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休日の過ごし方


 俺は新橋駅からゆりかもめに乗っていた。

 目的地はお台場にあるインペリアルアーコロジーである。

 ユウカとの戦いの後、すぐに本人から電話があった。

 近々オフの為、一緒に遊ぼうという誘いの電話だった。

 今朝も憂佳からメールが来ていた。

 モノレールに揺られながら、俺はスマートフォンのメールを確認していた。 

着信が入ってきた。

 真里菜からだった。 

 真里菜も何かと気を使い、俺にちょくちょくメールを送ってきていた。

 掲示板などで得たゲーム内に関する情報が、メールの主な内容だった。

 モノレールがお台場駅に到着し、予想より早く、時間があった。

 やはりカップルの数が多く、家族連れも多い。

 憂佳に誘われなければ、足を踏み入れなかっただろう。

 これから楽しい時間になると予想されるにも関わらず、俺の心は晴れなかった。

 オイジュスの呪いの発現――。

 それこそが悩みの種だった。

 俺自身、色々ネットで情報を集めているが、めぼしい情報はない。

 そのことが未だ、俺の中で巣食っていた。

 あの後、プレイは控えていた。

 怖くてプレイできないというのが本音である。

 真里菜に言われ、俺は自分が受けた被害に関して運営会社側に報告し、解答を待っている段階だった。

 運営側からの返答はまだなく、対応は依然遅い。

 ゲームからも自然と遠ざかっていた。

 俺は真里菜に電話を返すため、真里菜の電話番号を呼び出した。

「今どこにいるんですか?」

 真里菜が尋ねてきた。

「……ああ、部屋だ」

 俺は何故か誤魔化していた。

 真里菜は「ふーん」と含みのある返事をする。

「なんだ?」

「デートだったりして」

 図星を言い当てられ、俺は冷や水を浴びせられた思いだった。

 女の勘というものは、これだから侮れない。

「……用がなければ切るぞ」

「待ってください。ドッペルゲンガーって知ってます?」

「ドッペルゲンガー……?」

「たまたま掲示板を見て知ったんですけど――」

 真里菜も今日は休日である。

 ネットやゲーム以外に他にやることは無いのだろうか?

「自分に瓜二つのプレイヤーキャラが別の所でプレイしてらしいんです……」

「……BOTの類か?」

 BOTとはご存知ゲームのキャラクターを自動で操縦する違法ツールである。

 このツールを使用すれば、プレイヤーが実際にプレイしなくてもアイテムや経験値を集めることができる。

 当然横行すれば、ゲームバランスを著しく崩すため、運営側も眼を光らせ、対策に苦慮しているはずだった。

 自分自身が違法コピーされたことを、俺は思い出していた。

「わかりません。でもレベルも装備も、そして技も……まるでプレイヤーをコピーもしくはエミュレートしたような……」

 真里菜の話を聞きながら、背筋が寒くなっていた。

「俺と同じく個人情報が流出しているプレイヤーがいる……?」

「そこもはっきりしなくて……。被害者もどこで個人情報が盗まれたのかはっきりしないようで……。自分とまったく同じプレイヤーキャラらしいんですけど……。いずれにしろ、充分注意してくださいね」

 そういうと真里菜との電話が切れた。

 不安に狩られた俺は反射的にスマートフォンでドッペルゲンガーに関するトピックを検索していた。

 ドッペルゲンガー――医学においては、自己像幻視といい、脳の側頭葉と頭頂葉の境界領域である側頭頭頂接合部に脳腫瘍ができた患者が自己像幻視を見るケースが多い。

 この脳の領域は、ボディーイメージを司ると考えられいる。

 機能が損なわれると、自己の肉体の認識上の感覚を失い、あたかも肉体とは別の「もう一人の自分」が存在するかのように錯覚することがあると言われている。

 正常な人でも、ボディーイメージを司る脳の領域に刺激を与えると、肉体とは別の「もう一人の自分」が存在するように感じられることが確認されている。

 自己像幻視は脳腫瘍に限らず、偏頭痛が発生する原因となる脳内の血流の変動による脳の機能の低下によっても引き起こされるとしている。

 しかし、「第三者によって目撃されるドッペルゲンガー」の事例は、上述の脳の機能障害では説明できないケースである。 第三者の錯覚の可能性や「うりふたつ」の人物を目撃した可能性なども考えられるが、いずれにしろ、しばしばオカルト的な捉え方をされる場合もある。

 影の剥奪に、幻痛と幻肢症の関連……オイジュスの呪いと合致する部分がある。

 このゲームの影響により、俺は死に近づいているのだろうか。

 病院に検査に行ったほうがいいのだろうか。

 急に恐ろしくなっていた。

 スマートフォンで調べるべきではなかった。

 ゲーム内での死。

 オイジュスの呪い。

 托身体の簒奪。

 死への不安が急速に俺を蝕みつつあった。

「クロムさん」

 軽やかな女性の声の方を見ると、女性が一人立っていた。

 憂佳だった。

 帽子を被り、眼鏡を掛けて、芸能人らしくセンスのいい服に身を包んでいる。

 手入れの行き届いた美しい、黒い髪が特に印象的だった。

 シャンプーのCMを行うだけの事はある。

 遠目から見てもキレイで、オーラやスタイルの良さは隠しようもない。

 これで周りに桐谷憂佳とバレないのか、俺は別の意味で心配になっていた。

「なんか照れますね」

 憂佳の発言に、俺は思わず吹き出す。

「……こっちの台詞ですよ」

 憂佳の笑顔にすこし、気がまぎれた。

「じゃあ行きましょうか」

 憂佳の言葉に、俺は「ええ」と頷く。

 色々考えていても仕方が無かった。

 今日は気分を変え、憂佳と休日を楽しむことに決めた。

 憂佳の存在に、俺はかなり救われていた。


 東京インペリアル・アーコロジー――お台場にできた東京の新名所である。

 オフィスビルの立ち並ぶ丸の内周辺にできた、新しいアーバンライフを提供する都市生活型環境建築をコンセプトに作られた複合商業施設である。

 元々は東京湾臨海部の再開発事業として進められていたが、バブル崩壊で計画は頓挫した。しかし、外資系企業などの新たなる資金注入により、東京都再構築化計画として計画は見直され、開発工事が再開し、この度完成した。

 広大な敷地内にはホテルやオフィス、住居などの展望台を備えた高層ビル群に、飲食店などの百を超える商業テナントも充実している。さらにシネコンや美術館まで存在し、密集している。

 さらに東京新島ギガフロートの建設が終了し、大型発着滑走路を備えた海上大規模国際空港が開港している。

 幅広い客層をターゲットにしている為、富裕層対象の店と、若年層対象の店が混在し、訪れる人々も豊かだった。

「まさか芸能人と休日遊ぶことになるなんて、思いもしなかったな」

 俺は率直な感想を述べた。

「わたしこそ、クロムさんとこうしてデートすることになるなんて思わなかったですよ」

 憂佳の言葉に俺は思わずドキッとした。

 憂佳にとって今日はデートらしい。

 こういう発言をさらっとしてしまうのは、やはり天然系美女の成せる技だ。

 俺は思わず戸惑いを隠せない。

 ぷるぷるの唇はピンクのルージュが塗られ、振るいつきたくなるほど愛らしい。

 男の誤解を受けやすい女性なのかもしれない。

 俺と憂佳はアーコロジー内の商業地区へ向うと、有名ブティックのアウトレット店に入った。

 入店しているテナントはやはり若いカップル層を狙っている為か、比較的リーズナブル

な価格設定だった。

 憂佳は店内を回り、商品を眺める。

 俺も憂佳の後に続いた。

 真剣に服を選ぶ憂佳は俺の存在を忘れているようだ。

 憂佳は両手で服と持つと、「どう思います?」と尋ねてきた。

「どっちもいいと思いますよ」

 俺は無難な返しをしていた。

 そもそも何を着ても似合う美人の憂佳に、素人の感想など野暮なことを言うつもりは無かった。

「うーん……」

 憂佳は悩んでいた。

 すぐには決まりそうもない。

 時間が掛かりそうだ。

 女の買い物に付き合ってやるのも男の甲斐性だろう。

 そもそも悩む必要はない。

 金には不自由していないはずだった。 

 CMに出演し、数千万のギャラを貰う身分のはずだが、意外に庶民的なのだろうか。

 だが、大衆向けの、さらにプライスダウンしているアウトレット商品に夢中な憂佳は男として微笑ましかった。

「じゃあ、思い切って両方買っちゃいます」

 憂佳はそう言うと、レジに商品を持っていく。

 清算を行なう憂佳を見ながら、

 スケジュールが秒刻みで忙しい身分の彼女が、数少ない休日を俺と過ごしていいのだろうかとさえ思った。

 買い物や店巡りをしている間、憂佳はスタッフや訪れた一般人数人に気づかれ、握手を求められた。

 プライベートにも関わらず、憂佳は迷惑がるどころか、どんな相手にも丁寧に対応し、握手やサインにも快く応じていた。

 俺は憂佳に改めて好感を持った。

 だが傍目で見てもやはりこれはデートだろう。

 週刊誌に書き立てられないか、俺は余計な心配をした。

 昼飯時になり、俺と憂佳はアーコロジー内の飲食エリアに移動した。

 いくつものテナントが一堂に集まったフードコートで、俺と憂佳はパスタ屋を選択した。

 それぞれ注文し、料理の乗ったトレイを受け取ると、空いている俺と憂佳は席に向った。

 席に座れると憂佳が

「……わたしと一緒にいるのあんまり楽しくないですか?」

 と尋ねてきた。

「何故……ですか?」

 図星を刺され、俺はすっかり動揺する。

「なんか時々憂鬱そうな顔をしているから」

 すっかり見抜かれていた。

 こういう妙に鋭い部分があるのは、やはり真里菜と同じ女性ならではだろう。

「仕事でちょっと……困ったことがありましてね」

 俺は必死に誤魔化す。

「今日は忘れてくださいよ。色々あると思いますけど、時には生き抜きも必要ですよ」

 もっともな意見だった。

「どうしてあんなに迷ったんですか?」

「えっ?」

「服ですよ」

「ああ」

「あなただったら迷うほどの金額じゃないでしょう」

「でも、似合うか似合わないかは別でしょ? 芸能人ですから、イメージは大事にしないと」

 憂佳はようやくフォークを手に取った。

「お金掛けて似合わなかったら二重で最悪じゃないですか……。お金使わないようにして、センスは日頃から磨いておかないと、仕事にも演技にも影響しちゃうんですよ」

 仕事のことは忘れているのかと思っていたが、さすがはプロだ。

 さっき言っていたことと多少矛盾はあるが、言葉尻をいちいち捕らえていては女にもてない。

 俺もパスタに手を伸ばす。

「でも、やっぱ、すごいですね。優勝プレイヤーさんは」

 パスタをフォークに巻きながら、憂佳は言った。

「何がですか?」

「ゲームの話ですよ。あんなタイミングでディメンジョンブレードを放ってくるなんて……」

 やはりこの話題になる。

「……俺よりもっとすごいプレイヤーがいますよ。チームのエースなんですけど、あれを連続コンボで行なうんですよ」

 俺は憂佳に合わせるように会話を続ける。

「うっそ!? ありえない……!!」

「しかも弱点をピンポイントで……ね。現に最終ボスをそれで打ち斃しました」

 さすがの憂佳も無言になった。

 今思い出しただけでも、鳥肌が立つ。

 ジンのプレイのことだ。

 怒りに身を任せて放った連続攻撃に違いないが、感情の昂ぶりで精密さが失われるはずにも関わらず、ジンはスキルを完璧に制御していた。

 怒りによる潜在能力の解放と正確無比の制御――相反する作業を可能としたジンのポテンシャルの高さに、ナーヴァスの真骨頂を見せられた気がした。

 AI達が彼を選んだことは間違いはなかった。

「……そうだ。エレメンタル・スートって知ってます?」

 憂佳はまたゲームの話題を持ち出してきた。

「攻略アイテムですよね」

 俺は法の神ソフィアの啓示を思い出していた。

「もう手に入れたかなあって」

「いいえ、まだですが……」

「なんか負けて以来、ゲームも行き詰っちゃってて……」

 俺は憂佳にドッペルゲンガーについて訊こうと思ったが、やめた。

 いつしかまたゲームの話ばかりになっていた。

 くどくつもりは無いが、もう少し色っぽい話もしたいものだ。

 デートと言っておきながらこれである。

 この手の天然系とは付き合った経験が無いので、どうも調子が狂う。

 あまりゲームの話題もしたくなかった。

 イヤでもゲーム内のトラブルを思い出し憂鬱になる。

「アーステリアの南西に、竜がすんでる山があるらしいんですよ」

 憂佳が言った。

「竜?」

「前作の……ほら」

「ああ」

 俺は<深緑の暴君竜>を思い出していた。 

 前作の敵であり、攻略アイテムを所持するエネミーである。

 武器屋の店主NPCとの会話を思い出す。


 ――旅の方は水晶の竜をご存知ありませんか……?

 ――水晶の竜……?

 ――水晶山の主といわれる水晶の竜のことです。ここよりアーステリア王国近くにある水晶でできた山の洞窟、最も奥に水晶に閉じ込められた竜が存在するらしいのです。


 確かそう言っていた。

 武器屋の店主との話とも合致する。 

 憂佳が齎す重要情報に、ゲームへの欲求が高まっていく。

 ゲーマーの性として、どうしようも無かった。

「……負けたこと、思い出してきた。やっぱり悔しい」

 憂佳の言葉に、俺は苦笑した。

「ゲームが本当にお好きなんですね」

 俺の言葉に、憂佳は笑う。

「オフは家にこもりっきりで一日中ゲームばっかりしてます。魂読込型ゲームに超ハマってて、休みの日には一日中部屋にこもってやっています。もうグラディアトルは神ゲームですね……トイレとお風呂意外その場から動きませんから」

 憂佳の話は止まらない。

 かなりのヘビーゲーマーのようだ。

「この前も朝九時から翌日の結局朝の五時までやっちゃって……」

「……すごいな」

「二十時間ぶっつづけ……もう好き過ぎて、ゲームが!」

 憂佳はしみじみ言う。

「そんなに楽しいんですか……?」

「……もう! すっごい楽しんですよ……!! もともと友達が少ないので……その分ネットワークを広げてそっちで会話するっていうか、コミュニケーションするのが楽しかったりとか……」

 憂佳は興奮した様に言う。

「……顔も知らない相手ですよね。誰とやってるか分んないでしょう……?」

 完全にゲーム廃人の生活そのものだ。

 俺は憂佳の話を聞きながら、半ば度が過ぎる行為に若干引いていた。

「はい、わかんないです。顔も知らないし、年齢も性別も、ほんとかうそか、よく分んないんですけど、わたしタレントだからそういうの間に挟んで人と付き合いたくないんですよ。ちやほやされると冷めるっていうか、ホントの自分を知らないクセにって思っちゃうんです」

 真里菜と同じようなことを言う。

 しかし、真里菜とはかなり意味合いが違う。

 真里菜は本当の自分を隠して付き合いたい。

 憂佳は本当の自分と向き合って欲しい……そういうことだろう。

「だから、彼氏は最低でも自分よりゲームが上手くないと」

「……何ですか、その基準は?」

 俺は思わず噴き出す。

「やっぱり共通の趣味の方が話してて楽しいじゃないですか」

「……まあ、そうですね」

「それに演技の勉強も兼ねているんです。こじつけに聞こえるかもしれないけど……魂読込って、ようは他人に成り変るみたいなもんでしょ?」

「……なるほど。そういう効果もあるのか」

 憂佳は急にフフッと笑った。

「仕事のリセットって言うのかな。役を引き摺らないように、違う人物に成り変る……みたいな」

 明らかに後付けの理由だが、俺は突っ込まなかった。

「事務所の後輩と女子会とかやるんですけど、ほとんどゲーム部。集まってゲームの話しかしないし……」

 もう笑うしかなかった。

 若い年頃の女の行動ではない。

 人気女優の秘される趣味と言うには、あまりにもマニアックな生活だった。

「クロムさんもどうですか? 今度うちで一緒にプレイしましょうよ」

 憂佳が誘ってきた。

「いや、それは……」

「何か問題でも……?」

 男女が一つの部屋に入れば、変な気が起こるとも限らない。

 俺はそれほど堪え性のある男ではない。

 こういう無防備で無警戒、誤解を生むような発言は勘弁して欲しい。

「映画とか舞台とかそういうのは見に行かないんですか?」

「……そんなことないんですけど。まあ、それはお仕事ですから」

「なるほど、仕事と趣味は違うわけか」

「ええ。でも仕事は仕事でまじめにやってるんですよ」

 憂佳は急に真顔で答えた。

「役作りの為に一ヶ月とか二ヶ月の間、体験入社みたいなこともやりますよ」

「へえ……そうなんですか」

 意外な事実だった。

「女優は二十代で自分の代表作を残すかで、三十代以降仕事があるかどうかですからね」

 憂佳のキャラクターには似合わない重い発言だった。

「三十過ぎたらやれる役が一気に減っちゃいますから……今時の映画とかドラマは若い子向けのが多いでしょ……?」

「……確かにそうですね」

 俺は頷くしかなかった。 

 女子供を相手にするするということはそういうことだ。

 広告代理店の人間としては身につまされる話だった。

 今日のエンターテイメントは女子供を相手にしなければ、商売にはならない。

 そして、彼女のような芸能人を世間の評判の名の下に、平気で使い捨てにしている。

 事実、自分のPCには芸能人高感度ランキングやギャランティ一覧表などデータが週単位で送られてくる。

 人気商売という他人の評価に左右される中、消費されない為に、芸能人は必死に常に変化や新しい展開を求められる。

 相当なストレスを抱えているのは想像するまでも無い。

 彼女もその一人だろう。

「とは言っても、わたしたちも結局は数字で結果出すしかないんですよね。二十代のうちにドラマの視聴率や映画の興行収入でいい数字を出せば、三十代で仕事には困らないですけど、結構厳しい部分もあって……。低視聴率の烙印を押されちゃうと、仕事が激減しちゃう。三十、四十歳代になってくると、よっぽど演技がうまいか、個性派俳優しか仕事がないし……」

 憂佳はいつしか本音を漏らしていた。

 人気女優の憂鬱を見たような気がした。

 目の前の彼女もそう遠くない未来、人気に翳りが差すだろう。

 彼女の努力いかんに関わらず、だ。

「一四歳でデビューして、女優一本でやってきたから潰しが利かないんですよ。他にできること無いし、他の世界も知らないし……」

 天然にみえるようでいて、憂佳は大きなプレッシャーのようなものと必死に戦っているようにみえる。

 俺はそう思えてならなかった。

 憂佳は食事の手を止めると、急に首の向きを変えた。

 憂佳の視線の先には一組の家族連れが座っている。

「ああいう家族を見ていると他の生き方もあったかな……って思う瞬間があるんです。わたしが仮想現実ゲームにハマる理由……こじつけかな?」

「仮想現実で別の人生を疑似体験しているとでも……?」

「可笑しいですよね、演技で他人の人生ばかり演じているくせに――」

 彼女が好戦的なのは、現実世界でのストレスを晴らす為なのだろうか……?

 目の前の女性が急に痛々しく思えてきた。

 返す言葉も見当たらない。

「ねえ、クロムさん」

 憂佳は急に真面目な顔をした。

「はい」

「今回も前回の人たちと組むんですか?」

「……いや、スケジュールが合わなくてね。今回は無理そうなんですよ」

「じゃあ、わたしと組みません?」

「本気で言ってるんですか?」

「ダメ……ですか?」

「……いや」

 即答はできなかった。

 <オイジュスの呪い>の件もある。むしろ自分が足手まといになるのは目に見えていた。

 安請け合いはできない。

 正直に自分の事情を伝えるべきなのだろうか。

「本気で考えてもらえませんか……? 足手まといには絶対にならないよう頑張ります。わたし自分より下手な人とは絶対に組みたくないんです。こうしてであったのも何かの縁ですし……」

 やはりすぐには答えられなった。

「ゲームだと時間とか場所とか関係無しに会えるでしょう……? 一緒に竜が住む山に行きましょうよ」

 トラブルを抱えていなければ二つ返事で答えていた。

 憂佳の腕は申し分ない。

 むしろ俺が足を引っ張ることになる。

「……やっぱりダメですか?」

 芸能人としての魅力を全開にし、上目遣いで尋ねてくる憂佳に、俺は逆らえそうも無かった。

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