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魔道剣師ユウカ

 俺は僧侶の前に座っていた。

 司祭杖を手に持ち、位の高そうな僧侶が手をかざし、俺を調べている。

「盗聴の粉ですと……?」

 僧侶は俺に尋ねてきた。

「ああ」

 俺がいるのはアーステリア内にある寺院である。

 西洋建築によくあるアーチ上の作りの天井に、祭壇には一人の女神像が祭られている。

 法の神ソフィア神だ。 

 女神ソフィア――法の神の一人で、豊穣神を司る存在であり、善神や幸神として混沌側の神々と相対する主神でもある。

 混沌側の太母神たる蛇神バルドと共にデモ画面にも登場する神としても、このゲーム内では有名だ。 

 ここはソフィア神を崇める寺院であり、法や混沌など訳隔てなく訪れる者のステイタス異常を治療回復させる病院のようなところである。 

 本来、聖職騎士が在籍する所で、多額の寄付金を行なえば、死人すら蘇らせる聖域である。

「この辺には入ってきていないアイテムですね」

「……そのようだ」

 <盗聴の粉>に関してはアーステリア城にいる法の七賢者にも尋ねたが、連中もGMであり、このような場合は当然対象外だ。

 聖職騎士のヒーリング魔法でもこのアイテムは解除できない。

 まったく厄介な代物である。

 俺のステイタスにはっきりと<盗聴状態>と表記されている。

「これは誰でも情報が駄々漏れになるのか?」

「いいえ。あくまで噂ですが、それと対になるアイテムを所持する者に伝わるようになっていると聞き及んでおります」

 特定のプレイヤーしか俺の情報は伝わらないようだ。

 多少は安心した。

「<オイジュスの呪い>は……?」

「……?」

 オイジュスの呪いに関しては、まったくといってない。

 もしかしたらアイバのブラフかもしれない。

 僧侶は諦めたように目を伏せた。

 まるで不治の難病に敗北する医者のようである。

「いずれにしろ、こちらの寺院ではどうにもできません。お力になれなくて申し訳ありません――」

「いや」

 俺は溜息を吐くと、席から立ち上がっていた。

 やはり解除アイテムを見つけ出す以外になさそうだった。


 俺は寺院を出ると、市街地にある市民公園を目指していた。

 公園はどこの街や村にも存在し、プレイヤーの待ち合わせ場所の定番として機能している。

 新大陸に入り、アーステリアを拠点にしてから、徐々にではあるが、さまざまな情報が入ってきていた。

 今はあまり姿を見せなくなったエルフが住む隠れ村、歴史の闇に消えた強力な武具の噂、

人の流入が盛んで、さまざまなアイテムが取引されている魔法城塞型交易都市など、どの噂もこの後のゲームの展開を期待させるようなプレイヤーの興味を引くものばかりだ。

 また、フォーランドの中央大陸も騒がしくなっていた。

 ザルメキア帝国皇帝のマティウス三世が怪物の大軍を集めて世界征服に向けて動き出しているらしい。

 混沌の勢力は強大だが、マティウスによって統制されているので、マティウスさえ倒してしまえば壊滅させることができるはずである。

 しかし、マティウスは今だ公の場に姿を現していない。

 あくまで設定で、キャラクターは存在しないというものさえ居た。

 最新のゲーム内実態調査では、法と混沌の勢力差は、若干混沌の方が勝っている。

 四人衆の暗躍を想像せずに入られなかった。

 法と混沌の天秤は、現在激しく揺れている。

 マティウスおよび混沌の軍勢の攻略のカギを握っているは、間違いなく法の要塞である浮遊城であることは疑いようもない。

 また魔法やオーグメントも重要になってくる。

 聖職騎士が使用できる魔法は回復・補助系のものだ。

 自分を透明にする幕を張る防御の魔法、あらゆるものの幻を作る幻影の魔法、弱体化の魔法、空中に浮き上がれる浮遊の魔法、危険な罠や宝を感知する発見の魔法などが有名だ。

 前半はフォーランド世界での冒険が主となり、後半は混沌の勢力と一騎打ちになるのは簡単に予想できる。

 今作はダンジョンとフィールドを行き来しながら進むという定番のRPG色が前面に打ち出されている。

 RPGのボス戦の様に、苦難の果てに対面したマティウスや蛇神と戦う前に、混沌側のプレイヤーを攻略しなければならないのだが、戦闘は熾烈を極めるだろう。

 混沌側にのみ存在する魔法やアイテムもちらほら耳に入ってきている。

 当然、法側の攻略アイテムが存在するのは間違いないだろうが、情報すらまだ入手すらできていない。

 もしかしたら装備とレベルをそのままグラディアトルの転送したが、それが影響しているのかもしれない。

 アーステリア内の公園は市民レベルが高いのか、噴水に彫刻とかなり凝った作りになっている。  

「クロムさん」

 マリナだった。

「もう、来てたんですか」

「ああ」

「今日どうします? 西のほうにでも足を伸ばしてみます?」

「悪いな。今日は予定がある」

「えっ?」

「人と会う約束になっててな」

 怪訝な顔をするマリナを尻目に、俺はクロノタイマーを確認した。

 クロノタイマーは托身体にセットされている時刻機能である。

 世界標準時やゲーム内時間経過、そして生体時計やなどと連動し、経過時間や体感時間などプレイヤーに関わる時間全てを管理するアプリである。

 現実世界と仮想世界を行き来するプレイヤーにとって、仮想世界と現実世界の狭間で起こる時差ぼけやサーカディアンリズムに狂いが生じないように処理調整する、いわば生命活動の根幹を担う重要な機能だった。

 約束の時間だった。

「……来たな」

 俺の視線の先に、戦士風の女性プレイヤーが歩いてきた。

 どこか優雅で、しなやかな身のこなしを思わせる歩き方だった。

 ユウカという名のプレイヤーだった。

「こちらこそ。お待ちしてました」

 ユウカが微笑みながら、答える。

「……どっかで見たこと顔ですね」

「桐谷憂佳さんだ」

「えっ!?」

 俺の言葉に当然の驚きを見せる。

「……そうだ! 桐谷憂佳だ!!」

 初対面の相手を呼び捨てにする失礼極まりないマリナに、ユウカは気にすることなく笑顔で対応する。

 憂佳のプレイヤー名はカタカナ表記のユウカだった。 

 憂佳=ユウカの言う通り、職業は魔導剣師である。

 ユウカは俺と同じく聖皇の鎧で全身を包み、好戦的な雰囲気を見せている。

 篭手を嵌め、腰には剣や護符アミュレットを下げているが、楯は所持していない。

 典型的な魔道剣師のスタイルだ。

 この前は携帯ゲームだったが、本来は魂読込でプレイするほどののバリバリのハードゲーマーのようだ。

「えっ!? マジっ!? ウソ……!? なんで!?」

 本物の芸能人の登場に、マリナが混乱するのも無理はなかった。

 一方のユウカは相変わらず泰然自若で、無防備だった。

 ただでさえ注目を浴びる芸能人でありながら、顔を特に変えている様子はない。

 無自覚無警戒、天然なのか、まったく読めない。

「そちらの方は……?」

 ユウカが尋ねてきた。

「仲間です。一緒にプレイしてます」

 マリナが俺の隣で宣言すると、顔を近づけた。

「本当に本物なんですか!? っていうか知り合いなんですか!?」

 小声で尋ねるマリナに俺は首を振る。

「この前一緒に仕事しただろ? ……と言ってもメールを数回した程度だよ」

「……だとしても凄いじゃないですか!?」

 感心するマリナからユウカに俺は視線を移す。

 コスプレと言ってしまえばそれまでだが、こういうファンタジー世界に溶け込んだ姿もまた新鮮だった。

 普段は女優以外にも、ファッション誌でモデルのような仕事もこなしている。

 スタイリストに着飾られた流行衣装もいいが、こういう格好も完璧に着こなしているのは流石だ。 

 CMディレクターでなくとも、アイディアを刺激され、起用したくなるだろう。

 俺は彼女の髪型に気が着いた。

 化粧品メーカーのCMキャラクターに採用されるくらい、美しい艶やかな長い髪を、ユウカはゲーム内では編みこんでいた。

「いいでしょ? あるゲームキャラを真似てわざとこうしているです」

 ユウカは嬉しそうに言った。

「装備もそのキャラに似せてるんですよ」

 場の空気を読まない天然発言に、マリナも面を喰らう。

「――こういう女性ひとなんだ」

 俺は苦笑しながら説明した。

「な、なるほど……」

 マリナも瞬時に理解したようだ。

「さっそくですが、浮遊魔法についての情報を教えていただけますか……?」

 俺は単刀直入に尋ねた。

「わたしに勝ったら教えます」

 ユウカはニッコリ笑う。

「……はっ?」

 一瞬何を言っているのか分らなかった。

「SA級のプレイヤーを斃せば、わたしのランクは上がるでしょ?」

「なるほど……そういうことか」

 話が上手すぎた。

 すっかり手玉に取られている。

「……貴方と戦う理由は無いな」

「どうしてですか?」

 ユウカはムッとした表情になる。

「もしかして相手にならないって言いたいんですか……?」

「……そんなこと言っていませんよ」

 俺は否定する。 

「こっちには何のメリットもない……って言ってるんです」

 マリナが口を挟んだ。

「……じゃあ、何か賭けますか?]

 ユウカが人差し指を立てながら、言ってきた。

 どうやら一歩も引く気はないようだ。

「そうですね……」

 面倒と思いつつ、俺は思案をめぐらす。

 あることが思いついた。

「じゃあ、勝ったほうが相手の言うことを何でも訊くっていうのはどうですか?」

 俺はかなり意地悪な提案を出した。

「ちょ、ちょっとクロムさん……」

 マリナが止めに入る。

「いいですよ」

 ユウカが即座に応じた。

 予想外の反応だった。

「だったら、わたし浮遊魔法使いますから」

 ユウカの目が鋭くなる。

「……お好きにどうぞ」

 俺ももうどうでもよくなっていた。

 どうやら、この若手女優は一度痛い目にあわせなければ分らないようだ。

「アーステリアには闘技場を模した戦闘ステージがあるんです。よろしければそこで戦いましょう」

 ユウカは一歩も引く気はないらしい。

「絶対に勝ちますから」

 しかもどうやら負けず嫌いでもあるらしい。

「……クロムさん」

 マリナは心配そうに声を掛けてきた。

「やるしかなさそうだ」

「……もう、好きにしてください」

 半ば呆れ顔でマリナは言った。


 俺達はユウカの言うままに場所を移動していた。

 闘技場は街の外れにあった。

 ローマの円形闘技場コロッセオのような所であった。

 ステージ名を確認すると、<法神の競技場>という名だった。

  同じ属性である以上は属性に左右されることは無いだろうが、ステージ内は狭く、身を隠すようなものは無い。

 空中へ飛ぶことのできない自分にとっては不利な舞台だった。

 ここをあえて選んだのは、ユウカなりの作戦かもしれない。

 意外に食えない女だ。

 相対する俺たちの周りを、無人の観客席が囲む。

 マリナが一人席に座り、退屈そうな顔をしている。

「ここだとわたしのほうが有利なんですけど、まあハンデということでよろしいですね」

 ユウカの言葉に、俺は苦笑した。 

 確かにこのバトルステージならば、ユウカの方が有利だろう。

「もし、ご不満ならば別の場所でも構いませんが……」

「いいですよ。問題ありません」

 俺は受け入れることにした。

 俺にはディメンジョンブレードがある。 

 それだけでも分がある筈である。

 だが、盗聴の粉により向こうに俺の情報が流れているかもしれない。

 そうなれば話は違ってくるが、あまり考えないことにした。

 剣を鞘から抜こうとした時、闘技場内に霧が立ち込めた。

 神社仏閣か聖域か神域のような静謐な空気に満ちると、天から光が降り注いだ。

 光の中には一人の女性が存在した。 

 先ほど見た寺院に祭られている神に間違いなかった。

 法の神の一人、豊穣神ソフィアだった。

 法の女神ソフィアは競技場の中央に降り立つと、審判のように佇む。

 俺たち三人は、突然の出来事に固唾を飲んで見守る。 

 ソフィアは神々しい光に包まれ、無表情に我々を見ていた。 

「……法の戦士達よ」

 法の女神ソフィアが語り出した。

「同じ陣営の者が戦うことは本来許されぬ。しかし、これも新たなる時代の礎となる試練――」

 演出と呼ぶにはあまりにも大げさだった。

 何かの意図が働いているのだろうか。

 エウロパ、そして眠りに着くアーステリア女王の顔が頭に浮かぶ。

 NPC達は俺に何をさせたいのだろうか。

 ソフィアにも触れる必要がありそうだ。

「互いの技倆と誇りを掛け、死力を尽くして戦うがよい。勝利を得た者には、法の宝物を授けよう」

 まるで神々の祝福を祈念して行なわれるような神事のような試合形式だった。

 俺とユウカは互いに向き合う。

「……こうなることは知っていたんですか?」

 俺はユウカに尋ねた。

「いいえ。ビックリです」

 言葉と対照的に、ユウカは極めて冷静に見えた。

「やっぱり、わたし達の出会いは必然……女神ソフィアの導きのようですね」

 芝居がかった言葉だが、女優が言うと不思議と説得力がある。

 ユウカは鞘から剣を抜くと、刀身から突然炎が昇った。

 炎に照らされながら、ユウカが微笑する。

「……炎皇の剣(プロミネンス・ソード)!!」

 俺は思わずアイテム名を口にしていた。

 ユウカが装備していたのは炎皇の剣だった。

 炎皇の剣――前作にも登場する、文字通り炎の魔法を宿した剣である。

 鞘から抜くと、刀身から炎を発する。

 虚空皇の剣のような追加スロットはないが、火との相乗効果により、剣自体の威力はもちろんのこと、魔法剣と併用することにより、強力な攻撃を叩きだす事ができる。

「――中々のレアアイテムだ」

 俺は感心するように言う。

 事実だった。

 簡単に入手できる武器ではない。

「ええ。ゲットするのに苦労しました」

 ユウカの自身の理由の一端がようやく見えた。

「だから遠慮はいりません」 

「……そのようだ。鼻から手を抜くつもりもない」

 言葉に嘘はなかった。

 俺の言葉に、ユウカは目を綻ばせる。

 世の男を魅了するには、十分すぎる目ヂカラと表情だった。

 俺も虚空皇の剣の柄に手を掛けると、鞘から抜いていた。 

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