浮遊城の伝説
俺とマリナはアーステリア城を訪れていた。
セネト王国の姫君であるエリス姫の言葉に従う形となっていた。
俺の名を告げ、門番の近衛兵に入城を求めると、そのまま王室広間まで案内される。
「特別待遇ですね」
マリナが嬉しそうに言う。
「他のプレイヤーと変わらないだろう?」
俺はそっけなく答えた。
この辺もゲームではよくある風景だ。
「……また、そういう冷めたことを言う。ゲームの世界なんだからいいじゃないですか。ノリが悪いなあ……」
マリナの言葉に、俺は頭を掻く。
どうも今日はバツが悪い。
余計な借りや恩を作ると、立場が上になるから始末が悪い。
特に男女間はそうだ。
「ようこそお越しくださいました。四英雄の一人、クロム様」
玉座の間に入ると、三人の大臣か宰相風のNPCが俺たちを迎えてくれた。
「アーステリア女王に代わり、歓迎いたします」
「その女王はどちらに?」
俺は尋ねると宰相は顔を曇らせる。
イベントか何かが起こる予感がした。
NPCとはいえ、中々の役者ぶりに気分はいやがおうにも気分が盛り上がる。
これぞゲームの醍醐味だ。
「一緒に来ていただけますか?」
大臣達の後に続き、玉座を出ると、二階へ上がり、さらに一番奥の部屋へ向っていった。
マリナもワクワクしているのか、どこか半笑いだった。
お約束とはいえ、ゲームでははやり外せない演出である。
扉を開け、中に入ると寝室のような場所だった。
シャンデリアのような照明器具が天井から吊るされ、天蓋のある豪奢な寝台がある。
寝台には一人の女性が眠りに着いていた。
その周りを七人の魔術師風の者達が輪となり、取り巻いている。
魔術師達は杖を掲げ、何かを口ずさみながら、念じているようだった。
「現在、女王は眠りの魔法をかけられ、原因不明の昏睡状態に陥っております……」
大臣の一人が説明した。
「……昏睡状態?」
俺は大臣に尋ねる。
「サルバキア帝国のマティウス皇帝の配下の仕業に間違いありません」
俺とマリナは互いの顔を見る。
「宮廷魔術師が全力で解呪を施しておりますが、いまだ成功には至りません」
大臣が溜息を吐きながら言った。
「彼らは我が王国最高の魔術師達……<法の七賢者>と呼ばれ、学者としても名高く、法側の歴史や魔法の知識に関しても大変詳しいものたちばかりです」
大臣が俺に耳打ちする。
<法の七賢者>というネーミングに、ピンと来た。
こういう場合、重要なヒントをくれるのがゲームの定石である。
そうあって欲しい。
久しぶりのゲームの世界のお約束が続き、すっかり自分の問題を忘れかけていた。
その前に確認したことがあった。
「女王を近くで見ても構いませんか?」
俺が尋ねると、大臣は頷いた。
俺はベットに近づき、女王の顔を見る。
どこかで見たような顔つきをした美女だった。
眼は硬く閉じられ、起きる様子は無い。
まるで石膏像のような完璧な美を思わせる造詣だった。
NPCだから当然だろう。
俺は眠り続ける女王に触れようと、細い手をとった。
「……また触る。セクハラですよ」
マリナの声を無視し、グノーシスリングを見ると、突然輝きを発し、大きく反応する。
「な、な、なんですか……!?」
驚くマリナに、俺はすぐに手を離した。
グノーシスリングの輝きが止む。
「どうされました?」
大臣が尋ねてくると、俺は誤魔化す。
ついに一人目を発見した。
エウロパの話はどうやら真実らしい。
女性だから、レビスの偽装体だろうか……?
今の段階では確かめる術はない。
「彼女を目覚めさせるには……?」
俺は大臣に尋ねていた。
俺自身軽く興奮していた。
「浮遊城ならば解決する方法が分るかもしれません」
大臣ではなく、宮廷魔術師たる<法の七賢者>の一人がそう答えた。
「……浮遊城?」
マリナが反射的に尋ねていた。
「法側の拠点となる法の要塞です。かつて栄華を誇った魔法文明の象徴的遺跡で、今の時と同じく、調和神が眠りに着いた時代、法と混沌の陣営が覇を掛けて争った際に、法の信奉者達の牙城となり、法の魔法に関する叡智が集められたとされます」
「……クロムさん」
マリナが七賢者の話をさえぎるように、突然口を挟んだ。
「なんだ?」
「……これ、クリアと関係あるんですか?」
マリナは冷ややかに言った。
「いわゆるサブクエストっぽくないですか……? 無視するのも手だと思いますけど……」
マリナの言葉はもっともだった。
余計なクエストに時間を割かれたくないと思うのは当然だった。
俺の事情を鑑みての助言だろう。
「いろいろ事情がある」
三位一体型AIに関して説明するのは、時間を有する。
短時間で説明できるものではない。
当然、ナーヴァスに関しても説明しなければならない。
「浮遊城はどこにある……?」
俺は七賢者達に尋ねる。
「……わかりません。はるか時の流れに埋もれてしまい、今ではその場所を知る者も少ないのです。浮遊城は法の力に満ち、魔力溢れる土地。混沌の力が及ばぬ聖地とされております」
先ほどとは違う別の賢者が答えた。
俺は七賢者達の話を聞きながらあることに気づく。
「……それは属性の変化に左右されることがないということか?」
「無論です」
また別の七賢者が言った。
属性の影響を受けなくなるということは、戦闘の条件が対等になるばかりか、混沌側に対し大きなアドバンテージになる。
「……サブクエストどころか、攻略の鍵となりそうだな」
「ですね」
マリナも理解していたようだった。