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若手女優

 いやな予感は往々にして当たるものである。

 アクシデントは起こった。

 撮影機材のトラブルである。

 業者を呼び、機材を修理していた。

 待ち時間が長くなり、撮影もかなり押していた。

 スタッフ皆一様に苛立っている。

 特にCMディレクターの機嫌の悪さも頂点に達している。

 このまま現場を去らないか心配だった。

 桐谷憂佳の方はというと、現在スタジオ内にある楽屋で待機し、出演を待っていた。

 俺は電話で会社に報告をしていた。

 予定が大幅に変更する以上、今日はここに出ずっぱりになる。

 予備の機材もすぐに回すこともできず、現場は混乱していた。

 クライアントの顔は困惑気味で、部長の機嫌もみるみるうちに悪くなっていった。

「鞘峰」

 部長が険しい顔で突然俺を呼んだ。

「なんでしょうか?」

 俺は部長に近づく。

 部長がこれから何を言うのかは、大体想像はついていた。

「俺は別件があるから、ここを離れなきゃいけない。監督とクライアントを宥めておくから、お前は演者とマネージャーのご機嫌をとっておけ」

「……しかし」

 俺は反論しようとする。

 優先順位が違うような気がした。 

 現場に留まり、事態の収集を行なうのが上司の役目だろう。

 そもそも、機材のトラブルはこっちの責任ではない。

 ようはこの場から逃げるつもりだ。

「拘束時間が長くなれば、それだけギャラが高くつくだろう……? 後で請求されて、クライアント共々クレームにもなりかねない。そうならないようフォローするのもお前の仕事だ。気が利かんなあ……」

 もっともらしいことを、部長は言った。

「すみません」

 腹立たしかったが、ぐっと飲み込んだ。

 いつものことである。

 なんのかんの理由をつけては、面倒なことには関わろうとしないのがこの人だ。

「……とにかく、後は頼んだからな」

 そういうと部長は俺から離れてると、クライアントの元へ向った。

 すぐ、嫌な役を回してくる。

 だが従わなければならない。

 サラリーマンのつらいところだ。


 俺は桐谷憂佳の楽屋へ向っていった。

 楽屋のドアをノックし、「どうぞ」という声と共に、中に入る。

 中には桐谷憂佳と女性現場マネージャーが席に座っていた。

 顔も小さく、清楚で物静かな雰囲気に満ち、仕事柄美人を見慣れている自分も見惚れるほどの美しさだった。

 一線で活躍する若手女優はやはり一味も違う。

 オーラのようなものが出ている。

 人に見られる仕事をしている人間は例外なくこのようなオーラを発する。

 いずれにしろ、自分とは別世界の人間だった。

 互いに立場があり、本来であればおいそれと口を利ける相手ではない。

 憂佳はゲーム機のようなものをずっと弄っていたが、俺の顔を見ると、指を止め、顔を上げると笑顔を見せる。

 一方で女性マネージャーは明らかに不機嫌だった。

「すみません。もう少々お待ちいただけますか?」

 俺は真っ先に頭を下げた。

「はい。大丈夫ですよ」

 憂佳は再びにっこりと笑った。

 性格の良さのようなものがにじみ出ていた。

 事務所のしつけや、生来の育ちなのかもしれない。

 俺は彼女のプロフィールを思い出していた。

 地方で何不自由のない生活を送っていたが、スカウトされ、高校入学と同時期に芸能活動を始めている。

 すぐに出演したCMで注目を浴び、近年は女優業をメインに活動している。

 これといったスキャンダルは無く、芸能界という世界に染まることなく、タレントとしての商品価値を保ち続けている。

「……まだ解決しないんですか?」

 マネージャーが詰め寄ってきた。

「今、全力で事態に当たっています……よろしければ、何か飲み物でもお持ちしましょうか?」

「あまり気にしないでください。よくあることなんで」

 憂佳がフォローには言ってくれた。

「そう言って頂けると……」

 こちらが恐縮する思いだった。

 この業界、特異な性格のタレントは決して少なくない。

 タバコをふかしながら、苛立っている様子も無かった。

「どれくらい終わりそうですか?」

 再びマネージャーが腕時計を見ながら、尋ねてくる。

 こちらの方は焦りと怒りが顔にはっきりと出ている。

「なるべく早く……」

 俺もどう返答すればいいのか、言葉に詰まる。

 俺自身それくらい掛かるのか分からない以上、いい加減なことも言えなかった。

「……相当掛かるってことですね」

 マネージャーが言った。

 言葉もなかった。 

 一日拘束されるということは、ペナルティーが発生し、ギャラが高騰することになる。

 うちが被ることにもなりかねない。

 クライアントに請求する謂れは無い。

「……仕様がないじゃないですか? そもそもこの人のせいじゃないでしょ?」

 憂佳がマネージャーを宥めるように言った

「そういうことじゃないの……ちょっと、事務所と話してくるから」

「はーい」

 憂佳が返事をすると、マネージャーが席を外し、楽屋から出た。

「……本当にすみません」

 俺はまた頭を下げた。

 まったく謝ってばかりだ。

「大丈夫ですよ。本当にあまり気にしないでください。いつものことなんで……。さっきも言った通り、代理店さんのせいじゃないでしょ?」

 ふふっと笑いながら、ユウカは俺を気遣う。

 まったく恐縮する思いだった。

「じゃあ、時間もできたことだし、もう少し先を進めようかな」

 憂佳は再びゲーム機を手に取った。

 俺はおやっ、と思った。

 憂佳が手にしているのはエクスペリエンス・ポータブルだった。

 エクスペリエンス・ポータブル――エクスペリエンスの携帯型ゲーム機である。

 仮想現実ゲームとの連動を前提に作られた携帯ゲーム機で、メモリ容量と計算能力はエクスペリエンスに匹敵し、ソフトの互換性はソフトとハードの複合エミュレーションで実現する。

 ネットワーク機能は次世代型移動通信システムに対応していて、携帯ゲームでありながら仮想現実とほぼ誤差のない通信が可能となり、ストレスなくネットワーク対戦を楽しめる。

 画面をちら見すると、見慣れた映像が映っていた。

「グラディアトルですか……?」

 俺は思わず尋ねていた。

「ええ」

 憂佳は嬉しそうに言った。

 憂佳がプレイしているのは、グラディアトルだった。

 意外にマニアックなゲームをプレイしていることに、俺は驚いていた。

 エクスペリエンス・ポータブルはゲーム機としての性能は申し分ないが、キラーソフトがまだ少なく、売上台数で苦戦を強いられているのが現状である。

 そのキラータイトルとしてリリースされたのがグラディアトルである。

 グラディアトルとの連動は、発売前から宣伝され、ユーザーに注目されていた。

 事実、グラディアトルは托身体を携帯ゲーム機でのマニュアル操作も可能である。

 また、携帯ゲーム機とのデータを連動させるたびに、限定アイテムの入手や楽しみが増えるギミックも組み込まれている。

 通信モードのランプがついているため、オンラインでのプレイ中らしい。

 マニュアル操作のキャラは、マニュアル同士で、魂読込のキャラは魂読込のキャラで戦闘が組まれ、対戦する。

 昔ながらの操作方法を好むプレイヤーは少なくない。

 清楚で虫も殺さないような顔とキャラでありながら、中々のゲームマニアらしい。

 まだまだ出荷台数が少ない中、ポータブルタイプでプレイしている点もその事を裏付けていた。

「もしかしてあなたもプレイしてます……?」

 憂佳は探るように、俺に尋ねてきた。

「ええ。自分は仮想現実一辺倒ですが……」

 俺はいちお断りを入れた。

「今どの辺なんですか?」

「もう少しでアーステリアに到着します」

「へえ……そうなんですか」

「貴方は?」

「そのアーステリア辺りで今レベル上げしてます」

 憂佳は自分より先に進んでいるようだ。

 やはり、かなりのハードゲーマーらしい。

「一人でそこまでいったんですか?」

「他のプレイヤーと何人か集まってやっと着いたんです。ネットで参加しませんかって誘いがあってそれで……」

「ああ、最近はやってますよね、そういうの」

 ネットなどで呼びかけ、一時的にパーティーを組み、集団でゲーム攻略を行なう、いわば合コンとゲームプレイを一緒にしたようなやり方を行うプレイヤーがいる。

 だが、そういうやり方はどうも主義に反する。

 ゲームはやはり基本一人で楽しみ、腕を磨くものだ。

「でも、わたしこう見えてもA級ランカーなんですよ。すごいでしょ?」

 憂佳は自慢げに答えた。

「……そうなんですか」

 正直に驚いていた。

 これはもうはっきり言ってマニアの領分だ。

 憂佳のキャラのステイタスを確認したくなってきた。

「前作からデータを引き継いでやってますから。そこらのにわかライトゲーマーとは違うんです」

 会話をしながら、憂佳への印象が大幅に変わってきていた。

 好きなことになると、会話がとらなくなるタイプの女性のようだ。

 もしかしたら天然も入っているのではないか、とそんな疑いさえ抱くようになっていた。

「キャラの職業はなんですか?」

 俺は質問を続けた。

「魔道剣師です……お名前なんでしたっけ?」

「鞘峰です」

「鞘峰さんのランクはどれくらいなんですか?」

「……いちおSAです」

「えっ!?」

 憂佳は驚きの声を上げた。

「SA級のプレイヤーって……」

 そう言うと、憂佳は突然距離を詰め、俺のパーソナルスペースに踏み込むと、顔をまじまじと見る。

 眼力らのある大きな瞳で見つめられると、美人慣れしているはずだが、さすがにドキドキする。

 イノセントで無垢な反面、浮世離れ、どこか世間知らずな感じがする。

 ゲーム好きな部分も他人とのコミュニケーションがいささか得意ではない表れでは無いだろうか。

 それが女優業という仕事で逆に生きている、そんな感じがした。

「鞘峰さんのキャラの職業はなんですか……?」

 憂佳が尋ねてきた。

「聖職騎士ですが……」

 俺に答えに憂佳は少し考え込むと、「……あの」と言ってきた。

「はい?」

「……以前、どこかでお会いしたことあります?」

 憂佳は俺の顔を見た途端、尋ねてきた。

「……いいえ」

 憂佳とプライベートであった事などない。

「どっかで見たことある顔なんですよね……。鞘峰って苗字にも聞き覚えが……?」

 憂佳はあっ、という顔をした。

「あなた……もしかして、四英雄の内の一人、神プレイヤーじゃないですか……?」

 一瞬否定しようと思ったが、俺は頷いていた。

 俺たち優勝チームをネット内でそう呼ぶ者達が居たのは知っていた。

「ひゃーっ、本物に出会えるなんて……!! ゲーム雑誌で読みました! 握手してください!!」

 彼女の言われるがまま、俺は手を差し出すと、憂佳は強く握り返してきた。

 憂佳の突然の豹変とはしゃぎぶりに、むしろ俺のほうが引き気味になる。

「すごい……!! あなたみたいな神プレイヤーに出会えるなんて、これも法と秩序の女神ソフィアのお導きかしら!?」

「グラディアトル……ですね」

「ええ!!」

 オタク話をしていて、花が咲いている。

 世間の男共がうらやむような、こんな美人とこんな話をするなど想像もしていなかった。

 自分としては同じ趣味を共有しているもの同士の会話は確かに楽しい。

 ジンの気持ちがようやく分った気がした。

「しかも、プレイヤーの権利まで守ってくれたらしいじゃないですか!?」

「……結果そうなっただけですよ」

「実はわたしも優勝目指してたんです。実はフェリア姫の候補にもなったんですよ」

「そう……なんですか?」

「でも、凄腕のプレイヤー達が突然チーム組んで、ものすごい勢いで攻略し始めたって……。レアアイテムもどんどん入手して、ラスボスも瞬殺したって――」

「瞬殺してませんよ。ほぼ全滅だったんですから……」

 言いながら、俺はグルダーニとの死闘の記憶が頭を過ぎった。

 よく勝てたものだ。

 そういう感想しか浮かばない。

「……そうだ。わたし、ようやく浮遊魔法手に入れたんですよ」

「ホントですか……!?」

 今度は、俺が前のめりになった。

「……食い付いた」

「あっ、いや……」

「本当です」

「オーグメントで、ですか?」

「はい」

「どこで手に入れたんですか?」

 憂佳は一瞬答えようとしたが、すぐに黙った。

「言えません」

「ちょっと……」

 憂佳はふふっと笑った。

「簡単に教えたら面白くないもの。わたしだって苦労して手に入れたんだから」

「ヒントだけでも教えてもらえませんか」

「ダメです」

 憂佳は笑顔で断る。

 完全に遊ばれていた。

 意外に厄介な性格の女のようだ。

「乱数調整とか何かあるんですかね……?」

 何とか聞き出そうと、俺は憂佳に食いさがった。 

「……そういうの邪道ですよ」

 憂佳はちょっと怒った様な顔になる。

「タイムテーブルとか使わないでクリアするのがいいんじゃないですか」

「……まあ、そうですね」

 俺は思わず頭を掻く。

 前作を反則すれすれ方法でレアアイテムをゲットした身としては、耳の痛い言葉だ。

 そもそもナーヴァス特性が、前作ゲームの乱数に干渉する事実は一般ユーザーにはほとんど秘密にされている。

 ゲームシステムの根幹に関わる秘事である。

 憂佳が知らないのも無理は無かった。

「……そっか、じゃあ、わたし勝ってるんだ。神プレイヤーに」

「そうなりますね、悔しいですが」

「やったね!」

 ブイサインを作る憂佳は年齢相応の素顔を見せていた。

 その時ドアが開き、マネージャーが帰ってきた。

「向こうで部長さんが呼んでましたよ」

「ああ……はい」

 マネージャーの言葉に、俺は現実に戻される。

 楽しい時間は終わりのようだ。

 憂佳に一礼し、楽屋を出ようとした時、「鞘峯さん」と憂佳が俺を引き止めた。

「はい?」

「撮影が終わってから、もう少しお話しましょ」

「……ああ、はい。了解しました」

 俺は微笑みながら、答える。

「絶対ですよ。でないとわたし、このCM降りちゃいますから」

 涼しい顔で言う憂佳の発言に、俺とマネージャーはギョッとした顔をした。

 

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