ゲームイベントとゲームプロデューサー
幕張メッセで行なわれるゲームメーカー共催による新作発表会が幕を開けた。
プレスや業界関係者で、会場内は人でごった返している。
テレビ局などのメディアも多数入り、ゲームメーカー広報はその対応に追われている。
各ブース趣向を凝らし、花を添えるようにコンパニオンのお姉さん方が派手なコスチュームに身を包み、採算度外視の販促物を配っている。
宣伝ブースの準備が終わったのが開催当日明け方だった。
どうにかこうにか、準備は間に合った。
お陰でまったく寝ていない。
「……本当にすいませんでしたね、突然のことで」
クライアントの担当者はすまなそうに言う。
「いいえ」
俺は笑顔で応える。
事前の変更には閉口したが、どんな理由があろうと、間に合わせなければならない。
クライアントにはまったく関係の無いことだ。
仕事を一つ失ってしまうことにもなりない。
無理を聞くのも、仕事のうちだ。
本日はゲーム業界関係者や報道関係者などのプレスのみの公開となる。
このイベントは年末商戦に向けての各社の新作発表・展示という意味合いもあり、開催以来、毎年大勢の来場者を集め、日本のゲーム業界及びゲームファンにとっての年に一度の祭典である。
一般人への公開は明日からになる。
つまり明日は今日以上の人で賑わうことになる。
「――盛況ですね」
真里菜が感慨深そうに言った。
真里菜も家には帰らず最後まで付き合っていた。
なんだかんだ言って仕事のできる女であることは確かだ。
メイクに一切の乱れはないが、その下の素顔にはやはり疲れが浮かんでいる。
「……まあ、確かになんだかんだ言って、バブル再びって感じだな」
俺も感想を口にした。
「魂読込型ゲーム様様ですね」
「そういうことだな」
出展されるゲームの六割は魂読込型ゲームである。
オフラインのものから、オンラインのものまで多種多様である。
今回の客の反応を元にマスターアップまでゲームを煮詰めていく。
「あー、もうはやく帰ってゲームやりたいですね」
真里菜の言葉に俺は苦笑する。
もう二週間以上はゲームが進んでいない。
「まったくだな」
「酷ですよ。ゲーマーにこんな場所……」
同感だった。
ゲーマーとしての血が騒ぐ。
真里菜は大きく欠伸をしながら、目の前のブースを見た。
「……なんか腹立ちますね」
真里菜が言った。
「ああ」
俺は同意していた。
ブースを取り囲む複数の大型液晶ビジョンにセット、肌を露出した扇情的なコスチュームに身を包んだ大人数のコンパニオン、度派手はPOPを立て並べ、大盤振る舞いな採算度外視の販促物をばら撒いている。
会場内最大級のブースである。
今回注目されている人工知能型恋愛ゲームである。
ウィザードブレードのNPCなどに使用されている技術で、それを前面に押し出すことで、我々のプロモーションの変更を余儀なくされた例のものである。
ブースを見る限りでも巨額の宣伝費が投入されている。
そのプロモーションを一手に引き受けているのが、伝報堂である。
伝報堂の恥も外聞も無い強引なやり方には、傍から見ていても相変わらず眼に余る。
「しかもわたし達のブースのまん前だし……」
真里菜が不平を漏らす。
「だからこそ、変更を言ってきたんだろ」
あくまでショウは最初であり、ゲームの宣伝はこれからが本番である。ショウでの良い流れを実売につなげるべく、さまざまなキャンペーンや広告を展開していく。
「そう言えば、桐谷憂佳が来てるらしいですよ」
真里菜が別の話題を振ってきた。
「……へえ、そうなのか?」
ステージイベントには芸能人が出演の予定もあった。
トークショーという奴である。
桐谷憂佳は人気の若手女優である。
眼力のある大きな瞳が印象的な芸能人で、化粧メーカーのイメージキャラクターを筆頭に数多くのCMに出ている。
「暇になったら見てこようかな」
俺が思わず口にした言葉に、真里菜は嫌悪感をあらわにした。
「……ファンなんですか?」
「わりと好きな娘だな」
「……意外にミーハーなんですね」
「近々一緒に仕事をする予定なんだ。挨拶しておいたほうがいいだろ?」
事実だった。
CM撮りで起用する予定である。
といっても、あくまでこっちは進行の調整で、接点はほとんどないだろう。
真里菜との距離が近くなっていた。
最近どうも馴れ馴れしい。
彼女みたいな顔をされても困る。
同僚と恋愛関係になるのは後々面倒くさいので、よほどのことが無い限り、結ばなかった。
「……もう、おしゃべりばっかりして」
コンパニオンを見ながら、真里菜がぼやいていた。
俺自身気になっていた。
どうもコンパニオンの動きが悪い。
私語が目立ち、ダラダラしていた。
コンパニオンの選定は我々に一任されていた。
特に事前の大幅な変更も行なっている。
モチベーションが下がっているのは仕方がないとしても、これでは後でクレームになる可能性がある。
「……ちょっと注意してくるか」
俺は動こうとした時、「クロムさん」と背後から呼ばれた。
声の先に振り返ると、一人の美少女が笑顔で立っていた。
コンパニオンなど足元にも及ばないほどの可愛さを持つ美少女だった。
一瞬誰か分らなかったが、俺はハッとなった。
「ミナか……!?」
俺の言葉に、ミナはにっこり笑う。
「お久しぶりです」
ミナ――紗川未奈だ。
前作の優勝チームの一人で、ゲーム内では魔道司祭の分身を操る。
そして、彼女もナーヴァス特性がある人間である。
「ああ……どうしたんだ?」
思わず声が上擦っていた。
「今日は仕事でここに来てて……」
「イベントか、何かか?」
「はい。事務所の系列の方々と出演するんです」
「そうか――」
まるでしばらく会っていない親戚の娘のめざましい成長を見る思いだった。
久しぶりで何から話をしていいのか、混乱し、会話が停まっていた。
「すみません。ちょっとスケジュールが立て込んでて、今日は挨拶だけで……」
ミナは申し訳なさそうに言った。
「ああ、わざわざありがとう――」
ミナは手を振るとそのまま去った。
洗練され、垢抜けて、さらに可愛くなっている。
しかも、忙しい中わざわざ挨拶に来てくれた気遣いが嬉しかった。
芸能界で悪づれすることなく、性格も相変わらずいい娘のままのようだ。
ジンが惚れるのも無理は無い。
「鞘峯さん」
今度は真里菜が俺の名を呼んだ。
「なんだ?」
俺は思わず苛立った声を上げる。
「高城浩二ですよ」
俺は視線を真里菜の指の先に向ける。
仕立てのいいジャケットに身を包んだ男が一人立っていた。
高城浩二――ウィザード・ブレード・グラディアトルの総合プロデューサーで、ゲーム開発会社アンリミテッドの代表取締役である。
ゲーム界の巨人、大物ゲームプロデューサーである。
「本当だ……!」
俺は驚きの声を上げていた。
「……伝報堂と直で組んでゲームとアニメの制作に乗り出すって話は本当みたいですね」
「らしいな」
大型プロジェクトが進行中という噂はあった。
業界内においてメディアミックスは今なお有効な手段として信じられている。
それはもはや信仰に近い。
高城浩二の存在はゲーム好きなら知らぬ者はいないほどの有名人だった。
数々のヒット作を生み出すヒットメーカーである。
個人的にはファンだった。
制作費が膨れ上がったビックバジェットムービーさながらの巨額が動くゲーム制作で、あくまで進行を調整するだけのお飾りの多い中で、高城浩二は本当のゲームプロデューサーだった。
社長業を行いながら、大金を動かし、思いのままの作品を生み出す。
その作品が時代を飾るようなブームを生み出すのだ。
その仕事ぶりに男ならば誰しも憧れを抱くだろう。
ミナといい、高城浩二といい、次々と思いがけない人物にばかり遭遇し、俺は興奮していた。
「よし、名刺でも渡してくるか」
俺の言葉に、真里菜は明らかに引いていた。
「……いいんですか? 伝報堂に喧嘩売るみたいなもんでしょ」
「渡さない方が失礼に当たる場合もある」
当然だが、こういう場は広告屋にとっては、次の仕事につなぐ為の営業の場でもある。 挨拶を交わし、同業者に名刺を渡すことで、顔を覚えてもらうのも立派な仕事だった。
本音は高城のような有名人と会話をしてみたかったという理由の方が大きい。
諦めたように溜息を吐く真里菜から離れ、俺は高城浩二に近づいていった。
「……高城浩二さんですよね」
俺は高城本人に確認する。
「はい、そうですが……?」
俺のような見ず知らずの男の問いに、不快感をあらわにするどころか、高城はきちんと対応してくれた。
「よろしければ、握手していただけないでしょうか? 貴方の制作されるゲームのファンでして。お姿をお見かけしたので、ずうずうしいと思ったのですが、これも何かの縁と思いまして……」
手を差し出す俺を、周りの関係者が割って入ろうとしたのを制し、高城は気さくに応じてくれた。
取り巻きの人間達が渋面を浮かべるのを尻目に、俺と高城は握手を交わす。
「お名前は? 同じ業界の方ですか?」
高城が尋ねてきた。
丁寧な言葉遣いが印象的だった。
思った以上に人間ができている。
懐が大きそうだ。
さすがはゲーム文化維持の為に、ウィザードブレードの尻拭いを一手に引き受け、グラディアトルの運営を行なうだけのことはある。
今時、高潔な珍しい人物に見えた。
「鞘峰護人と申します。広告関係の仕事をしておりまして」
「……鞘峰?」
高城は怪訝な顔をした。
「まさか、聖職騎士クロム……?」
「あっ……は、はい!」
高城の言葉を俺は反射的に認めていた。
「珍しい苗字なので覚えていたんですよ……」
高城はよりフランクになり、俺の肩を叩いた。
「いや、素晴らしい……! このような所で出会えるなんて!!」
高城の声が1トーン大きくなっていた。
「……光栄です。まさか覚えていただいたなんて」
嘘偽りの一点もない言葉だった。
「いいえ。こちらもこのような場で優勝プレイヤーさんにお会いできるなんて……」
有名人の高城が、一般人の自分のことを知っているなど、恐縮する思いだった。
周りの伝報堂の人間もざわつき始める。
優勝プレイヤーと聞こえはいいが、天下の伝報堂に楯突いた人間である。
騒ぐなというのが無理な話だ。
自分の行動が少し軽率すぎたことを、いまさらながらに後悔した。
「グラディアトルのほうはプレイしていますか?」
高城が尋ねてきた。
「もちろんです」
「……どうですか? グラディアトルは?」
柔和な雰囲気で尋ねながらも、高城の目が光るのを見逃さなかった。
プレイヤーの感想が気になるようだ。
骨の髄までゲーム屋らしい。
「まあ……難易度が相変わらず高くて苦労していますが」
俺は慎重に答えた。
天下のプロデューサーを前にして、あまり下手な事はいえない。
「――ナーヴァスにそんなことを言ってもらえるなど、ゲーム屋身寄りに尽きますね」
高城の言葉に俺はハッとなった。
高城は満足げな笑みを口元にたたえている。
ナーヴァスの存在を知っているらしい。
急に俺の全身に緊張が走っていた。
思わず固まると、近くの人間が耳打ちするように、高城を呼んだ。
かすかに聞こえた内容から、取材の時間が来たらしい。
「……すみません。スケジュールが立て込んでおりまして。今度ゆっくりお話しましょう。よろしければ、互いに名刺の交換をいたしませんか?」
「ああ、はい」
俺は名刺ケースを出す。
高城も名刺を出し、互いに交換した。
「今度本社オフィスの方にもぜひお越しください」
「よろしいのですか……?」
「ええ、ぜひ。なんならお仕事の話も一緒に……ね」
そういうと高城はその場を後にし、俺も自分の持ち場に戻った。
「どうでした?」
真里菜が近づき、尋ねてくる。
「ああ、名刺を貰った。今度会社のほうにも来てくれといわれたよ」
「えーっ、すごいじゃないですか」
「……ああ」
俺は高城の名刺を手にしながら、半ば放心状態になっていた。