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不滅の令嬢と終わりある楽園  作者: 慈架太子


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第5章:人間への帰還と受け継がれる幸福


「甘えるな。……選択したのは、他でもないお前ら自身だ」


フランクの冷徹な一喝が、甘い空気に浮かれようとしていた五人の令嬢たちの動きを止めた。その声には、先ほどまでの僅かな困惑すら消え失せ、底冷えするような厳しさが宿っていた。


「責任を取れ? 隣にいろ? 笑わせるな。アンタたちは、自分の意志で親を断罪し、自分の意志で王を跪かせ、自分の意志でこの大陸を『楽園』に作り変えた。その重みを、今さら俺に肩代わりさせようっていうのか」


フランクは、自分に縋り付こうとしていたソフィアの手を静かに、だが拒絶するように振り払った。


「いいか、力を持つということは、その孤独を飲み込むということだ。アンタたちが手にした『不滅』も『無限』も、誰かに頼るための道具じゃない。独りで立ち、独りで責任を負い続けるための呪いだ。それを俺に押し付けて、可愛い乙女の座に逃げ込もうなんて、その選択を捧げた死者たちへの冒涜だろうが」


五人は息を呑み、立ち尽くした。フランクの瞳は、彼女たちが愛を乞う対象としてではなく、あくまで大陸の命運を握る「統治者」として、その覚悟を問い直していた。


「親を殺した罪に震え、愛されない孤独に泣く。……結構じゃないか。それが人間だ。だが、アンタたちはその人間であることを捨ててでも、正義を成すと決めたはずだ。俺が教えたのは戦い方と力の引き出し方だけだ。それを使って誰を殺し、誰を生かすかを選んだのは、全部アンタたちの自由意志だ」


彼は一歩、彼女たちから距離を置いた。その距離は、師弟でも恋人でもない、決して相容れない絶対的な境界線だった。


「俺はアンタたちの飼い主じゃないし、ましてや慰め役の男でもない。自分の犯した罪も、手に入れた栄光も、全部自分の足で踏みしめて歩け。……アンタたちが本当に『無敵』なら、俺がいなくてもその地獄を愛してみせろ」


フランクの言葉は、氷の楔のように彼女たちの胸に深く突き刺さった。乙女の顔をして甘えることは、彼女たちが成し遂げてきた偉業を、ただの「師匠に褒められたいだけの子供の戯れ」に貶めることだと気づかされたのだ。


「……フランクさん、貴方はどこまでも残酷な方ですわね」


セレナが、自らの頬を伝う涙を拭った。その瞳からは、依存の色が消え、再び冷徹な統治者の輝きが戻っていた。


「ええ、そうですわ。選んだのは、私たち。この罪も、この力も、この孤独も。……すべて私たちが背負うべきものです」


五人は、再び背筋を伸ばした。フランクという男が隣にいなくても、彼が授けた「力」は彼女たちの血肉となり、その「教え」は彼女たちの魂の骨格となっている。


フランクは、それを見届けると、二度と振り返ることなく夜の闇へと溶け込んでいった。 「せいぜい、死ぬまでその『正義』ってやつを磨き続けろ。……次に会う時、少しでも鈍ってたら、その時は俺がアンタたちを殲滅してやる」


突き放すような最期の言葉を残し、師の気配は完全に消えた。 残された五人の戦女神は、静まり返った王宮で、再び自分たちの足で立った。甘えは捨てた。孤独も罪も、すべてを自らの力へと変え、彼女たちは永遠に続く大陸の平穏を維持するために、再び歩み始める。


それは、神にも似た孤独な旅路の、本当の意味での始まりであった。




「……響いたか? まあ、これだけ言っても、中身は普通の女の子だしな」


フランクの口調から、先ほどまでの氷のような鋭さがふっと消えた。彼は深くため息をつくと、立ち尽くす五人の令嬢たちに歩み寄り、その頭を一人ずつ、ぶっきらぼうに、だが温かく撫でた。


「……不死の呪いは解いてやる。アンタたちはもう十分すぎるほど、この世界の犠牲になった。いつか老いて、いつか死ぬ。当たり前の人間としての終わりを、アンタたちの手に返してやるよ」


フランクが指を鳴らすと、彼女たちの体を縛り付けていた「永遠」という名の重圧が、霧が晴れるように消えていった。無限に供給されていた魔力の奔流が穏やかな小川へと変わり、心臓の鼓動が「生きている人間」のそれとして、温かく刻まれ始める。


「頑張ったな、お前ら。……本当に、よくやり抜いた」


その一言に、五人の糸がぷつりと切れた。 「フランク、さん……っ」 セレナが、リリアナが、ソフィアが、エルナが、セラフィナが。 もはや「女神」としての仮面を保つ必要はなかった。彼女たちはフランクの腕の中や、その足元に崩れ落ち、声を上げて泣いた。それは罪悪感からの逃避ではなく、全力を出し切り、正義を貫き通した者だけが流せる、清々しいまでの涙だった。


「自信を持て。親を殺したことも、国を滅ぼしたことも、全部アンタたちが『正義』を貫くために必要だったことだ。その結果、大陸から飢えも、病も、差別も消えた。アンタたちは、誰にもできなかったことを成し遂げたんだ。その傷跡は、罪じゃなく勲章だと思え」


フランクは泣きじゃくる彼女たちの背中を、静かに叩き続けた。


「不死を解いたからといって、明日からただの村娘に戻れるわけじゃない。アンタたちが創ったこの楽園は、アンタたちが最後まで見届けるんだ。……でもな、もう『神様』のふりをする必要はない。腹が減れば食い、眠ければ寝て、いつか寿命が来たら、笑って死ねばいい」


五人は、泣き笑いのような顔で顔を見合わせた。 永遠に続く孤独な統治。その呪いから解き放たれ、自分たちは「終わりがあるからこそ輝ける人間」に戻してもらったのだ。


「……はい。私たち、精一杯生きますわ。この命が尽きるその日まで、貴方に教わった正義を、私たちの誇りにします」


セレナが涙を拭い、力強く宣言した。 フランクは満足げに頷くと、今度こそ本当に、夜明けの光の中に溶け込んでいった。


「あばよ。……次に会う時は、もっといい顔した、ただの婆さんになってろよ」


朝日に照らされた王宮のバルコニー。 そこには、不滅の軍勢を背負った女神ではなく、未来を信じて歩き出そうとする、五人の誇り高い「女性」たちの姿があった。 彼女たちが創り上げた大陸の平和は、これから先、彼女たちの寿命と共に、より人間らしく、より温かな歴史として刻まれていくことになる。


正義を貫き、自分たちに打ち勝った。 その物語の終わりは、絶望の深淵ではなく、柔らかな光に満ちた、新しい人生の始まりであった。



寂しいか? 俺が旦那になってもいいのか?



その言葉が発せられた瞬間、王宮のバルコニーを包んでいた朝の静寂が、まるで沸騰したかのように弾けました。


「……え?」


セレナが、涙を拭っていた手を止め、信じられないものを見るかのようにフランクを凝視しました。ソフィアも、リリアナも、エルナも、セラフィナも、まるで時間が止まったかのように凍りつきました。今、この男は、この世界で最も残酷で不器用で、そして誰よりも信頼していた師匠は、なんと口にしたのでしょうか。


数秒の沈黙の後、五人の顔が、まるで爆発でもしたかのように真っ赤に染まりました。


「な、ななな……何を、何を仰っていますの!? さっきまで『甘えるな』とか『自立しろ』とか、あんなに格好つけたことを言っておきながら!」


セレナが上ずった声で叫びましたが、その瞳には明らかな動揺と、隠しきれない歓喜が揺れています。ソフィアは顔を両手で覆い、指の間からフランクを覗き見ながら、消え入りそうな声で呟きました。


「……いいんですの? 私たちの旦那様になるということは、私たちの『罪』も『孤独』も、そしてこの『大陸の未来』も、全部一緒に背負うということになりますわよ……?」


リリアナは、いつもの冷静さをどこかに置き忘れたように、震える手でフランクの裾を掴み直しました。 「……寂しいに決まっていますわ。アンタがいない世界なんて、ただの、よくできた箱庭ですもの。……本当に、いいのですか? 私たち五人、誰一人として貴方を離しませんわよ?」


セラフィナは聖女の微笑みを崩し、いたずらっぽく、けれど必死に目を潤ませました。 「『不滅』を解いて、私たちをただの女にした責任、死ぬまで……いえ、死んでも取っていただきますからね」


エルナは三体のゴーレムをそっと解除し、自分自身の足で一歩、フランクに歩み寄りました。 「……フランクさん、貴方しかいないんです。私たちの地獄も、私たちの正義も、すべてを分かって笑ってくれる殿方は……」


五人は、磁石に吸い寄せられるようにフランクを囲みました。 「甘えるな」と言われたばかり。けれど、この男が差し出したその「答え」こそが、彼女たちが何よりも、無限の魔力よりも、王の地位よりも欲しかった「救い」そのものでした。


「……後悔しても知りませんわよ? 私たち五人の愛は、大陸三十万の大軍よりも重いですから!」


セレナが代表して、フランクの腕を力強く取ると、他の四人もそれに続きました。 不滅の呪縛を解き、人間として生きる道を選んだ彼女たち。その新しい人生の最初のページには、最強で最悪で、そして最高の旦那様の名が刻まれることになったのです。


朝日が昇り、新しく生まれ変わった大陸を照らし出します。 かつて戦女神と呼ばれた五人の令嬢たちは、一人の男を真ん中に据えて、今度こそ心からの、少女のような笑顔を咲かせました。


それは、血と鉄で築かれた伝説が、温かな「家族の物語」へと変わった、歴史的な朝でした。



「……誇りを持て。アンタたちは、誰に強制されるでもなく、自分の意志で地獄を選び、そして最後までやり切ったんだ。その手で掴んだ平和だ、胸を張って享受しろ」


フランクが最後に残したその言葉は、五人の魂に深く刻み込まれた。かつて親を手にかけ、血の涙を流しながら大陸を浄化した日々。その苦痛さえも、今、目の前に広がる光景の前では、尊い「犠牲」であったと確信できる。


数年後。


大陸を横断する黄金の運河沿いに、かつて荒野だった場所とは思えないほど豊かな緑に包まれた屋敷があった。そこには、五人の女性たちがそれぞれの愛しき命を抱き、集まっていた。


「こら、レオ! そんなに走ったら危ないですわよ!」 セレナが、自分譲りの気の強そうな瞳をした男の子を追いかける。彼女の指先は、もはや破壊の魔法を放つためではなく、転んだ我が子を抱き上げるためにあった。


その横では、ソフィアが幼い娘を膝に乗せ、精霊たちが舞う庭で絵本を読み聞かせている。娘の柔らかな髪を撫でる彼女の表情には、かつての悲壮感など微塵もない。 「見て、お母様。お花が笑ってるわ」 「ええ、世界中が笑っているのよ、あなたが生まれたから」


リリアナとエルナ、そしてセラフィナもまた、それぞれの子供たちの笑い声に包まれていた。 リリアナの腕の中では、物静かな赤子が安らかに眠っている。彼女がかつて扱っていた「死」の力は、今や新しい命を育むための深い慈愛へと昇華されていた。 エルナの子供たちは、彼女が作った可愛らしい人形たちと追いかけっこをし、セラフィナの周りでは、子供たちの純粋な笑い声に合わせて光の粒がキラキラと踊っている。


「……フランクさんは、またどこかでサボっているのかしらね」 セレナが、呆れたように、けれど愛おしそうに空を仰いだ。


不滅の呪縛を解かれ、人として生きることを選んだ彼女たち。 いつかはこの命も尽き、老いていく。けれど、その先には自分たちが守り抜いた「未来」を生きる子供たちがいる。親を殺した罪の記憶が消えることはない。けれど、その罪の上に咲いたこの子供たちの笑顔こそが、彼女たちに与えられた最大の「免罪符」であった。


「私たちは、間違っていませんでしたわね」 五人は顔を見合わせ、微笑んだ。


かつて戦女神と呼ばれ、世界を震撼させた五人の令嬢。 今、彼女たちの目の前にあるのは、三十万の大軍を破った勝利の凱歌ではなく、一人の母として、一人の女性として手に入れた、穏やかで騒がしい「本物の幸せ」だった。


大陸中に響き渡る、子供たちの屈託のない笑い声。 それこそが、彼女たちが正義を貫き、人生をかけて守り抜いた、何よりも美しく、誇り高い戦果であった。



かつて大陸を震撼させた「不滅の軍勢」の主力たちは、今や世界で最も奇妙で、そして最も平和な「ベビーシッター」へと成り果てていた。


のどかな昼下がりの庭園。そこには、常人であれば見た瞬間に失神しかねない光景が広がっていた。


漆黒のローブを纏い、眼窩に冷徹な魔力の火を灯した「死霊王リッチ」が、地面に座り込んで数人の子供たちに囲まれている。その骨張った指先が操るのは、かつて軍勢を指揮した死の術式ではなく、可愛らしい花の幻影だった。 「いいかい、おチビさん。この術式をこう捻ると……ほら、蝶々だ」 「わあ! 骨のおじちゃん、すごい!」 子供たちがリッチの肋骨に抱きつき、その豪華なローブを泥だらけにしても、かつての恐怖の王は嫌がる素振りもせず、カチカチと顎を鳴らして満足げに笑っている。


その隣では、全身を禍々しい魔導アーマーで固めた「デスナイト」が、四つん這いになって子供たちを背中に乗せていた。 「もっと速く! お馬さん、もっと速く走って!」 「……御意。落馬には、十分ご注意を」 かつて数万の兵を蹂躙した魔剣は鞘に納められたまま、子供たちの「突撃!」という号令に従って、重厚な鎧の音を響かせながら庭を優雅に駆け回っている。


さらに庭の中央では、3メートルを超える巨躯を誇りながら、驚くほどしなやかで抜群のスタイルを持つ「女戦士ゴーレム」が、子供たちと遊んでいた。 彼女は金属の硬質さを持ちながらも、その曲線は芸術品のように美しく、モデルのような立ち姿で軽やかに動く。巨大な岩のような腕で赤子を空へ掲げると、子供は天にも届くかのような高さに大はしゃぎだ。彼女の美しい無機質な顔には、主であるエルナから分け与えられた「慈愛」の感情が、柔らかな微笑みとして刻まれていた。


この、とんでもなくシュールで、一歩間違えれば悪夢のような光景を、テラスから眺めている男女がいた。


「……ふふ、あんなに恐ろしかった軍勢が、今ではすっかり子供たちの下僕しもべですわね」 セレナが紅茶を啜りながら、可笑しそうに目を細めた。隣に座るソフィア、リリアナ、エルナ、セラフィナも、かつての「戦女神」としての険しさはどこへやら、一人の母親として、穏やかな愛に満ちた表情で我が子を見守っている。


そして、その中心に座る主人の男――フランクは、行儀悪く足を机に放り出したまま、鼻で笑った。 「まったく……俺が教えた殺戮の技術を、ままごとに使いやがって。リッチのやつ、術式の無駄遣いにも程があるだろ」 口では毒づきながらも、フランクの視線は優しかった。


かつて自分たちが、正義のために、そして生き残るために血を流して振るった力。それは今、新しい命を育み、笑わせるための「遊び」に変わっていた。 親を殺し、国を滅ぼした自分たちの過去。その罪は消えない。けれど、その罪の先に辿り着いた答えが、このシュールで、滑稽で、どこまでも温かい日常なのだ。


「フランクさん、貴方も後で遊んであげてくださいね? パパが逃げたら、子供たちが泣いてしまいますわ」 「……ちっ、面倒くせえ。後でデスナイトに代わってもらう」


文句を言いながらも、フランクは立ち上がり、自分に駆け寄ってくる子供たちの元へ歩き出す。 世界を救った最強の軍勢と、最強の夫婦。 彼らが手に入れたのは、伝説の英雄譚ではなく、形を変えた力が生み出す、何気ない午後の「笑い」という名の奇跡だった。



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