武器屋にて
俺とマリナはセネト近くの港町から船に乗り、ついにアーステリア王国のあるフォーランド中央大陸へ進出した。
フォーランド中央大陸部……法と混沌が覇を掛けて争う土地であり、同じ目的を持つ戦士達が集っている。
船着場にして、上陸初めの街であるブラック・サン市はどこか危険な香りのする街だった。
すれ違うNPC達がやたらと賭博を持ち掛けてくる。
事実、街のいたるところに博打場がある街だった。
路上の脇を連ねる露天には干し肉や、魚の燻製、乾酪、麺麭などの保存食、飲料水が入った甕や壷、樽が置かれておる。
どこか猥雑な印象を受けた。
混沌の勢力が拡大する中、この街にもその影響を受けているように思われた。
「……なんか物騒な雰囲気の街ですね」
マリナが言う。
「そうだな」
俺は頷く。
二人とも久しぶりのゲーム世界だった。
クリアを急いでいるわけではないが、遅れを取り戻したかった。
俺達以外にも初上陸と思われるプレイヤーの姿が何人も見える。
皆おそらく期待と不安でいっぱいだろう。
レベルがつりあっていなければ、即死に繋がる。
緊張するのも無理はなかった。
法か混沌か属性ははっきりしないが、後ろ髪辺りがピリピリしていた。
それぞれが意識しあっている――そんな感じだった。
もしかしたら、俺の存在を知っているプレイヤーがいるのかもしれない。
船に乗っている時から、誰かの視線を感じるようなそんな感覚が付きまとっていた。
新大陸からのゲーム再開だが、仕事や日常を忘れる為にゲームをしているのに、同僚と一緒にプレイしていると、まるで残業している気分だった。
マリナは俺の思いなどおかまい無く、楽しそうだ。
俺の心のうちも知らず、当人のマリナは今日も男心をもてあそぶ様な小悪魔オーラ全開である。
すっかり懐かれてしまい、一緒にプレイするのが当たり前になりつつある。
プレイヤー名で呼んでくれているのがせめてもの救いだ。
しかし、マリナのプレイヤーとしての腕は相当のものだと感じていた。
数回、一緒に戦闘を繰り広げて、肌で感じたことだった。
事実、マリナはA級ランクのプレイヤーである。
魔法の制御力や正確さ、対応力に反射神経などは見事だった。
本人はやんわり否定しているが、ミナやアユミールのようなハードゲーマーであることは間違いない。
だが、彼女の中ではそれを公表するのは極めて抵抗があるらしい。
オタクイメージは彼女にとって、マイナスでしかないようだ。
過去にそれで何か不愉快な目に会ったのかもしれない。
賞金が目当てなのだろうか。
今回も賞金がかかっている。
実家が裕福らしいからそれはないだろう。
マリナの托身体をよく確認すると、有料パーツと思われる部分が多々ある。
プレミアム会員だけの特典パーツというものが存在するが、思っている以上に金がかか
っていると想像できた。
托身体の能力スペックも相当高いということだ。
前作のチームの一人であるアユミールと同様、案外名声が目的なのかもしれない。
また、浮遊魔法を何度かマリナを通して試してみたが、はやり格段に戦闘が優位になる。
新大陸に来たのだから、さっさと身につけたいものだ。
「……クロムさん、なんかわたしの事避けてません?」
マリナが尋ねてきた。
「――いいや」
俺は否定する。
「……そうかなあ、絶対避けてる気がする」
マリナは上目遣いな、媚びた表情を見せる。
「……あのな、別に俺相手に媚なくてもいいぞ。今はプライベートなんだし」
「……媚びてるわけじゃありません。これが自然なんだもの。絶対わたしのこと誤解している」
口を尖らしながら言うマリナを流しながら、商店街の一画にある武器屋の看板が見え、俺は思わず足を止めた。
「寄って行きます?」
マリナが尋ねてきた。
「当然だろ。新たな街でのアイテム物色はRPGの楽しみだからな」
長い旅の果てにたどり着いた街や村で、新たなる強力な武器が売買されているのはRPGの定番といってよい。
期待を膨らませながら、俺達二人は店に入って行った。
店内は剣や刀、槍、短刀、槌矛や斧など、武器で棚で満たされている。
「いらっしゃい」
カウンターには店主と思われる一人の男が居た。
どの商品も手入れが行き届いていて、錆びやほろこびは一切ない。
武器以外にも、壁棚には小さな小瓶が幾つも置かれている。
薬草や薬虫、薬液はもちろん、硝石や水晶など希少な薬品が並び、巻かれた獣革や絨毯が壁に立て掛けられている。
店の角には、書物の山があった。
獣の皮をなめして作られた書物や巻物、ひび割れた粘土板がいくつも重ねられている。
ファンタジー雰囲気満点の店だが、別段珍しいものがあるわけではない。
俺は店に置かれている剣を手に取り、攻撃力を確認する。
攻撃数値は遥かに低く、特殊な効果が付随しているわけでもなかった。
とても期待に沿う代物ではない。
新たなる地を訪れ、攻撃力の高い武器や新たなアイテムを期待していたが、肩透かしを食らった気分だった。
俺の失望はかなり大きかった。
「何か気になるものはありましたか?」
店主が尋ねてきた。
店主もまたNPCのようだ。
NPCがより人間くさくなったのも、前作との相違点である。
「……いいや」
俺は正直に感想を述べた。
「そうでしょう。貴方が装備する武器以上のものはここには御座いませんから」
店主の言葉に俺は苦笑した。
確かに、この虚空皇の剣以上の武器などそうそうないだろう。
誇らしい一方で、前作とあまり変わらないのはどこか味気ない。
強力な武器を追い求め、手に入れていくのは、やはりRPGの醍醐味だからだ。
武器や防具の購入という目的があれば、ここを拠点にして、レベル上げに精を出すのが定石だが、この分では道具屋や他の店も高が知れている。
さっさと見切りをつけて、次の街を目指した方がいいようだ。
「では、特別に取っておきのものをお見せしましょう」
店主はそう言い、カウンターから取り出したのは一本の矢と弩だった。
俺は店主から矢を受け取ると、品定めするように見る。
巨大な矢であった。鏃も射抜くことを目的としたものではなく、射斬ることを目的にした平型の矢のようだ。刀剣を弾く丈夫な竜の表皮を貫くことを目的に作られた専用の矢である。
「竜殺しの矢です」
「竜だと……? 竜がいるのか?」
俺は思わず尋ねた。
「はい。旅の方は水晶の竜をご存知ありませんか……?」
「水晶の竜……?」
聞き返しながら、俺はナーヴァスチームで竜を打ち斃したことを思い出した。
「水晶山の主といわれる水晶の竜のことです」
「いや、初めて聞くが……」
「ここよりアーステリア王国近くにある水晶でできた山の洞窟、最も奥に水晶に閉じ込められた竜が存在するらしいのです」
話を聞きながら、俺は竜との死闘を思い出していた。
もし、前作と同じくらいの強さを持つエネミーならば、まともに戦えるだろうか。
「少々値は張りますが、竜に対し絶大な威力を発揮いたしますよ」
グイグイ進めてくる主人の話から察するに、矢にはボーナス効果があるらしい。
「いくらだ?」
主人が言う値段は、確かに高かった。
「どうでしょうか?」
「……いや、俺には無用なものだ。弓は門外漢だ」
俺は断ると、矢を店主に返す。
射撃はあまり得意な方ではない。
「……さようですか」
残念そうに矢を仕舞おうとする主人に、
「じゃあ、わたしが買っておきます。いちお後衛職なんで」
マリナが引き止めた。
仕事でも如才がなく、よく気が着く部分はある。
さりげなく女子力をアピールしている風に見えなくもない。
否めないが、こういう部分に惹かれる男も多いだろう。
「話に出たアーステリアに向いたいのだが……?」
「はい。ここから遥か西にございます」
主人は答えた。
「しかし、アーステリアまでの道程は長く困難を極めております。岩山が広がっている為、何度か迂回し、さらに<暗黒樹の森>や<烟る霧の原野>など危険地帯を通り抜けねばなりません。ここからすぐ近くにある<暗黒樹の森>は闇の妖精王が支配する闇妖精の領土……獰猛な肉食獣や蛮族が住み着き、地元の者ならばあまり近づきたがりませぬ」
ようは森はエネミーの出現率が高いということだ。
RPGでのお約束である。
「水晶の竜ですが、混沌の四人衆は攻略したそうですよ」
主人の言葉に、俺は反応した。
四人衆の名声はやはり中央大陸で轟いているようだ。
「……混沌側のトッププレイヤーか」
「最近話題になってますよね」
マリナが言った。
「連中はあるアイテムを探しているとか……」
主人が別の情報を出してきた。
「その一つが、<魔神皇の剣>という魔法の武器だそうです。両性具有神の聖剣に匹敵する力を保持しているそうなのですが……」
主人は思わぬネタを漏らした。
両性具有神の剣――前作最強の武器だ。
超レアアイテムを三つそろえ、精製することで得られる武器で、魔法剣使用の際に消費される資源コストを軽減し、さらにディメンションブレードが使用できる追加効果を齎す。
ウロボロスリングにより得られる特殊レアスキルにして、究極の魔法剣<フィロソフィー・ブレード>と組み合わせることにより、ディメンジョンブレードの連続攻撃などを可能とする。
「矢を購入していただいたお礼です」
魔神皇の剣――名前から察するに、混沌側の武器だろうか?
「どんな剣だ?」
俺は尋ねると、主人は首を振る。主人もそれ以上は知らないようだ。
今の段階では何も分らない。
情報を集めていくしかなさそうだ。
ディバイン・ソードの話を最後に、俺達は店を出た。
「役に立ったでしょう……?」
得意満面で言うマリナの顔は、憎たらしいほどドヤ顔で言った。
だが、どのドヤ顔も振るいつきたくなるほど可愛かった。
「まあな」
俺は素直に認めた。
新たなアイテムは手に入らなかったが、基調が情報が手に入った。
それだけでも新大陸に進んだ甲斐があった。
武器屋のすぐ近くに、フードつきのコートを全身にすっぽり被った姿の通行人が立っていた。
一瞬眼が合ったような気がした。
その眼は鋭く、敵意に満ちているように見えた。