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約束

 会社のミーティングルームで、部長がホワイトボードに水性マーカーで記入しながら、次の仕事の打ち合わせをしていた。

 今日の会議のテーマはあるCMのコンペだった。

 手元近くには商品の資料のほかに、制作費などと照らし合わせるための、タレントのランクによるギャラ表や、代理店の取り分をパーセンテージで記したものがある。

 俺は商品のファイル資料を手に取り、眺めていると、女子スタッフが会議に参加している社員全員に紙コップを配っていく。

「新商品のプロモーションだ。海外飲料メーカーの日本進出の商品となる」

 部長が紙コップを手に問いながら、説明する。

 真里菜は紙コップに入ったサンプル品を試飲する。

「……悪くない味ですね」

 俺も口をつけた。

 確かに不味くはなかった。

「カロリーも低く、ダイエット効果もあるらしい。サプリメント飲料水として、キャンペーンを展開し、販売を開始する。それで担当の代理店の方はコンペで決定するそうだ」

「……伝報堂がコンペに参加するんですよね」

 誰かが尋ねると、部長は「ああ」と答えた。

 メンバー間で一気にモチベーションが下がる空気が伝播する。

 伝報堂が絡んでくるのは事前に伝わっていた。

「じゃあ物量とコネ、資金力でまたモノを言わせるんじゃないんですか……?」

 別の誰かが言った。

 伝報堂とはつくづく因縁がある。

 ゲームのプロモーション活動も先日潰されたばかりだ。

「色々妨害工作も仕掛けてくる可能性があるでしょ……?」

 近くの女子社員が小声で言った。

「海外を拠点にする企業だ。伝報堂との関係はない。最高のものを選ぶと向こうは言ってきている」

 部長が珍しく力説する。

 海外商品となれば、契約が決まれば会社に莫大な金が流れ込む。

 確かに久々の大きな仕事になりそうな予感はした。

「みんなも知っている通り、伝報堂の仕掛けたバスマーケティング戦略が失敗続きで業界の信用も落としているだろう……?」

 部長がハッパをかける。

 だが、ここぞという時にケツをまくるのもこの人の悪い癖である。

 確かにここ最近伝報堂が仕掛けたプロモーションはことごとく失敗している。

 露骨なゴリ押しで、消費者の反感を買い、またすでに流行りはじめたものの後追いの印象しかない。

 テレビという巨大媒体を使って、視聴者を洗脳して広告屋が金を稼ぐ時代はもう終焉している。

 確かに時代錯誤で、強引なやり方は眼に余る。

「今がチャンスだ。今度の会議までにアイディアをバンバン出して欲しい」

 部長の言葉に皆が「はい」と返事をしていた。


 ミーティングが終わり、会議室を出ようとしたとき、「鞘峰さん」と呼ばれた。

 真里菜だった。

「なんか元気ないですよ。ゲーム内の事、気にしてるんですか?」

「……まあな」

 俺は言った。

 城を出た後、アーステリアの城下町をめぐり、情報を集めてみたが、めぼしいものは入ってこなかった。

 浮遊城に関しても、七賢者以上の情報はない。

 アーステリアからサルバキア帝国支配領土内に入らないと、新たな情報は出てこない様だ。

 <盗聴の粉>、そして<オイジュスの呪い>に関しても同様だ。

「わたしなりに情報集めてみます。掲示板とかSNSとかで」

 マリナは建設的なことを言った。

 ゲーム内情報はむしろリアルワールドからの方が近道かもしれない。

「ゲームもいいが、仕事の方もよろしく頼むな。伝報堂にだけは負けたくない」

 俺はやんわり釘を刺す。

「……分かってますよ。で、今日どうします?」

 真里菜が小さな声で誘いを掛けてきた。

「悪いな。今日は約束があるんだ」

「えーっ」

 真里菜は悲しそうな顔をする。女慣れしていないような男ならばイチコロだろう。 

 思わせぶりの態度は真里菜の十八番である。

 何人の男が勘違いをし、交際を申し込んだが、受け入れないと他の同僚の評判であった。

 それでも人気が衰えないのは、ある意味、真里菜の人徳かもしれない。

 世話になっておきながら、真里菜の中に媚と作為を見てしまうのは、俺も女にそれだけ痛い目にあっているということである。

「カノジョ……さんですか?」

 真里菜は食い下がってきた。 

「違うって。それに今はそんな娘はいない」

「……そうなんだ」

 真里菜はどこか嬉しそうな顔をした。

「わかりました。後でメールしてもいいですか」

「ああ。ただ俺はメールを返すのはあんまりマメじゃないぞ」

「知ってます。すぐそういうことを言うんだから……」

 事実、真里菜からメールを貰い、何度か返さなかったこともあった。

「今度はわたしもどっかに連れて行ってくださいね」

「わかってる」

「……ホントですか? 絶対ですよ」

「ああ」

 俺は困ったように宙に視線を向けた。


 こ洒落たバーで俺は席に座り、酒を飲んでいる。

 隣には知り合いの女が座っていた。

 茉莉愛美――アユミールと俺たちの間では呼ばれている女である。

 アユミールは現在イベコン以外に活躍の場を広げている。

 企業の展示会での商品説明やパチンコ屋のイベントなどが主な仕事が

 特にメディアの仕事も増え、CS系番組の進行役やレポーター、最近はライター業も始めて、ゲーム雑誌を中心に寄稿しているようだ。

 元々ブログをやっていたため、文才は中々のものらしい。

 久しぶりに会い、一緒に飲もうということだった。

 俺自身俺に降りかかっているトラブルに関し、情報を集める為に、アユミールを頼った。

 アユミールははっきり言って、かなりいい女だった。

 気さくで、きっぷも面倒見もいい。

 だが、どうも自分にとって恋愛の対象にはならなかった。

 同士という言い方が一番あっている。

 気が強く、自意識過剰な部分が目に付き、男女の関係に至ることを妨げていた。

 多分今後もないだろう。

 それは向こうも同じだろう。

 男女間の愛は無いが、それ以上のものが俺たちの中にはあった。

「ジン君とミナちゃんはどうなったかな……?」

 アユミールがビールを飲みながら、俺に尋ねてきた。

 飲みっぷりも堂に入っている。

 事実、酒はかなり強い。

「……フラれたらしい」

「本当なの……?」

「ああ」

 メールでジンから報告を受けていた。

 俺自身気になりそれとなく気になり、尋ねていた。

「なんで?」

「さあな」

 俺自身理由はよく分らなかった。

 チームのエースにして、優勝者のジンは現在某ゲーム会社のテストプレイヤーとして所属していた。

 ナーヴァスとしての才能が最も傑出した存在は、業界ににらまれることなく、歓迎され、むしろ彼の才能を求められていた。

 彼の行なった行為は賞賛され、ネットでも褒め称えられている。

 彼のナーヴァス特性はさまざまなゲームにおいて遺憾なく発揮され、海外のゲーム大会にも出場する予定である。

 eスポーツのサイバーアスリートとして、むしろ海外マスコミからの注目が熱かった。

 確かにサイバーアスリートとしては世界を狙えるようなトップクラスだろう。

「今度一緒に飲む約束だ。詳しく訊いておくよ」

「……結構お似合いだったのに、なんか残念」

 アユミールにとって、ミナは妹ならば、ジンは弟のような存在なのだろう。

 二人をくっつけたかったのは、俺も同じだ。

 俺自身ジンの恋は応援したかった。

 渦中のミナは芸能事務所に所属している。

 割と大きな事務所で、先日会ったとおりだ。

 テレビの企画でその他大勢の一人だが、地上波の番組レギュラーも決定ずみらしい。

 皆がゲーム優勝というきっかけを得て、人生を大きく変化させている。

 しかし、変らないのは自分だけだった。

「グラディアトルやってるの?」

 アユミールが尋ねてきた。

「ああ」

「あいからわずゲーム三昧……? 彼女とか作らないの?」

「最近別れたばっかりでね」

「モテる男は言うことが違うわね」

「よしてくれ」

「ゲームで狙われているらしいわね」

 アユミールの言葉に酒を飲む手が止まる。

「……ああ、ゲーム内で標的にされている。電話で説明した通りだ」

「どういうこと?」

「托身体をコピーされ、個人情報を奪われた」

「相手は? 心当たりはあるの?」

「上げればキリがない。前作の攻略チームの残党、運営側……あるいは四人衆」

「四人衆って、最近勢力を広げてる……?」

 アユミールの言葉に、俺は頷く。

 ゲームライター業も行なっている為か、アユミールの耳にも四人衆の噂は届いているようだった。

「……穏やかじゃないわね」

 アユミールも口が渇いたのか、ビールを口に含んだ。

「まったくだ。内心かなりあせっている」

「分ったわ。わたしの方で情報を集めてみる」

 アユミールがそう言った時、着メロが流れた。

 アユミールのスマートフォンだった。

 スマートフォンの画面に触れると、アユミールの顔が少しだけ綻ぶ。

「誰からだ?」

 俺は尋ねた。

「合コンのお誘い……知り合いの業界関係者から。お金持ちのお誕生日会があるんだって」

「……今時」

 俺は苦笑した。

「あら、お金って大事でしょ」

「男を金で選ぶと、金で別れるハメになるぞ」

 俺の言葉に、アユミールは舌を出すと、化粧を直すと言ってトイレに向っていった。

 俺もスマートフォンを取り出し、チェックする。

 メールが一通届いていた。

 真里菜と思い、確認すると思わぬ人物だった。

 桐谷憂佳からだった。

 アーステリアに到着したことはすでに連絡済だった。

『今度いつ一緒にプレイできますか?』

 絵文字に彩られたメールは、どこか喜びに満ちていた。

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