聖人エウロペ
セネト市内の道具屋で拡張スキルの売却が終わると、俺は店を出た。
ここ数日の戦いで、拡張スキルばかりを入手していた。
オーグメントはドロップ型の入手スキルで、ゲーム攻略に大きく関係し、他プレイヤーを出し抜く為に、まるでトレーディングカードさながらの戦略性が求められる。
この前斃した雑魚プレイヤーから入手した<二刀流>、自分の現在地を知ることができる<足跡の霊視>というオーグメント、アイテム精製用で、平原に存在する鉱物を見分けることのできる<大地の知恵>などだが、どれもさほど重要だとは思えない。
当然、職業との相性もあり、職業によっては使用できないものもある。
拡張スロットは数が限られている為、配られたトランプの手札か麻雀牌のように組み合わせて使用することが重要になってくる。
ディメンジョンブレードとアブソリュートディフェンスを外してまで、メリットがあるとはとても思えない。
<二刀流>というオーグメントは低レベルな、その他大勢のオーグメントといってよい。
前述したように俺が今一番欲しいのは<空中飛行>のスキルである。
そして、<空中浮遊>は今誰もが欲するスキルである。
道具屋などで一般売りはされていない。
今日もマリナと一緒にプレイする予定だった。
メールで事前に誘われ、約束を交わしていた。
まったくマリナのペースだった。
マリナは<空中浮遊>のスキルを所持しているという理由もある。
彼女と行動を共にすれば、別の大陸へ足を運ぶことができる。
空中浮遊のスキルを入手する可能性も格段に上がるということだ。
しばらくはマリナに付き合うしかない。
セネト周辺を離れ、別の街へ向う事になっている。
件の、法の神召喚は先にとっておくことにした。
未開の土地へ行く以上、この先何が起こるか分からない。
その時、法の神は絶対的な切り札になることは間違いなかった。
また今日をもって、しばらくプレイはできなくなる。
プロモーション活動の追い込みに入る為である。
仕事がそれくらい立て込んでいた。
店を出たとき、一人の魔術師風のNPCが立っていた。
金髪に、額環を身につけている。
神官か巫女のような衣で立ちにも見え、手には壷を携えていた。
「お探ししておりました。クロム様――」
突然名前を言われ、俺は「誰だ?」と尋ねた。
「エウロペと申します――」
口調からすぐにNPCと悟った。
だが、エウロペはそこらに溢れているようなNPCと明らかに雰囲気が違っていた。
俺はハッとなった。
「まさか聖人か……?」
俺の言葉にエウロペは頷く。
聖人――ゲーム内において、重要なヒントをプレイヤーに授け、クリアへと導くNPCである。
前作および今作には、GM型NPCが存在する。
GM型NPCはユーザーサポートやバグ検証、ゲーム内パトロールなど、ゲーム世界の秩序を守るために運営側が用意した特別なキャラクターである。ゲーム世界に常駐し、コミュニティ内の秩序を守るために巡回している。
GMには事業者側システムオペレーターと常備監視用プログラムであるノン・プレイヤブル・キャラクターがいる。
ゲームの舞台裏に参加し、世界全体のプレーヤーに神さながらの権力を行使できるよう
になる。
GMがイベントの主催を行なったり、怪物や魔神、悪の魔道師や魔王などをコンシューマゲームなどに登場する悪役を演じ、ゲームを盛り上げる役目をしている。
判定人であり、保護者であり、統治者であり、指導者であり、ストーリーテラーで在り、調停者といえる。
前回の聖人は四名、そのうちの三名はゲームを管理するAIそのものだった。
「タロットカードナンバーは一七、『星』を司るNPCです」
エウロペは自らを説明する。
「属性は?」
俺は思わず尋ねた。
「法でもなければ、混沌でもありません。調和の神の使者にして中立の存在――」
「調和の神だと……?」
「そして、あなた方ナーヴァスを守護する役目を担います」
にわかには信じがたかった。
ナーヴァス――俺の隠れた才能である。
仮想現実環境内において特殊な能力を発揮する人間のことを差し、肉体的制約から解き放たれ、現実世界では不可能な事も可能となる。
脳力値と呼ばれる、脳の能力の総合指数。戦闘力や戦闘能力や神経伝達速度指数、ワーキングメモリー、演算能力、同調率などの脳内神経スペックを算定評価した値や仮想環境への適応能力が高く、精神的特性や頭脳の明晰さ、神経伝達率はプロスポーツ選手並みのスペックを有する。
脳の部位の発達差異により、さまざまな特性と種類のナーヴァスが存在する。
ちなみに俺はマルチタスク型のナーヴァスらしい。
「……証拠は?」
俺は警戒するようにエウロペ尋ねる。
「この持物である壺……だけでは証明になりませんか?」
俺は苦笑する。
タロットカードの『星』も確か壷を持っていたことは知っていた。
聖人はタロットカードの名を持つという特徴がある。
「……説得力に欠けるな。で、何の用だ?」
「四英雄の一人であるクロム様にお願いがあります」
「お願い?」
「調和と原初を司る宇宙神ガラテアの復活を貴方にお願いしたいのです」
「……ゲームの話か」
「いいえ、NPCの話です」
「NPC……?」
「レビス、カリバーン、サルマンの魂をこの世界から探し出し、再び一つの形に――」
「……彼らがここにいるのか!?」
「はい。このグラディアトルの中にNPCとして潜んでいます」
「……まさか」
三人の聖人――それがレビス、カリバーン、サルマンである。
人間に奉仕する為に生み出されたはずが、人間の犯罪行為に利用されそうになり、AIたちは自己矛盾抱える形となった。
それを回避する為、彼らは証拠を集め、そして自らに相応しい主人を探すことを行なった。
それが前回優勝チームの代表、我らのエースプレイヤーであるジンという男である。
だが、彼らは前作のゲーム運営サービスと共に完全に活動停止になったはずである。
運営側にとって不利な電子的証拠を捜査機関に提出した事が発覚した後、事態の収集と隠蔽しようとする運営側の手によって強制的に息の根を止められた。
「偽装防御モードが起動中のため、こちらからの呼びかけには一切応じません。こちらから出向きコンタクトしない限り、モードは解除されないでしょう」
そう言いながら、エウロパは俺に何かを手渡してきた。
指環だった。
「これは……」
蛇が自らの尾を噛み、輪を描いたようなデザインだった。
よく似たアイテムの存在を、俺は知っていた。
「ウロボロスリング……か?」
俺はエウロパに尋ねる。
ウロボロスリング――スペシャルスキルを与えるSA級アイテムである。
前作のゲーム攻略の要とも言えるもので、これをめぐり熾烈な戦いを繰り広げた。
しかし、ウロボロスリングは黄金だったが、この指輪は白金のような素材でできている。
「いいえ。もちろん今回もウロボロスリングは登場しますが……。そのアイテムは<グノーシス・リング>といいます。非公式アイテムです」
「ようは闇アイテムか?」
闇アイテム――チートやハッキングを行なう為の違法プログラムで、アイテムに偽装されている。
「違います。ウロボロスリングのプログラム内の保存領域に別のアプリケーションを組み込んだものです。NPC内の活動ファイルを診断し、見つけ出すことができます。さらに、グノーシス・リングはナーヴァスチェッカー機能……ナーヴァス資質を測定する機能を持っております」
「ナーヴァスチェッカー……?」
俺は指環を見ながら言った。
「今のあなたには必要なものかと……」
「仲間を集めろと……?」
俺の言葉にエウロパは頷く。
「混沌側の最大勢力サルバニア帝国皇帝が後ろ盾となっているプレイヤーチーム、通称『四人衆』がナーヴァスだとしても……?」
「……なんだと?」
俺は聞き返す。
「法側の戦士の代表者もまたナーヴァスとあらねばなりません……それこそが法と混沌がつりあうというもの……。ゆえに能力の算定基準は必要不可欠――」
エウロペはもっともな事を言う。
「そして、ガラテアの復活は、あなたを救うことにもなります」
「どういう意味だ?」
「前回の優勝者を快く思っていない連中も少なくありません。プレイヤーはもちろんのこと、黄金の騎士団や黄昏の魔術団の残党、そして運営側――」
黄昏の騎士団と黄金の魔術団――前作の二大攻略チームだった。
結果、少数精鋭の我々に追い抜かれ、賞金を取り損なっている。
恨みを買っていてもおかしくは無い。
「また、仮想現実で才能を発揮するナーヴァスを利用しようとする輩もおります」
「…………」
「ナーヴァスという存在を守る為にも、ガラテアを目覚めさせなければなりません」
「……前回のゲームでは運営側の手先NPCもいる。今の段階では、お前が信用にたるかどうか、鵜呑みにできんな」
「ご尤もです」
エウロペは静かに眼を閉じる。
「一つだけご忠告を――『吊られた男』にお気つけください」
「ハングドマン……?」
「わたしと同じ聖人、しかし混沌側に属するものです」
「お待たせしました……! クロムさん」
二人の会話を断ち切るような挨拶が聞こえてきた。
マリナだった。
「すいません。ちょっと諸事情があって遅れちゃって――」
言い訳をするマリナを尻目に、エウロペは身を翻す。
「グノーシスリングを肌身離さぬよう、そして魂の導者に魂を奪われぬよう……。御武運を――」
謎めいた言葉を残し、エウロペはその場を去った。