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魂読込

 家に帰り、テレビをつけると、あるニュースを報道していた。

 最近、ニュースが流れるたびに繰り返されている殺人事件だった。

 容疑者は三十歳のニートだった。

 両親を含め、五人を殺傷と凶悪すぎる行為だった。

 I県N市の住宅で家族5人が刺されているのが見つかり、58歳の父親が死亡し、警察は、近くにいた30歳の無職の長男が刺したとして、殺人の疑いでその場で逮捕した。

 調べに対し、長男は「仮想現実型ネットゲームの契約を勝手に解除され、腹が立った」と話しているということである。

 警察は、住宅の隣の施設の敷地にいた長男を見つけ、家族を刺したことを認めたため、殺人の疑いでその場で逮捕した。

 Kは一日一二時間以上は仮想現実でプレイしてたと供述していて、現在警察が詳しい状況を調べている。

 テレビではスポンサーを配慮し報道されていないが、嵌っていたゲームがウィザード・ブレードらしい。

 だからといって、止めるつもりはない。

 俺はもはやゲームジャンキーも同じだった。

 まったくもって腹立たしかった。

 今日は速めに仕事を切り上げ、帰宅していた。

 ゲームで憂さを晴らさない限り、収まりがつきそうにもない。

 久しぶりにむしゃくしゃしていた。

 部署メンバーの落ち込みようも酷かった。

 飯は家に帰る途中の牛丼屋で簡単に済ませてきた。

 料理は嫌いではないが、とても作って食べる気にならない。

 俺はスーツを脱ぎ、部屋着に着替えると、ゲーム機のあるリビングへ向った。

 電源を入れると、ゲーム機はランプを点し、唸りを上げる。

 エクスペリエンス2――エクスペリエンスの後継機だ。

 前の機種より代理旅行機能サロゲートトラベル遠隔環境機能リモートエンバイロメントといった仮想現実処理能力が飛躍的にアップし、よりネット対戦型仮想現実型ゲームが楽しめるようになっている。

 俺はゲーム機に接続されている魂読込ソウルロード用ヘッドギアを被る。 

 エクスペリエンスは、コンシューマー型魂読込用投射ソウルロードプロジェクターデバイスである。

 ブレイン・コンピュータ・インターフェイスの到達点――幽体離脱体験という脳に備わっている高次機能を利用したゲームシステムは、瞬く間に世間を席巻し、定着した。

 ゲームに潜む危険性や批判を諸共せず、数々のゲームジャンキー達を虜にした。

 魂読込ソウルロード型仮想現実ゲーム――幽体離脱体験を応用したサイバー・ゲームで、仮想現実をより洗練化した拡張現実イノベーションの産物である。

 妄想あるいは超常現象と言われてきた幽体離脱や臨死体験を、脳機能から科学的に解明し、それをゲームシステムに応用したものである。

 幽体離脱は脳の機能障害が知覚シグナルに干渉することで引き起こされる現象である。角回と縁上回の接合部の小領域と上側頭回、溝の同時活性化を促し、これにより、薬物を用いずに人工的に幽体離脱体験を誘導することが可能である。

 この方法で、一種のテレポーテーションのような状態を作り出すことができ、ゲームに利用することで、仮想キャラクターに自らを投影し、あたかもゲームの中にいるようにプレイすることも可能になる。

 その根幹を担うデバイスが、この魂読込用ヘッドギアという訳だ。

 ヘッドギアのバイザーを卸すと、視界にゲームのデモ画面が映る。

 ヘッドギア内部の映像は網膜投射型光学(オプティカル)ディスプレイ方式だった。

 視線入力選択により、ゲームのセーブファイルを読み込むと、女神と悪神が相対するオープニング映像が視界に展開された。

 グラディアトルの世界たる<フォーランド>の法側の神にして秩序と豊穣を司る女神ソフィアで、対峙する混沌側は太母の蛇神バルドである。

 ウィザードブレード・オンライン・グラディアトル――テーブルトークに淫したゲームフリークとコミュニティの永遠の夢を体現した魂読込型MMORPGだ。

 前作ウィザードブレードは現在サービスが停止している。例の魂読込データ不正使用疑惑で、大きく評判を落とし、使用付加になった。

 しかし、グラディアトルはウィザードブレードで使用時のキャラデータをそのまま転送できる。

 ウィザードブレード利用のゲームユーザーの一時的な救済措置である。

 アイテムはもとよりレベル、そして身体データに至るまで、移植が可能な事実上の続編であり、利用者を伸ばしている。

 ウィザードブレードの世界を治める調和と原初を司る宇宙神ガラテアが、数百年に一度起こる『宇宙の蝕』の影響で眠りに着いた。法と混沌のそれぞれの神々の力の均衡が保たれていたが、ガラテアの眠りによりそのバランスが崩壊した。

 前作の最終ボスであるグルダーニ神などが陣営に連なる混沌の神々は、自らの尖兵となる者達を招聘し、また、法と秩序の神々も戦士達を召喚した。

 それぞれの陣営に属し、両陣営の帰趨を決定する――というのが基本ストーリーである。

 あくまで次の繋ぎのための続編であるのは明白だった。

 今回は、地下迷宮限定からフィールドへ舞台が変更された。

 これは他のゲームとして開発されていたプログラムをグラディアトルに流用したからだと噂されている。

 基本は前作と同様、アイテム集めが主体だが、一番の変更点は、プレイヤーが法と混沌、それぞれの陣営に別れ、戦う点にある。

 前回がハングアンドスラッシュタイプのゲームだったが、今回は対戦ゲームの色合いが強い。

 プレイヤー同士の対戦形式を打ち出してはいるが、もちろんウィザートブレードの魅力であるアイテム集めは受け継がれている。

 プレイヤーを打ち倒すとアイテムが出現し、入手するという極めてベーシックで、シンプルな方法だった。

 プレイヤーはアイテム等級と同様にランク付けされ、ちなみに俺はSA級だった。

 さらに今回新たに導入されたのが『属性アライメント』の概念である。

 プレイヤーは法と混沌の属性を課せられ、さらにバトルフィールド内も属性が存在する。

 当然、バトルフィールド内の属性が勝敗に大きく関係する。

 刻一刻と変化する宇宙の属性により、プレイヤーは影響を受け、時には強くなり、時には弱くなったりする。

 前回の敵プレイヤーのように、普段は使用できないスキルや魔法が、その戦闘においては使用が可能になることもある。

 それぞれに属する善と悪の二元論という西洋的宗教観が支配された世界が、ゲームバランスを維持する形になる。

 宇宙のバランスがどちらかに傾くと、それまで優位に進めていたプレイヤーが突然不利な状況に陥ることもある。

 また当然、法側のアイテムや混沌側のアイテムが存在し、ジョブスキルやシークレット魔法も追加され、当然それぞの属性を課せられている。

 いわば、マイケルムアコックのエターナルチャンピオンシリーズの宇宙の天秤(コズミックバランス)的世界観を踏襲導入している。

 最終的には法側の神々と混沌側の神々にそれぞれ認められ代表となり、宇宙神の眠る神殿で戦うらしいが……。

 生体認証バイオメトリックスを終えると、俺はゲームへログインすると、巫女風の女性NPCが視界に映し出された。

 ゲームマスターNPCだ。

 まだ仮想現実の手前だった。

「どこからはじめますか?」

 NPCが尋ねてきた。

「セネトへ」

 俺は音声入力した。

「……承知しました。楽しいひと時を」

 魂読込が開始される。 

 文字通り、精神――魂が別のサーバーにアップロードされる。 

 魂読込された俺はゲーム内の身体である托身体へと転生する。

 特に今日は己を解き放ち、暴れたかった。

 殺人事件を起こした容疑者の気持ちが不思議と理解できた。

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