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酒場にて


 俺とマリナはセネトの中心街にある酒場に向っていた。

 RPG世界の酒場は大抵メンバー登録の場所と相場が決まっているが、ここもご他聞にもれず、他プレイヤーとの登録やパーティー編成、そしてプレイヤー同士の情報交換や収集としての場として機能している。

 酒場の主人で、俺とは顔見知りである。

 優勝プレイヤーのため、何かと優遇されている。

「よう、クロム」

 主人は隻眼で、アイパッチを着けている。

 顔もそんなに良くは無いが、プレイヤーの面倒見はよく、評判はいい。

 NPCではなく、人間が行なっているのだろう。

「今日もスカウトの誘いが来てるぜ」

「……またか」

「あと対戦希望のプレイヤーが数名だ」

「全部、断っておいてくれ」

 俺は言った。

 ランク上げと腕試しを目的に、SA級のプレイヤーと手合わせしたい連中は多いが、こちらにははっきり言ってメリットがない。

 実にうっとうしいことこの上なかった。

「……珍しいな、誰かと一緒なんて。しかも中々の美人だ」

 気を良くしたのか、マリナは主人に軽く会釈をする。

「たまにはな」

「いい加減誰かとチームを組めよ。一人でクリアできるほど、このゲームは甘くないぞ」

 俺は薄く笑った。

 本気でクリアを考えているわけではない。

 仮想現実に身を置き、現実を忘れたい――そんな理由だ。

 なにより、自分は凄腕の連中と組んでいた。

 必ず比べてしまうだろう。

 当分は他の連中と組む気にはなれない。 

「浮遊魔法に関する情報はないか?」

 俺は話題を変えるように主人に尋ねる。

「ないな。そもそもみんな出さないだろう」

 俺は店の隅を見る。

 気色の違うプレイヤー達が集まり、騒いでいた。

 明らかに混沌側のプレイヤーだった。

「最近混沌側の連中の姿が多いな」

 俺は思わず口にしていた。

「……まあ、今は混沌側のプレイヤーが多くなってるって話だからな」

 主人が言った。

 やはり混沌側の勢力が増しているようだ。

 混沌のプレイヤー達は冒険者というより、追い剥ぎか山賊のようだ。

 どこか柄が悪い。

 自分達を大きく見せ、徒党を組む――ゲームでも現実世界でもその差は無い。

 あまり刺激しないよう、俺はマリナは互いにテーブルを挟んで椅子に座る。

 マリナはニコニコしながら、俺を見ている。

「……まさか君がこういうゲームをプレイしているいるとはね」

 俺はマリナに言った。

「そんなにおかしいですか? 今時の女子なら珍しくないと思いますけど」

「……いいやそういう意味じゃない」

 人のことをどうこう言える立場ではない。

「クロムさん……と呼べばよろしいですか?」

「好きにしてくれ」

 俺が投げやりに答えると、マリナが突然俺の手を触る。

「……これがそうなんですね」

 マリナは俺の指輪を見ながら言った。

 紋章の入った指輪だった。

 英雄の指輪――優勝プレイヤーだけが持つアイテムである。

 <四英雄>という称号は四人だけ、優勝プレイヤーに課せられたタイトルであり、それを証明するアイテムである。

 優勝者の特典として、サービスの無期限無料使用に、前回のセーブデータの引継ぎなどだった。

 俺は手を引っ込める。

「……仕事の方、残念でしたね」

 マリナが言った。

「ここで仕事の話はやめてくれないか。気が滅入る」

 俺はすかさず言った。

「……すみません」

 マリナは謝る。

 仮想現実で現実世界の事を持ち出すことは、あまりにデリカシーがなさ過ぎる。

サーバー上の別世界へ、いろんな人々がサーバーに入ってきて、そこで別の人格を演じることで現実世界を忘れようとしている。

 現実とはちがった、もうひとつの奇妙な世界がネット上に展開され、昼間は会社勤めの平凡なサラリーマンが、夜はネットワークRPGの世界に入れば、そこではみんなから尊敬される勇敢な戦士だったりすることもしばしばだ。

 まさしくロールプレイングゲームである。

 俺はききたかったことを思い出し、「そういえば、連中が言っていたな、君は神を召喚できるらしいって……?」とマリナに尋ねた。

「はい。ここだけの話、わたし<法の神>を召喚出来るんです」

「何……?」

 無視できない内容だった。

 法の神――初めてきく単語タームである。

「<交神術>というスキルを入手したんです。法の属性が最も高まった時に限りますけど、さまざまな奇跡を起こす事が出来るんです。ゲーム攻略のためのヒントに関するお告げを聞いたり、戦闘にも使用できるらしいですよ。戦闘時での召喚はまだ成功してないんですけど……」

「……そんなこともできるのか?」

 俺は素直に驚いていた。

「はい」

 魔導司祭の召喚魔法は高位魔導士より、よりレベルの高い存在を呼べるようだ。

 このようなことは、前作ではできなかった。

 おそらくこれもバランス調整の為だろう。

 魔道司祭という職業は前作では器用貧乏という評価ばかりだったからだ。

 攻撃魔法と回復魔法を使用できるが、魔法は高位魔術師ほど、破壊力のある魔法は使用できないし、腕力はあまり強くない。

 戦闘は回復役に回りがちになり、使えない職業と揶揄するプレイヤーも少なくなかった。 ゲーム攻略のヒントを得られるならば、今後の方針や戦略が立てやすくなる。

 連中がレベルの高い魔導司祭を引き入れたい理由も頷けた。

「もう少ししたら法の力が最高潮になる日が来るんです。その時だったら法の神を召喚できます」

 マリナは自身満々に答えた。

「何か重要な情報を得られるとでも……?」

「かもしれません。その辺はランダムなので……」

 どうも当てになりそうもない。

 あまり期待しない方はよさそうだ。

「クロムさんは前回のチームの方々と、今回も攻略しているんですか?」

 マリナが尋ねてきた。

「いいや」

「だったら、一緒にプレイしません?」

「君と?」

 俺は一瞬躊躇した。

「クロムさんは飛行スキルを探しているんですよね?」

「ああ」

「わたし使用できますよ」

「……本当か?」

「はい」

「俺に施すことも?」

「もちろん」

 飛行スキルが使用できるようになれば、戦闘時の制約が無くなり、新たな大陸や街を目指すこともできる。

 足踏み状態だった。

 耳に入ってくるさまざまな情報から、フォーランドの中央大陸部へ向うのは、今は早急すぎると判断していた。

 最低でも飛行スキルが無いと話にならないらしい。

 だが、飛行スキルは中々出現しなかった。

 この前戦った隼人のような、俺より遥か下のランカーですら、入手できているというのに、手に入れることができない。

 飛行スキルを得ることができないのは、前回優勝という要素が乱数に干渉しているのかもしれないとさえ思っていた。

 中央大陸でプレイできれば、飛行スキルのみならず、別のスキルやアイテムの入手も夢ではない。

「この際だから、一緒に中央大陸方面を目指しませんか?」

「さっきの連中も同じように誘ったのか……?」

 警戒心が思わず先に立った。

「……ひどい。向こうが勝手に勘違いしただけです」

 女の常套句だ。

 仕事が決してできないわけではない女だが、どうも信頼に置けない。

 男はそれを知りつつ、どうもこういう女に弱い部分がある。

「わたし一人じゃ不安だから仲間を探していたら、向こうが勝手に言い寄ってきて……。わたしだってその辺は心得ています。ゲーム世界でも女の独り身は何かと危険なんです」

 もっともな事を言う。 

 しかし、マリナの誘いは一考に値する魅力的なものであることもまた事実だった。

 法の神という存在にも興味がある。

 その存在を間近で見てみたかった。

 俺は腹を決めた。

「……まあ、いいだろう。断る理由も無い」

「カッコつけちゃって……」

 マリナは苦笑しながら、手を差し出した。

「よろしくお願いします」

「ああ」

 俺も手を出し、マリナと握手する。 

「それで、一つお願いがあるんですが……」

「何だ?」

「このこと、会社のほうには内緒にしてもらえませんか……?」

 マリナの願いに、俺は思わず噴き出した。

「キャラを守るために……か?」

「……女子にはいろいろあるんです」

 マリナはむくれる。

 ブリッ子キャラは保持したいらしい。

 あまりゲームが好きだという趣味は

 秘された趣味なのだろうか。

「バラすつもりは無い。俺も騒がれたくは無い」

 恥ずかしいとは思わないが、取り立てて公言するつもりも無かった。

 主義の問題である。

「鞘峰……クロムさんってこんなにイジワルな人だとは思わなかった」

「悪かったな」

「……いいえ、そういう人嫌いじゃないんで」

 マリナはぬけぬけと言った。

 マリナの本質は、やっぱり小悪魔らしい。

 そう思った。

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