姫君と騎士
「病死した父と姉に代わり、謝罪いたします」
エリス姫は俺に向って頭を下げた。
「……いいえ」
俺は思わず失笑してしまった。
俺が今いる場所は迷宮都市セネトの王城、玉座の間である。
魂読込し、出現場所に選択した<迷宮都市セネト>は前作の舞台である地下迷宮が存在する国の首都である。
国王および第一王位継承者のフェリア姫が急死、現在は第二王位継承者の妹たるエリス姫が収めている。
セネトは法の陣営たる王家の一つだが、前作の地下迷宮事件で大きく評判を落とし、国としての求心力を大きく失いつつあるようだ。
前作を事情を知っている俺としてはその設定の苦笑せざる終えない。
しかし、未曾有の個人情報不正使用疑惑事件は笑って済ませる話ではない。
ソウルアーカイバ計画――運営会社が秘密裏に進めていた魂読込時による精神活動データの不正使用疑惑だ。
究極の個人情報ともいえる魂読込データを無断で使用しようとし、進められていた。
表向きはゲーム運営会社の暴走とされているが、その真の黒幕は伝報堂ということだ。
巨大情報複合企業体である伝報堂にとって魂読込データは喉から手が出るほど、ほしいものだった。
さらにそのバックがアメリカそのものという噂があるが定かではない。
魂読込データはさまざまな商材への転用が考えられ、軍事利用まで視野に入れられていたとされている。
事実、アメリカのゲノムインフォマティックス会社も大きく関わっていた。
ウィザードブレードの続編たるグラディアトルは別のゲーム運営会社が引き継いでいる。
セネト王国は、世界が一気に拡大したウィザード・ブレードで現在、新規プレイヤーの登録業務を行なっている。
前作のセーブデータを引き継げる為、法側のプレイヤーのチュートリアルやさまざまな手続きを行なう拠点にもなっている。
ファリア姫の妹君であるエリス姫は、いわばイメージ回復の為に投入された新NPCキャラである。
ファンタジー世界の姫そのもので、ヒラヒラの純白のドレスを纏い、頭には王冠を乗せている。
現役アイドルから肖像権をレンタルしているだけあって、美しさは申し分ない。
嫌な言い方をすれば、愛らしい姿でイメージ回復に努めるバーチャルアイドルといえなくもない。
対外的な形ばかりではなく、ぜひとも今回は運営会社共々、コンプライアンス保持に尽力してほしいものである。
城の方へ一度来て欲しいという要望は以前からあった。
前回の優勝プレイヤーチームは四人である。
だが、他の三人はいろいろ忙しく、グラディアトルに参加しているのは、事実上俺だけであった。
「ストレートにお聞きしますが、今回も魂読込のデータを不正収集していることはありませんよね?」
俺はエリス姫にあえて尋ねた。
「……そのようなことは無いように、プレイヤーの権利と犯罪防止に勤めるつもりです」
エリス姫は型通りの答えをする。
そうあって欲しいものだ。
AIは論理コード三項が組み込まれている。
いわゆるロボット三原則だ。
経済省の主導でAIには必ず組み込まれるよう義務図けられているため、犯罪を行うことはもちろん、犯罪に加担するような行為は、論理上不可能である。
SFでは人間に反逆する象徴的存在でありながら、現実世界では人間以上にモラリストとは皮肉な話である。
事実、ゲーム内のゲームマスター型NPCであり、管理AIである三人の存在により、事件は明るみになり、利用者の権利は護られたといって良い。
「四英雄の一人クロム様にお願いがございます」
エリス姫が言った。
「なんでしょうか?」
「フォーランドの法側において最も歴史が深く、われらの中心的存在である王家アーストリアの現国王が四英雄にぜひお会いしたいと」
アーストリア王国――確か、法側の代表国である。
プレイヤーの人口比率も一番か高い。
「……それはクエストですか?」
「いいえ。この世界の法と混沌のバランスを保つ一環とお考えになっていただければ為……。現在アーストリア国は、混沌を信奉する魔法軍事国家サルバキア帝国の侵略を受けています。調和神ガラテアが数百年ぶりの眠りにつき、サルバキアはこの期に乗じ、覇権を掌握するつもりでしょう。中央大陸の均衡は崩れ、亜人種たちが跋扈し、各地で争いが絶えない紛争地帯と化しています」
エリス姫の話を訳すると現在は混沌側のプレイヤー勢力が拡大しているということだろう。
属性の変化も混沌に傾く場合が多いと聞く。
現在は混沌側が有利ということだ。
そのバランスをとる為に、腕利きのプレイヤーを集めたい……そんなところだろう。
エリス姫はGM型NPCである。
ゲームバランスの維持はもちろんのこと、よりゲームを面白くする為に、さまざまなことを仕掛けるのは当然のことだった。
「アーストリア国は選抜メンバーを募っています。もしフォーランド中央大陸へ足を運ばれるようでしたら、一度足を運んではいただけませんか……?」
「……まあ、その時は」
俺は曖昧に答える。
「何か問題でも……?」
「――浮遊の技能を身につけていないものでしてね」
浮遊魔法――現在、俺が探している魔法、あるいはスキルだった。
今回の追加魔法にして、秘匿魔法の一つで、戦闘中の際、この広大なフィールドを滑空できる魔法である。
この魔法を入手しなければ、今後の攻略は難しくなると言われている。
文字通り、空中を滑空できる魔法で、戦局や戦術を大きく左右する。
魔法使い系の魔法が習得できるが、他の職業はアイテムあるいは魔法を見つけ出し、身につけなければならない。
だが、中々出現しない。
出現率はきわめて低いらしい。
それこそ、この虚空皇の剣と同じドロップ率だ。
中距離から長距離と攻撃範囲が広いディメンジョンブレードがあるから何とか戦っているが、戦いはどんどん苦しくなっていくだろう。
「よろしければ、使用できるプレイヤーをご紹介いたしましょうか?」
「いや、結構」
俺はエリス姫の申し出を即座に断っていた。
やはり前回のことが尾を引いている。
簡単には信用できなかった。