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日常風景


 あなたって意外に普通の男ね――別れ際によく言われる言葉だった。

 ゴミを捨てる際に、俺は何故かその言葉を不意に思い出してしまった。

 分別したごみを自宅マンション近くの指定の場所に捨てると、俺はそのまま駅へ向っていった。 

 朝飯はほとんど食べない主義だった。

 ホームに滑り込んできた電車に、俺は飛び乗る。

 いつものありふれた光景だった。

 幸運にも席に座ることができ、スマートフォンを見ながら今日の予定を確認する。

 これも、いつものルーチンワークだった。

 あなたって意外に普通の男ね――何故、思い出してしまったのだろうか。

 付き合っていた女と別れたのは前作ゲームを始める直後だったと思う。

 女と別れ、時間ができ、その寂しさと虚しさを埋める為にはじめたと言えば少し大げさだろうか。

 結果、俺は掛け替えのない仲間を得ていた。

 俺の職業は、広告代理店である。業界でも中堅クラスの会社で、オフィスは港区湾岸地区にある。

 会社のある駅に電車が停まると他の客と共に降りた。

 駅の改札を出たときコーヒーが欲しくなり、駅構内にあるスターバックスへ向かおうとした。

 コーヒーを買い、店を出たとき、

「おはようございます」

と背後から声を掛けられた。

 振り向くと、スーツ姿の愛らしい女性が居た。

 森真里菜だった。

「おはよう」

 俺は挨拶を返す。

 森真里菜は、仕事の同僚だった。

 今年入社した新人で、部署のアイドル的存在である。

 事実、大学の準ミスにも選ばれたほどの美貌で、大学時代は雑誌のモデルのようなこともしていたらしい。

 タヌキ顔の美人で、妹系キャラは確かに男の庇護欲をかきたてる。

 家は裕福で、高級マンションの実家暮らしらしい。 

 肩に下げている出勤用のバックは高級ブランド物で、しかも、季節限定のかなり高価なものだ。

 こういう女は正直あまりタイプではない。

 女はどちらかといえば、キレイ系の大人の女が好みだった。

 横で一緒に歩きながら、真里菜は俺の顔をじっと見ていた。

「なんだ?」

 俺は真里菜に尋ねる。

「相変わらずカッコイイな……って」

「……誰にでも言うんだろう?」

 俺は相手にせず、スマートフォンを弄りながら、言う。

「ひっどーい」

 俺と真里菜はいつしか並んで歩き、一緒に会社へ向っていた。

「知ってます? 近くにいい店ができたんですよ」

 真里菜が話題を振ってきた。

「へえ」

 駅周辺は再開発地区で、オフィスビル以外にも商業施設も数多く建っていた。

 仕事帰りのビジネスマンをターゲットにした店も少なくない。

「安い割りに、メニューが充実してて美味しいんですって。今度みんなで行ってみません?」

「考えておくよ」

 真里菜の誘いを俺は適当に頷いた。

「……またそんな事言って。絶対付き合わないんだから」

「そんなことは無いさ」

 俺は仕事が終わると、真っ直ぐ帰るほうだった。

 仕事とプライベートはきっちり分けたい性分である。

 まして、現在グラディアトルを攻略中である。

 サラリーマンの身としては、時間が幾つあっても足りないくらいだった。

 オフィスビルに入ると俺と真里菜は一緒にエレベーターに乗り込む。

 同じ階で降り、仕事場入り口に設置されているカードリーダーで社員証での本人照合を済ませると中に入る。

 机に座り、ブリーフケースを近くに置いたとき時、「鞘峰」と俺を呼ぶ声が聞こえた。

 部長だった。

「なんですか?」

 俺は挨拶をする間もなく、すぐに返事をする。

「――ちょっと話がある」

 嫌な予感がした。

 こういう言い方をする場合は大概いい知らせでは無い。

「会議室で話そう」

 朝一で嫌は思いはしたくない。

 こういう予感は外した事が無かった。


 予感は的中した。

 話は、今進めているゲーム発表会でのプロモーションに関する話だった。

「……今回の話は無しって、どういうことですか?」

 俺は部長に噛み付いていた。

「仕方ないだろ。クライアントからの要望だ」

 部長は俺と眼を合わせずに言った。

「別のビックタイトルの続編のメーカーがクレームをつけてきてな」

「クレームって……」

「……伝報堂からの横槍といえば納得するか?」

 俺は言葉を失った。

 伝報堂――業界最大手の日本最大の広告代理店である。広告代理店業のみならず、エンターテイメント分野、人材派遣、保険医療関係、総合調査業務、映画番組制作などさまざまな部門が存在する巨大情報複合体企業だ。

 メディアそのものを支配する存在といっても過言ではない。

 そして、俺自身何かと因縁がある会社である。

「エクスペリエンスの販売に一番貢献したドル箱タイトルが、別のメーカーが注目されたら、自分の所のタイトルに勢いが無い印象だけが残ってしまう。だったら今後の新作はエクスペリエンスというプラットフォームでは発売しない……とゴネだしてな」

「……完全に脅しじゃないですか」

「ああ。それがイヤなら、伝報堂が主導で先行して発表する、それ以外は譲歩する気は無い、の一点張りだ」

「…………」

 あからさまな圧力だ。

「ブース面積は縮小になる。当然内容も変更だ」

「……発表会にあわせてのイベントブースやサプライズ演出、会場パンフとはどうするんですか……?」

 俺は分りきったことを尋ねる。

「……残念だが」

「すべてやり直し……ですか?」

 俺の言葉に部長は頷いた。

「そうなるな。他の連中にも説明しておいてくれ」

 簡単に言ってくれる。

 この分だと部長も大して戦わなかったようだ。

 まったく遣り切れなかった。

「……気を落とすな。業界じゃよくある話だ。納得は行かないのは分るが諦めろ」

 何をどういえばいいのか、まったく分らない。

 部長の言葉が頭を素通りしていた。 

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