たのかは知らない。
大蛇が3つに分かれ飛んでいったと云うのだ。
それは再びどんな形にせよ結合してらないことを意味する。
「と云う事じゃ。」
「グーグー。」
「あらま寝てしまって、まあいいわ。
この澱んだ世界を立て直すのは、小夜子だけじゃからな。」
その微睡みの無い寝顔にふとかんがえにふけ、力を蓄えるべく、その場を離れる祖母だった。