CM撮影
「照明の位置が違うだろ! 何やってんだ!!」
現場スタジオで現場ディレクターの怒号が飛ぶ。
合成用のグリーンシートが張られた現場スタジオでは、現在リハーサルと撮影機器の調整作業が行なわれていた。
現場スタジオには撮影スタッフのみならず、俺達広告屋はもちろんのこと、広告主なども居た。
このCMの代理店担当者である俺は、現場でコンテとスケジュールを確認していた。
スタジオ内には車一台に、CGを多用できるよう、周囲はグリーン色のクロマキーのシートが張られていているだけのセットである。
有機ディスプレイ型のクロマキースクリーンだった。
現実拡張技術――AR技術を多用したCM撮影である。
有機ディスプレイスクリーンのみならず、三次元ホログラムなども撮影に使用される予定である。
演者に瞬時にイメージを伝えやすく、予算が安く済む。
プランナーは手元のノートPCでスクリーンを操作していた。
CMのみならず最近のテレビ番組や映画作品は,実にARのオンパレードだ。
セットを組む代わりに、緑のスクリーンの中で演技や話をして、別に撮影した映像やコンピュータ・グラフィックスの映像を背景にする、という手法のことだ。
AR型ホロプロジェクターは現実世界と演者に映像投射が簡単に行なえる事が可能で、現場での合成が瞬時に行なえる為、遠距離による演者同士の競演なども行なえる。
わざわざセットを組んだりロケをしたりするより早くて安く、出演者のスケジュールも組みやすい。
もちろん撮影した映像にこれにさらに手を加え、編集を施し、合成作業を行なう。
ネットが発達したウェブメディア全盛のこの時代においても、テレビCMの効果は未だ大きい。
企業側も予算を割き、力を入れているが、テレビとネットは共存を余儀なくされ、その仲立ちを行なうAR技術はCM撮影では今はなくてはならないものである。
事実、CM自体にもいくつものAR技術が多用され、ARタグが組み込まれる予定である。
スマホをかざすことで、タグが配信するアプリをキャッチし、CM関連情報を読み取ることができる。
ARタグにより複数の商品を提案販売が可能になるということだ。
現在スタジオ中央で、リハーサルでADが真ん中に立ち、三次元ホログラムによるARタグ付け作業が行なわれていた。
ADが何かを投げるような仕草をした。
ホログラムが重なり、ARタグを放つADはまるで仮想現実で魔法を使用する魔法使いさながらだ。
「ARの投射ポイントが違うぞ! しっかりやれ!!」
再びディレクターの怒号が響く。
撮影スケジュールは今日一日いっぱいかかる予定である。
宣伝を行いCM対象商品は新コンセプトの新型コンパクト水素電池カーである。
エコロジーと環境に優しい車で、急速に進む環境保護と保全を押し出している。
燃費も従来の化石燃料カーに比べ、遥かにいい。
旧来の化石燃料を食いつぶし、二酸化炭素を吐き出して地球を汚染するような車は今時流行らない。
水素電池カーは急速に普及し、税金の大幅な軽減も手伝い、売り上げを飛躍的に伸ばしている。
だがこれから撮影するCMは購買意欲を刺激するようなイメージをばら撒くような今時珍しいCMである。
出演者と競演するのは、自動車会社の公式企業キャラクターそのものである。
最新CGとARを惜しみ無く投入することで、出演者のギャラより高い制作費で生み出されたバーチャルキャラクターとの競演という内容になっている。
CMのアイディアは全てCMプランナーによるものだ。
現場を取り仕切るCMプランナーは業界内では有名なクリエイターで、ヒットCMを数々手がけている。作詞や脚本、最近は映画の監督業にも進出している。
発注された段階で、広告主からのリクエストだった。
自分はようは中継ぎのようなものだ。
AR技術などの最新映像技術を多用し、派手な絵づくりをすることで定評ある一方、スタッフを手足の如く使う時代錯誤な部分がある。
職人気質と聞こえはいいが、直接的なスタッフではない担当である俺からすれば、なにかと気を使い、扱いづらい人物だった。
広告主の要望である以上、彼を起用することは避けられなかった。
「……じゃあもう一回行くぞ! ホログラミングスタート!!」
ディレクターの声と共に、ホログラムがスタジオ中央に投射され、CGキャラが映し出される。
まるで、ゲーム内のNPCのようだ。
アニメ的でありながら、フルCG三次元モデリングとAR技術によって生み出された公式キャラクターは文字通り、命を吹き込まれた存在そのものだった。
周りからどよめきと感嘆の声が上がる。
たしかにクライアントが指名するのも頷ける。
憧れが無いわけでない。
自分も自分の思うがままのCMを作ってみたいと思ったことは数知れない。
だが、それはかなわぬ夢だ。
こうして関われるだけでも、運がいい方だった。
「……どうも動きが悪いな」
周りの驚きとは対照的に、ディレクターはARキャラクターのできに満足していないようだ。
あまりいい空気の現場ではない。
こういう場合、決まって何かが起こる。
スタジオには魔物が住んでいる、とはよく言ったものだ。
この仕事をしていて、つくづく実感することだった。
そして今日は、担当者である俺のほかに、現場には何故か部長が付いてきていた。
想像するまでも無く、目当ては今日CMにキャスティングされた芸能人を一目見るためだろう。
「彼女の入りはまだか?」
部長が俺に尋ねてきた。
「演者ですか? もう少しで入りの予定ですけど……」
俺は答える。
ここに何をしに来ているのか、まったく分らない。
「ファンなんですか?」
俺はあえて尋ねた。
もちろんどうでもいい。
「まあな。何せ若手実力派女優で、超ナイスバディだからな」
明らかに部長のテンションが上がっている。
「サインでも貰おうかな」
「……やめてくださいよ。クライアントの手前もありましから」
俺は軽くたしなめる。
ここでやんわり釘を刺しておかないと本当にやりかねない。
照明やカメラのセッティングで現場スタッフが走り回っていた時、演者がようやく現場に入ってきた。
「おはようございます」
マネージャーを連れ立った、一人の女性だった。
桐谷憂佳だった。
大きなバックを肘に下げ、眼鏡をかけていたが、メイクはちゃんとしていた。
すっぴんでギリギリで現場に入ってくるタレントの多い中、好感が持てた。
スタッフが全員拍手で迎える。
「今日はよろしくお願いします」
桐谷憂佳は笑顔で頭を下げながら、クライアントやCMディレクターなどに挨拶して回る。
きっちりしている所からも、事務所の教育が行き届いているのだろう。
益々印象がよかった。
「いえいえこちらこそ」
部長が挨拶する。
「じゃあ、すぐにメイクに入りますんで、こちらへどうぞ」
助監督が憂佳とマネージャーをメイク室へ誘導する。
メイク室は楽屋もかねていた。
挨拶を終えると、そのままスタジオから出ていった。
「やっぱりカワイイな」
部長は鼻の下を伸ばしながら、感想を述べた。
溜息を飲み込みながら、俺はスケジュール通りに事が進めばいい、とそれだけしか頭に無かった。