(黒い瞳孔の悪魔) 文学と評価
<設定>
ここは、とある場所にある場末のバー。セブン。今日も一人の客がカウンターで美味しくない酒を飲んでいる。一人で飲むのにも飽きてバーテンに絡んでいた。
<ストーリー>
(カウンターで飲んでる一人の男がぼやく。)
石橋「まったくどうなってるんだ!。」
(男の名は石橋輪足34歳。独身。サラリーマン。小説が好きで自分でも小説を書いている。)
石橋「あ~バーテンさん、この国の文学は一体どこへ行くんだ・・。教えてくれ。」
バーテン「さあ~どこへ行くんでしょうねぇ~。」
石橋「君はこの国の文学の行方が気にならないのか?!最近読んだ小説、いや小説なんて呼べないな!あれは哀れな妄想というか独り言というか。文学とは言えない、まったく救いようのない醜さばかりが目に付く『ヘド』のでそうな代物だったよ!。あんなモノがいいと言えるのか?いや言えはしない!。」
バーテン「そうなんですかぁ~。」
石橋「まったく文学を分かってないだろ君は。」
バーテン「そうですねぇ~。もしかしてお客さん小説家の先生ですかぁ?」
石橋「ち、違うけど・・何か!?でも僕だって小説は書いてるんだ。純文学をね!ただ認められる機会に恵まれないだけだ!。」
バーテン「そうでしたかぁ~。では未来の小説家の先生に1杯ご馳走させて下さぁい。」
石橋「おっ、悪いね。バーテンさん。」
バーテン「いえいえ。ではどれにしましょう。メニューの一番下のなんてどうですぅ?」
石橋「ほー『黒い瞳孔の悪魔』かあ~稚拙な名前だけどまあいいや。それで。」
(男が石橋に話しかけてくる。)
男「いやーホント稚拙で陳腐な名前の酒ですよね~。でもこれがこの店の一番人気なんだから驚きですよねえ石橋輪足さん。はいこんにちは。はじめまして。クックック。」
石橋「誰だね。君は!。馴れ馴れしいんじゃないか?初対面で!。なぜ名前を知っているんだ!」
男「まあまあ。落ち着いてくださいよ。石橋輪足さん。私はケンカは嫌いです。いやね、何だか初対面な気がしなかったものでねえ。クックック。」
男「それよりも石橋輪足さん。あなた。小説を書いていらっしゃるとか。純文学だそうですねえ。評価される機会に恵まれていないとか。」
石橋「それがなにか?。君が文学がわかる男には思えないけどね!。」
男「ええおっしゃる通りです。私にはわかりません。全くね。クックック。ですがあなたの文章を正当に評価してくれる世界にはお連れできますよ。」
石橋「はあ!?君は頭おかしいんじゃないのか?変なことしたら警察を呼ぶ・・・」
(石橋は金色の光を見た。)
石橋「あれ?ここはどこだ?バーは?」
(そこは授賞式会場だった。)
司会者「では本年度の純文学傑作大賞作品『小さな人間愛』の著者、石橋輪足さんです!。石橋さん壇上へお願いします!」
石橋「え!?一体どういうことなんだ!」
(男が現れる。)
男「石橋輪足さん。おめでとうございます。あなたの書いていたあの作品が正当な評価を受けたのですよ。ホントに才能あったみたいですねえ。だってここは正当な評価を受ける世界なのですからね。クックック。」
石橋「え!?私の作品が!?ほんとに?。やった・・・。やったー!!!」
(石橋の書いた『小さな人間愛』は人の愛情、人の優しさ、またささやかなユーモアに溢れ誰しもが感動した。そしてまだ1作目にもかかわらず、その小説は大人気となり石橋は純文学の教祖として各メディアで大々的に取り上げられ、石橋は連日TVや講演会などでひっぱりだことなった。日本国民が知らない人はいないというくらいの時の人となったのである。)
(今日は情報TV番組にコメンテーターとして生出演していた。)
司会者「では純文学の教祖石橋先生に一言コメントを頂きたいと思います!」
石橋「人は皆文学による浄化というカタルシスを求めているのです。そして人はそこから新たな人間愛を知るのです。人は文学を通して愛情を感じているのです!。そしてみなさん、人への愛を無くしてはいけません。」
司会者「いやー石橋先生、素晴らしいコメントありがとうございました!。では一旦CMです。」
石橋「(あ~毎日が充実している!私の文学が正当に評価されているのだ!。私の才能がやっと周りに理解されているのだ。)」
(男が現れる。)
男「ごきげんよう。石橋輪足先生。クックック。この世界の住み心地はどうですか?そうそう、わたしも小説『小さな人間愛』読ませて頂きましたよ。人の愛について書いてある文学の傑作だと思います。私も人間と愛について考えさせられましたよ。クックック。」
石橋「あっそ。この世界はまあ悪くはないね。正当に評価されるし。だから僕の小説も面白くて当然だけどね。」
男「いやはやもう先生が板についてきましたねえ。クックック。はいではこれ各社今日の夕刊です。」
(石橋が夕刊一面を見る。)
石橋「え!?なんだこの記事は!!」
(そこには各社が石橋を大きく非難する記事が書いてあった。)
男「石橋輪足さん、あなた賞を受賞する以前ネットで『荒らし』をやっていましたね?。小説を書いていると言っていた素人投稿サイトで。小説を書いている自分のIDとは別の『荒らし』専用のIDを取得してね。他の投稿者を誹謗中傷する内容を。クックック。」
石橋「で、デタラメだ!そんなのやってない!第一証拠があるわけない。」
男「いやーそれが不思議とあるんですよ。クックック。『荒らし』で書いた内容とログ、あなたのPCとプロバイダ情報、そして『荒らし』をやってる瞬間の動画もネットにアップされてるんですよ。だれがどうやって撮影したんでしょうねえ。まったくハイテクな時代ですよ。クックック。」
石橋「そんなバカな!」
男「何を驚いてるんですか石橋輪足さん。だって言ったでしょう?この世界はあなたが正当に評価される世界だとねえ。だから正当に評価されたんですよ。ネットで『荒らし』をやっていたあなたが『悪』であるとねえ。クックック。」
石橋「そんな!!昔のことだろ!。僕だって荒らされたことはある!」
男「あらあら正当化しちゃうんですか?。イジメられた弱いものがさらに弱いものをイジメる。それがあなたの言う文学の人間愛というやつですか。ホントに小さな人間愛ですねえ。クックック。」
石橋「うるさい!黙れ!」
(純文学の教祖がネットの『荒らし』の常習犯だったというこのスキャンダルは石橋がメディアに露出の多い有名人で時の人であったこと、全ての証拠が流出していることからも瞬く間にTV、新聞、週刊誌、ネット各分野のカッコウのネタとなり純文学の教祖の地位はすぐに地の底に落ちた。怒った読者からの出版社への抗議の電話、ツイッターやネット掲示板での石橋に対する誹謗中傷の書き込みは後を絶たなかった。もちろん評論家たちも手のひらを返したように方向転換し受賞も社会的影響の大きさから取り消しに。マスコミは石橋の生い立ちからこれまでを転落人生としておもしろおかしく伝えた。人間愛を語るウソツキとして仕事はおろか社会的にも抹殺されたのだ。石橋はもう小説を書くことさえも出来なくなったのだ。石橋は世間の目から逃れるためアパートに引きこもることを余儀なくされた。)
(石橋のアパート内)
(男が現れる。)
男「おはようこざいます。石橋輪足さん。と言ってももう夕方ですがねえ。クックック。」
男「いやーしかし大変でしたねえ。『荒らし』がバレちゃって。しかし文学で人の愛情や優しさを語る人が『荒らし』なんかやってちゃあ説得力ありませんもんねえ。クックック。」
石橋「お前だろ!情報流したの!」
男「いやですねえ。石橋輪足さん。そんな髭ボーボーの顔で。クックック。ただこの世界が『正当に評価される世界』なだけですよ。クックック。」
男「石橋輪足さん。あなたは文学を語るには少々人の痛みを知らなさ過ぎたようですねえ。クックック。でも安心してください。ここではあなたが知らない誰かに与えた痛み・・今から全部味わうことができますからねえ・・。」
男「ほら、また電話が鳴ってますよ先生。怒った読者からの。クックック。一体どこで調べたんでしょうねえ。コワイコワイ。」
男「そうそう石橋輪足さん。私のことを”悪人”とか”悪魔”とか思うのだけはやめてくださいね。」
男「『ヘド』が出ますからねえ。クックック。」
石橋「くっそーーーーー!!」
(男は消えた。)
(銀色の光と共に男がバーに戻ってくる。)
バーテン「ダンナァ~お帰りなさぁい。あれぇ?今回魂取らなかったんですかぁ?」
男「ああ・・・。10年後、もう1度あの先生に教えてもらおうかと思ってねえ・・・。」
バーテン「何をですかぁ~?」
男「文学とは・・って答えをさ・・。」
(終わり)