オイジュスの呪い
俺はアイバに注意を払いながら、後ろのマリナを見た。
マリナはしゃがみ込み、動けずに居た。
「大丈夫か?」
俺はマリナに尋ねると、マリナは「はい」と頷く。
法の神を呼び出したマリナは代償として、制限が掛かっていた。
しばらくは攻撃に参加できない。
「……でも、もう少し続くみたいです」
マリナが困ったように言う。
「わかった。後は任せろ」
マリナは安心したような笑みを見ると、俺はアイバに集中する。
祝福をもたらし、役目を終えた法の神はバトルステージからすぐに去ったが、法の力は残っていた。
モリケンとマサもこの場から姿を消していた。
二人は俺に斃され、ゲームオーバーとなっていた。
モリケンとマサを始末するのに、一分も掛からなかった。
法の力一色となったバトルステージに乗じ、俺は一気に仕掛けた。
ここにわざわざ書き記す必要性もないほどあっけなかった。
混沌の属性の力の助力が無い以上、後はプレイヤーの腕のみということになる。
ステージ属性が法の方へ一気に傾いた為、混沌側のプレイヤーにその反動が押し寄せた。
弱体化状態に陥った二人に対し、こちらは法の力の加護により攻撃力や耐久力が増している。
法の助力を得たこちら側と、力をそがれた混沌側のプレイヤーとの戦闘など、火を見るより明らかだった。
クリティカルに等しい攻撃を連続で繰り出し、モリケンとマサをゲームオーバーに追いこんでいた。
二人を片付け、残るは魔道剣師アイバだけだった。
「……瞬殺かよ」
アイバは明らかに強がっていた。
先ほどあった余裕は、今は見る影も無い。
「ステージが法側に傾いた以上、混沌側のお前に勝ち目は無いぞ」
俺の言葉に、相場は薄く笑う。
「法」のステージ属性は戦闘が終了しない限り続くだろう。
奴が今できることは、せいぜい逃走だ。
もっとも、逃がすつもりは無い。
俺は剣をアイバに向けると「お前に聞きたいことがある」と尋ねた。
「なんだ?」
「ナーヴァスはゲーム内でも機密事項のはずだ。一般プレイヤーが知りえる情報じゃない。それを何故お前が知っている……?」
「……カリバーンに教えてもらったんだ」
「嘘をつくな」
俺はアイバの言葉を一蹴する。
「俺達の情報を入手したとも言っていたな。誰に頼まれた……?」
「勝てたら教えてやるよ」
アイバはあくまで虚勢を張り続ける。
「法側のプレイヤーが有利に働く状況で勝てると思っているのか……? さっきの言葉そっくりそのまま返すぞ」
「うるせえ!!」
アイバは大声を出すと、魔法薬を出現させ、その場で叩き割る。
俺はハッとなった。
まったく同じ行動をする者を前のゲームで見たことがあった。
「まさか、闇アイテム……!?」
俺の言葉に、アイバが笑う。
闇アイテム――ゲーム内において、チートやハッキングを行なう為の違法プログラムで、アイテムに偽装されている。
アイバが闇アイテムを使用したことは間違いなかった。
アイバから放たれるプレッシャーが、強さを増したような感覚を俺は覚えた。
「<ニューロ・クラッカー>……ナーヴァスと化す事の出来るアイテムさ」
「……!?」
俺は自分の耳を疑った。
ニューロ・クラッカー――おそらくプレイヤー自身にドーピングのような処置を施す闇アイテムだろう。
「いくぜ!!」
アイバは俺との距離を一気につめると、斬りかかってきた。
驚くほどの高速移動だった。
剣の打ち込みも、痺れを味わうほどの強さだ。
テニスのラリーのような、互いの剣同士がぶつかり合い、火花の映像効果を散らす。
鍔迫り合いが続く中、アイバは俺の剣を払うと、後方へ移動した。
魔法剣が来る――すぐに読めた。
相手が仕掛けてきたのは予想通り、魔法剣の一つでマキシマムソニックブレードだった。
高速剣の連続攻撃が俺を襲う。
しかし――。
「……どうってことないな」
俺はにやりと笑う。
「何!?」
「俺の知ってる本物のナーヴァスはもっと速いぞ……!」
ジンのマキシマムソニックブレードに比べたら、遥かに遅い。
そして、一刀一刀が簡単に受け流せるほど軽かった。
ディメンジョンブレードを使うまでもなかった。
俺は後方に下がりながら、魔法剣プレッシャーブレードの準備に入っていた。
資源が消費され、力に満ちていく。
プレッシャーブレードは本来魔道剣師の技だが、ゲームバランス調整の為に聖職騎士にグラディアトルから追加された魔法剣だった。
俺は上段から魔法剣を放った。
衝撃波と剣圧が渦となり、放たれる。
法の力が加わり、魔法剣はいつもより威力を増していた。
プレッシャーブレードをまともに喰らい、アイバは後ろに大きく吹っ飛んだ。
混沌の加護を失い、アーマークラスの低下したアイバはHPを大きく失い、ゲームオーバー寸前だった。
俺はアイバに近づいていく。
知りたいことは山ほどあったが、答えることは無いだろう。
さっさと戦闘を終わらせて、アーステリアに到着した方がいいと判断した。
「さすがですね」
マリナが俺を讃えていた。
ようやくマリナも制限状態から脱したようだ。
アイバの前に立つと、俺は止めを刺すために剣を振り上げた。
アイバが悪あがきとばかりに、突然皮袋のようなものを出すと俺に投げつけてきた。
俺は反射的に皮袋を剣で斬った。
切り裂かれた皮袋から粉が舞い、俺の周囲を取り巻く。
アイテムの一つ、魔法の粉だった。
特殊効果をもたらすアイテムで、さまざまな種類が存在する。
粉は俺の周囲を漂うと、突然左手の甲に五芒星が浮かび上がった。
急に托身体の動きにラグが生じる。
「クロムさん!?」
マリナが声を上げた。
俺の全身から影のようなものがぬうと浮き出ると、すぐさま消え去った。
まるで魂の一部を切り取られたような気分だった。
「何をした……?」
俺はただならぬものを感じ、アイバに尋ねた。
「<オイジュスの呪い>の烙印……俺の役目はお前の能力を盗み、呪いを掛けることさ」
「呪いだと……?」
「……言っただろ、お前達四英雄を恨んでる連中は多いってことさ。托身体をハックしてナーヴァスの能力をコピーさせてもらった」
「なっ……!?」
声を上げる俺に、アイバは馬鹿笑いを上げる。
「お前には多額の賞金も掛けられてんだ。リアルマネーの、な……!」
「これも闇アイテムか……?」
左手の刻印が淡く光り、俺は舌打ちした。
「……そんなチャチなもんじゃねえ。正規アイテムの<盗聴の粉>を改造し、効果を追加したものだ」
アイバが説明をし始めた。
「もちろんアイテムとしての効果もちゃんと生きてる。<盗聴の粉>はステイタスと居場所、所持アイテムが駄々漏れになるアイテムだ。そして効果は解除するまで持続する……ザマアねえな」
アイバは気分がいいのか、口が緩み、饒舌になっていた。
俺にいっぱい食わせた気になっているらしい。
事実だった。
「呪いと言ったな。他にどんな事をした……?」
「じきに分かる」
アイバはまるで勝利を得たようないやらしい笑いを浮かべる。
「……誰に頼まれた? 俺の能力をコピーしてどうする?」
俺の問いに、アイバはふふんと笑いで返す。
あくまで答える気は無いらしい。
「ナーヴァス能力を欲しがっている奴がいるのさ。ナーヴァスはゲーム内のタイムテーブルやアイテム発生などの乱数に関係しているらしいじゃねえか……?」
俺の能力を不正に利用しようとする奴らがいる事実に、言いようもない不快感がこみ上げてきた。
「お前のデータは転送された……! せいぜい個人情報を悪用されろ!!」
悪態をつくアイバに激しい怒りが沸いた。
「……吊られた男か?」
感情を抑えながら、俺は思いつくままにアイバに尋ねた。
「さあな」
アイバは否定する。
アイバの態度からも違うようだ。
「それとも四天王か?」
俺の言葉にアイバはギョッとなる。
「……その顔で十分だ」
図星を差されたアイバに、俺は虚空皇の剣を突き刺した。
敵プレイヤーが分解していくと共に、俺に怒りに呼応するように、再び左手の呪いの印が淡く光っていた。