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「ふぅ。無事、任務完了だな」
水沢さん、翔くん、清美さんの三人が帰ったあと、僕たちは公園の芝生に腰かけていた。
せっかくだから、この暖かい日差しの中でお弁当を食べようということになったのだ。
「詩織ちゃん、いろいろとお疲れ様」
「ううん、大丈夫。それに私も、結構楽しかったよ」
「あはは! でもほんと、いい結末を迎えられて、よかったなぁ」
心から晴れやかな気分。
――と、不意にその気分に水を差すような声がかけられた。
「あぁ、こんなところにいたのね」
――また出た……。
言うまでもないだろうけど、こんなに暖かな陽気の中でも、暑苦しい紫色のローブをまとった魔女……もとい、小島先輩だ。
「……なにか用ですか?」
嫌な予感を感じつつも、僕は訊いてみた。
すると小島先輩は、怪しい深紫色をしていて、さらにはなにやら泡立っている液体の入ったビンを取り出た。
「……それは……?」
「この前の晩、あなたの家に行ったでしょ? あのときに、眠っている詩織さんの霊気の波長を、この特殊な薬の中に混ぜ合わせておいたの。そして昨日、詩織さんの髪の毛を採取して溶け込ませて作ったのが、この薬なのよ」
先輩は得意満面に言う。
「時奈くん、この薬を少し飲んでみて」
「えええええっ!?」
そ……そんな得体の知れない怪しげな薬を、飲めっていうの!?
だけど、断ったら呪われるだろうし……。
ああああああ、飲むしか……ないの……? マジで?
逃げるという選択肢は、残されてはいないの……?
苦悩する僕。
ポンッ。
夕時が僕の肩に手を置いてひと言。
「……諦めな」
ううううう……。
「さあ、飲みなさい。あっ、でも、ほんの少しでいいからね」
僕は意を決し、この世の物とは思えないその液体を、少しだけ口に含んでみた。
ゴクッ!
………………………。
――うあぁぁぁぁぁ!? マズッ!! なんだこれぇ~~っ!?
今までに体験したことのない強烈で激烈なマズさに、失神寸前にまで追いやられてしまう。
「ふむ。それじゃあ、詩織さんをちょっと借りていくわね」
「えっ?」
「今の薬で……そうね、あの量だと十分くらいかしら。詩織さん、時奈くんのそばから離れられるようになったはずよ」
「そう……なんですか?」
姿を現してつぶやきを漏らす詩織ちゃん。
「ええ。一時的だけど、離れられるとなにかと便利なこともあるでしょ。飲む量が多ければ離れていられる時間も長くなるわ」
「へ~、それはいい。便利屋の活動としても、利用価値は高そうだな」
「でもさ、この薬、死ぬほどマズいよ……?」
正直、もう二度と飲みたくなかった。
「ええ、そうね。一回であまり大量に飲むと、ほんとに死んじゃうから注意してね!」
小島先輩はさらりとそんなことを言い放つ。
ちょ、ちょっと……。それって、冗談……?
……じゃなさそうですね……。
「薬ビン一本分だと、すぐになくなるかもしれないわね。まぁ、なくなったらまた作れるけど、これ、結構材料費かかってるのよね。だから、今後は私の頼みもいろいろ聞いてもらって、もとを取らせてもらうつもりだから、覚悟しておいてね♪」
ううう……。
激しくマズい薬を飲むのも嫌だけど、それよりも、この怪しげな先輩につきまとわれ続けることのほうが怖い……。
「さてと……。話があるの。一緒に来てね、詩織さん」
「あ……はい」
こうしてふたりは僕たちのそばから離れていった。
……詩織ちゃん、ほんとに僕から離れられるようになっているみたいだ。
すごいな……。というか、いったい何者なんだろう、あの先輩……。
☆☆☆☆☆
僕と夕時は、水沢さんの作ってくれたお弁当を食べながら話していた。
相変わらず、美味しいお弁当だ。
今日は翔くんの分も作ったからなのか、よりいっそう、心がこもっている気がする。
依頼を受けているあいだという約束だったから、もうこのお弁当を食べられないかと思うと、すごく残念に思えてくる。
――それにしても、詩織ちゃんがそばにいないのって、なんだか変な気分だ。
そう思ってしまうほど、詩織ちゃんの気配を近くに感じる状態が、僕にとって日常的なことになっていたのだ。
「どうでもいいけど、詩織ちゃん、姿を現したまま行っちゃったけど、大丈夫かな?」
「ま、小島先輩のほうが怪しいから、大丈夫だろ」
「そ……そういう問題かなぁ……?」
心地よいそよ風が芝生の上を通り過ぎていく。
初夏のぽかぽかした陽気。
僕はほとんど無意識に深呼吸をしていた。
う~~~ん、いい気分だ。
……そういえば、そろそろ期末試験だな……。
なんて考えると、清々しさが台無しになってしまう。
だからそんなことは置いといて……。
「お前って、幽霊やら物の怪のたぐいに好かれるというかつきまとわれるというか、そういうタイプなんだな」
突然、夕時がおかしなことを言い出した。
「幽霊……は詩織ちゃんで、わかるとして、物の怪って……もしかして小島先輩?」
「うむ、そうだ!」(きっぱり)
――うぁぁ、そんな、僕では恐ろしくて言えないようなことをはっきりと……。
と、一瞬夕時が、びくっ、と身をすくめる。
「ん? どうしたの?」
「いや、なんか悪寒が……。さっきの言葉、あの先輩に感知されたか……」
「……ご愁傷様」
「ははは! ま、大丈夫さ。俺ならあの先輩を軽くあしらうくらい可能だからな」
――確かに夕時も人間離れしている部分はあるけど……。
もちろん声には出さない。
「ふぅ~。しかし、今回の事件、俺としては少々物足りない感じだったな」
夕時がポツリと不満をこぼす。
「えっ? どうして?」
「いや、なんか平凡な展開だったというか……。俺としては、もっとこう、悪の秘密結社が出てくるだとか怪獣に襲われるだとかいった突拍子もない展開か、もしくはとんでもなく不幸な結末のバッドエンドとか、そういうのを期待してたんだがなぁ……」
真顔でこんなことを言い出した。
さすがは夕時……。
「こ……こらこら」
「ははは! 冗談だって!」
――ほんとに!?
というツッコミは、かろうじて抑える。
「ま、最初だからこんなもんだろ。これからもいろいろと依頼を受けて、楽しもうぜ!」
「……楽しもうっていうのが、夕時が言うと怖いけど……」
でも、人に喜んでもらえるようなら、こっちも嬉しいのは確かだし。
夕時が勝手に始めたこととはいえ、これはこれで悪くはないのかもしれない。
詩織ちゃんにも手伝ってもらって、しばらくは便利屋を続けていくことにしよう。
僕はそう決心していた。
「……小島先輩の依頼もだけどな」
「うあぁぁぁぁぁ! それが一番怖い~~~!!」
僕の悲痛な叫び声は、広い公園中の隅々にまでこだまするのだった。