魔道司祭の女
城を出ると、俺は情報を求め、セネトの城下町にある中央広場に向かった。
法側の四王家の一つたるセネトも混沌のプレイヤーの姿も目立つようになってきた。
前回の戦闘のように、混沌と法のプレイヤーの戦闘はもちろんのこと、同じ属性の戦闘が急に始まることも、ままある。
法の拠点であるセネトに混沌のプレイヤーの流入が増えているようだ。
もっとも、街中での戦闘が起こることは無い。
前回の戦闘で入手したものはしたものはアイテムではなく、<二刀流>というスキルだった。
拡張スキル、またをオーグメント――キャラクター成長の為に今回から導入された新要素である。
今回のゲームはレベルに乗じて体得するスキルとドロップ入手する拡張スキルが存在し、これは魔法にも同じことが言える。
スキルをセットし、レベルアップに応じ、スキルポイントが与えられ、それを割り振るようになっている。
<二刀流>のスキルとスロットにセットすると、当然楯が装備できなくなる。
楯が装備できなくなると、<アブソリュートディフェンス>が使用不可になる。
つまり、自分にはあまり意味のないスキルだった。
そもそも<二刀流>というスキルがそれほど使えるスキルとは思えない。
アイテム付随スキルである<アブソリュートディフェンス>と<ディメンションブレード>がスロットに存在する為、あまりスロットに余裕がないのが現状だった。
<空中浮遊>の魔法か、それに付随するスキルを入手する必要性がある。
できれば魔法の方がまだ空きがあるため、魔法と言う形で身につけたかった。
広場では、知らないプレイヤー同士が言い争いをしていた。
装備品から職業は魔道司祭と予想される女性と、三人組の戦士風のプレイヤーだった。
無用なトラブルや係わり合いを避け、通り過ぎるものがほとんどだった。
皆ゲームに夢中でそれどころでは無いというのが本音だろう。
俺もその場をやり過ごそうとした。
ただでさえ現実ではゴタついている。
女魔導司祭を見たとき、俺はふいにミナを思い出してしまった。
前作、一緒に戦った三人の仲間のうちの一人である。
他の二人とはちょくちょく連絡を取り合っていたが、ミナとは疎遠になっていた。
芸能関係希望の娘で、中々の美少女である。ゲームクリア後は大手芸能事務所にスカウトされ、何かと忙しいようだ。
一般人の自分とは違い、ゲームをやる暇もないのだろう。
魔道司祭の女と一瞬眼があった。
どこかで見た女だと思った瞬間、俺は思わずハッとなった
同僚の森真里菜に間違いなかった。
そう思ったとき、女性魔道士の顔にも変化が起こっていた。
向こうも俺に気が付いたらしい。
こうなれば、無視することもできない。
俺は覚悟を決め、「どうしたんだ?」と四人の間に割って入っていた。
声をかけながら、魔導司祭のプレイヤー名を確認する。
マリナという名前だった。
真里菜――マリナとどうやら間違いないようだ。
意外な人物がゲーム世界にいることに、正直戸惑っていた。
「……この人たちが突然」
マリナが困ったように言った。
現実世界と同じく、大きな瞳を戸惑いがちにクリクリさせているが、黄金の額環を巻いているマリナは、確かにファンタジーの住人だった。
おそらく即死や異常状態をを回避する特殊効果付帯用の装備アイテムだろう。
俺は状況がなんとなく読み込めた。
ようはタチの悪いナンパだ。
強引な勧誘による、この手のトラブルは本当に多い。
プレイヤーの中には、出会いの場やコミュニケーションが目的で、ゲームを利用している者たちが確実にいる。
グラディアトルはユーザー同士間でのSNSのようにサークルやチームを作ることが出来、イベントバトルならば、チーム対チームでのチーム戦が行なうことも可能である。
その他にもダンジョン内でイベントを用意して、クエスト性を高めている。
そういった意味ではこのゲームも、コミュニケーション・ツールという点で非常に優れている。
マリナも、マリナにちょっかいをかけているごろつき連中もその類だろう――その時点ではそう思った。
「何だ、おめーは?」
プレイヤーが俺に噛み付いてきた。
小物らしい物言いだった。
「……お前達こそ彼女に何の用だ?」
俺は逆に三人組に尋ねる。
まるで時代劇に出てくる典型的なチンピラみたいな連中だった。
三人組の属性を確認すると<混沌>だった。
「召喚魔法の使用できる魔導司祭を探してただけさ」
俺はマリナを見た。
マリナは大きな目は潤ませている。
ぱっと見は可愛い。
馬鹿な男ならすぐに勘違いするだろう。
確かに、誤解されても仕方が無い顔と態度だった。
「魔道司祭なら混沌側にもいるだろう? 彼女にこだわる必要はないはずだ」
俺はそう言うと、三人組は笑った。
「彼女は神を呼ぶことができる魔導司祭らしくてさ」
「神?」
「後で説明します」
そんなスキルがあるとは初めて知った。
「とにかくお断りします」
マリナははっきり言った。
「……よく言うぜ。俺たちに散々媚びてじゃねえか」
「ヒドい……よくそんな最低こと言えますね」
ようはマリナ特有の思わせぶりの態度がトラブルを生んだようだ。
気があるそぶりを見せて、その気になり、距離をつめようとして、その気はないといわれたら男ならば誰でも腹が立つだろう。
確かに彼女は天然なのか、計算なのか読めない部分がある。
突然梯子を外されたら、カッと来るのも無理は無い。
「そっちこそホントしつこいですよ。わたしの態度から理解できないなんて、空気を読めないを通り越して、ただのバカじゃないんですか……?」
マリナの鋭い舌鋒に、三人組の顔つきが変わる。
俺は溜息を吐いた。
どっちもどっちのようだ。
「……んだと、この野郎。ちょっとカワイイと思って、付け上がりやがって……」
三人組は食って掛かる。
「第一、貴方たちと属性が違うじゃないですか?」
マリナも負けずに反論する。
<混沌>側のプレイヤーと<法>側のプレイヤーが徒党を組むことはできない。
「属性換えすればいいだけの話ろ」
「……簡単に言うな」
ナンパプレイヤーの言う通り、属性を変えることは可能だ。
だが、自らが育てた分身がデフォルドし、入手したスキルを捨てることになる。
メリットはほとんどない。
腕づくで言うことを聞かせられれば、世話はないが、ここは街中である。
基本、プレイヤー同士の戦闘は行えない。
ならばとるべき手段は一つだ。
「GMコールをしろ」
俺はそう指示すると、マリナは「はい」と答えた。
三人の顔色が変わる。
GMコール――トラブル回避の為のゲーム運営側への通報行為である。
あまりに悪質な場合は場合によっては強制終了やゲームプレイ権の剥奪も辞さない。
「ゲーム内のトラブルは運営側に入ってもらったほうがいい」
「……ちょっと待てよ」
さすがの三人も顔色を失っている。
「だったらここで素直で引くか、それとも街の外でケリをつけるか、今すぐ決めろ」
「……っていうか、もう呼んじゃいました」
マリナの涼しい言葉に、俺を含めて、男四人がギョッとした顔になる。
「さっさと逃げた方がいいですよ……やってる事は痴漢行為と同じですから。わたし訴えますよ」
マリナの言葉は、思わず震え上がるような冷たさに満ちていた。
男達は何か言いたげであったが、足早に無言でその場を去っていった。
残された俺とマリナは互いに顔を見た。
「……必要なかったかな」
俺の言葉に、マリナはフフッと笑う。
「いいえ、助かりました。鞘峰さん」
マリナは礼を言った。
「それとも聖職騎士クロムとお呼びしたほうがいいですか……?」
俺はハッとなり、マリナを見た。
「……知っていたのか」
「はい」
マリナは笑顔で答えた。
俺のことを優勝プレイヤーと知っていて黙っていたらしい。
まったく人が悪い。
「……この際だから言っておく」
「はい」
「思わせぶりな態度をするからそういう目にあう」
「……そんな」
「八方美人も程ほどにしておけ。誰にでもいい顔するとかえって誤解されて、嫌われるぞ」
俺の言葉に、マリナはしゅんとなり、泣きそうな顔をする。
俺は言葉を失ったが、額面どおりに受け取るほどお人よしでもない。
おそらく半分は演技だろう。
怒られた時の対策も万全らしい。
こういう自己保身に長けている女には何を言っても無駄のようだ。
俺は相手にせず、その場を去ろうとした。
今日はレベル上げに集中したい。
「……待ってください!」
マリナは俺を引き止めた。
「少しお話できませんか」
「……構わないが」
俺は思わず身構える。
何故かさっきの三人組以上に警戒していた。