アーステリア入国
市街地の中心には城が聳え立っている。
アーステリア城だ。
旗が掲げられた尖塔が幾つもある、格式に満ちた立派な城だった。
市街地も放射状に整備され、広がっている町並みで、猥雑さが殆ど無い風光明媚な古都の味わいを見せている。
訪れているプレイヤーの数も多く、NPCの数もセネト以上だった。
俺とマリナはアーステリア王国に入国していた。
今まで一緒に行動してきたのだから、アーステリア王国への入国も二人でということだった。
アーストリア王国――法の四王家の一つで、中心的存在である。
アーステリアが存在する中央大陸は、新興国サルバキア帝国の支配領土を広める地でもあり、現在混沌の勢力がやや上回っている。
新興国の魔法軍事国家であるザルメキア帝国は急速に領土を拡大しているらしい。
混沌の信奉者であるザルメキア帝国の皇帝が混沌側のプレイヤーを支援しているらしい。
そして、特に眼を掛けられているのが『四人衆』と呼ばれる混沌側に属するプレイヤー達だった。
ナーヴァスという噂もある。
四人衆の情報は、それ以上のものは特に無かった。
マリナは宿泊料を聞きに、近くの宿屋へ行っていた。
マリナとのプレイもここで一応区切りを迎える。
このまま一緒に続けるか、別れるか俺自身結論が出なかった。
新しい街にようやく到着したというのに、俺の心は晴れない。
アイバとの戦闘により、奪われた影と自身に掛けられた呪いを解かなければならなかった。
ナーヴァスの能力が奪われた――正確にはコピーされてしまった。
俺の能力をどう利用しようとしているのだろか、見当もつかなかった。
前作において、ナーヴァスは仮想環境内においては、貴重な能力である。
乱数調整に影響を及ぼし、レアアイテムの入手に大きく絡んでいる。
この分だと今回のグラディアトルも、ナーヴァス資質がキーを握るのは間違いない。
ゆえにそうそう配布することは無いだろうが、楽観視はできない。
今回もナーヴァスが乱数調整およびアイテム出現に絡んでいるのは疑いようもない。
ならば、そのナーヴァスに狙いを定めるのは当然なのかもしれない。
アイテムやオーグメントを発生させるタイムテーブルおよび乱数調整にでも利用するつもりだろうか……?
呪いに関しては、まったくの不明である。
いずれにしろ、個人情報をばら撒かれる前に、取り戻さなければならない。
仲間を集めるべきなのだろうか……?
俺の中で葛藤があった。
あのような最高の仲間達が集まるのだろうか。
ゲームはソロと決めていた。
いつしか誰かに頼ることを覚えてしまった。
そして、それを共有しあう楽しさも知ってしまった。
ナーヴァスとはゲーム人口の中では圧倒低にマイノリティである。
類は友を呼ぶ。
ADHDの傾向も強いという特徴もある。
同じ才能を持つ者同士が互いが発する磁場のようなものに引き寄せられ、一堂に集った。
俺は反射的にグノーシス・リングを見た。
白銀の指環が右手の人差し指で、静かに光り輝いていた。
アイバを斃した際、あるアイテムを入手した。
<地の精霊石>という名前のアイテムである。
地の精霊石にはマークのようなものが刻まれている。
トランプのクラブのマークそのものだった。
しかし、属性は混沌側のものである。
アイテムにも属性があるなど知らなかった。
何故法側のプレイヤーが混沌のアイテムを入手できるのか、まったく謎だった。
所持はできても、混沌側のものだからか、使用は不可能である。
混沌と名の付くくらいだから、混沌側に関係するものなのだろう。
もしかしたら貴重なアイテムで、これを狙ってくるかもしれない。
<盗聴の粉>というアイテムにより、俺のゲーム内情報は他プレイヤーに筒抜けの状態である。
無数の人間に監視されている――そんな気がした。
マリナが不機嫌な顔をして、俺に近づいてきた。
「どうした?」
俺はマリナに理由を訊く。
「……ちょっと聞いて下さいよ、クロムさん。宿泊料確認したんですけど、セネトの十倍ですよ。信じられない」
俺は苦笑した。
すでにインフレが起こっている。
ゲームではよくある風景だった。
「魔法薬とかも超高くなってるし……、せっかく新しい武器買おうと思ってたのに……」
買い物もお預けらしい。
物価が高くなるのは、逆に言えば、入手できる金も多くなるという証拠である。
エンカウントするエネミーも強力になるだろう。
転送魔法がない以上、セネトや元の大陸には簡単に戻れない。
しばらくはここを拠点とし、活動するしかない。
俺の前を近衛兵風のNPCが横切ろうとし、俺は反射的に触った。
グノーシスリングは何も反応を示さなかった。
「クロムさんってNPCとよく触りますよね」
マリナが言ってきた。
「……そうか?」
「そんなにNPCにセクハラしたいんですか?」
「そんなんじゃない」
「それとも何か意味があるんですか……?」
真剣に尋ねるマリナに、俺は答えなかった。
ガラテアのことをマリナに説明しても伝わらないだろう。
「……ナーヴァスって何ですか?」
マリナが核心に迫る質問をしてきた。
やはり、そこが事が気になるらしい。
当然だった。
「聞かない方がいい」
俺は忠告するように言う。
「どうして……ですか?」
「わざわざトラブルに足を突っ込む必要はないだろう」
「……トラブルなんですか?」
俺は再び何も言えなくなる。
「この前の事だって……」
何も答えない俺に、マリナはそれ以上無理強いはしなかった。
気まずい沈黙が続く。
「わたし、クロムさんとしばらく一緒にプレイします。もう、そう決めましたから」
マリナが突然言い出した。
「……何故だ?」
マリナの発言に俺は尋ねた。
「今のクロムさんを見捨てたら、わたしものすごく嫌な女になっちゃうじゃないですか。仕事にも影響するし……」
マリナはもっともらしいことを言った。
「気にする必要はない」
「わたしが気にするんです。気まずいでしょ、そういうの。それに困った時はお互い様っていうじゃないですか……?」
何の意図も無い、マリナの優しさに満ちた言葉だった。
彼女からそんな言葉を聞くのは意外だった。
打算と計算を優先する女だとどこかで思っていたからだ。
考えてみれば、前回の戦闘はマリナの力なくしては勝てなかった。
自分の切り札を惜しみなく使用してくれたマリナに対し、感謝こそすれ、穿った見かたをするのは最低な男のすることだ。
俺は自分を恥じる思いだった。
「まずは盗聴の粉を解除しないと。その為に情報を集めましょ」
マリナは俺を元気付けるように笑顔で言った。
マリナの笑顔に救われた気がした。
多少は彼女の事を見直し、不覚にも魅力のようなものを感じた。
俺もかなり単純な男らしい。
「それは後でいい」
「えっ」
「実は行きたいところがある。アーステリア城だ」
「わかりました」
マリナは笑顔で応じてくれた。
どこか礼を言うのは照れくさかった。
しばらく、二人でのプレイは続くようだ。
最高の仲間、という言葉が俺の頭をめぐっていた。