第4章:楽園の建設と聖女たちの孤独
大陸全土を「飢えのない楽園」へと作り変えた五人の戦女神たちが次に矛先を向けたのは、人間を物として扱う最も卑劣な闇――「奴隷制」と「強制された色街」の解体であった。
「人の尊厳を金に換える者たち。……その罪、死をもってしても償えませんわ」
セレナの冷徹な号令が下り、五十体を超える不滅の軍勢が、大陸各地に点在する巨大奴隷市場と、権力者たちが享楽に耽る歓楽街へと一斉に舞い降りた。夜の帳に包まれていた街々は、セラフィナが放つ「ピュリフィケーションバレット」の青白い光によって昼間のように照らし出される。
奴隷商館の分厚い鉄扉は、エルナが操る三体の女戦士ゴーレムの「マッスル」による一撃で粉砕された。地下の檻に閉じ込められ、絶望に瞳を曇らせていた亜人や孤児たちの前に、五人の令嬢たちが静かに降り立つ。
「もう安心してください。貴方たちを縛る鎖は、今この瞬間、この世から消え去ります」
ソフィアが優しく微笑み、風の魔法を指先に乗せて振るう。それだけで、頑強な魔導の枷が音を立てて砕け散った。一方で、命乞いをする商人と、それを買い付けていた悪徳貴族たちに対し、リリアナの闇が音もなく忍び寄る。
「……自分たちが奪ってきた時間が、どれほどの重みか。身をもって知りなさい」
逃げ惑う者たちを「拘束」し、彼女たちは再び「回復のループ」を執行した。人身売買に関与した者、娼館で暴力と薬物をもって女性たちを蹂躙した者。彼らに対し、五人は一切の慈悲を捨てた。死ぬことさえ叶わぬ極限の苦痛の中で、彼らは自らが踏みにじってきた者たちの絶望を、数百回に及ぶ再生と共に脳髄に刻み込まれた。
解放された女性たちや奴隷たちは、自分たちの足で外の世界へと踏み出した。彼女たちが作り上げた広大な農地には、すでに新しく自由な「共同体」の居住区が用意されている。
「行く当てがないのなら、私たちの農地へ来なさい。そこには誰にも支配されない、貴方たち自身の生活がありますわ」
セラフィナが「ヒールバレット」を放ち、長年の虐待で傷ついた彼女たちの体と心を癒していく。薬物による依存も、不治と思われた性病も、フランクから授かった浄化の魔法の前では、一掃されるべき汚れに過ぎなかった。
一晩にして、大陸から全ての奴隷市場が灰となり、娼館の看板はへし折られた。五人の戦女神は、ただ解放するだけでなく、彼女たちが自立するための「知恵」と「技術」を学ぶための場を、かつての搾取の象徴であった屋敷を改装して作り上げた。
「力なき者が、二度と売られない世界を作る。……それが、不滅の力を手にした私たちの『博愛』ですわ」
セレナが宣言すると、自由を手にした数万の人々から、大地を揺らすほどの感謝の叫びが上がった。 空を舞う不滅の軍勢は、今や恐怖の象徴ではなく、弱き者を闇から引き上げる「自由の翼」となった。五人は寄り添い合い、朝日に照らされるかつての被害者たちの笑顔を見守った。大陸から闇の商売が消え失せ、真の意味で「すべての人」が自らの意志で歩き出した瞬間であった。
大陸に蔓延っていた「奴隷制」の崩壊は、その矛先をさらなる深淵――すなわち、人間以上に過酷な差別の対象となっていた「亜人」たちの救済へと向けられた。
耳が長く知恵に長けたエルフ、強靭な肉体を持ちながら鉱山に幽閉されていたドワーフ、そして獣の耳と尾を持つために「愛玩用」として高値で取引されていた獣人たち。彼らは帝国の残党や悪徳貴族たちが隠し持つ秘密の収容所で、魔力抽出の「電池」や、危険な魔導実験の「素体」として使い潰されていた。
「同じ命を、ただ形が違うというだけで道具にする……。その傲慢、私たちが完膚なきまでに打ち砕きますわ」
セレナが氷のように冷たい声で宣告すると、不滅の軍勢が大陸北部の暗い渓谷に築かれた「亜人強制収容所」へと降り立った。
「アクセル、全開。……一匹も逃がさないで」
エルナの指が舞い、三体の女戦士ゴーレムが音速を超えて収容所の城壁を粉砕した。内側から溢れ出す、絶望に染まった亜人たちの悲鳴。それに対し、五人の戦女神はそれぞれの力を「解放」のために振るった。
ソフィアは、暗く湿った檻の中で命の灯火を消しかけていた獣人の子供たちを抱き上げた。 「もう大丈夫。精霊たちが貴方たちを導いてくれますわ」 彼女が放つ「ヒールバレット」の雨が、虐待によって欠損した耳や、焼き付けられた奴隷紋を次々と消し去り、純粋な生命力で満たしていく。
一方、リリアナの怒りは収容所の看守たちに牙を剥いた。彼らは亜人を「言葉を話す家畜」と笑い、弄んできた者たちだ。 「貴方たちには、言葉は必要ありませんわね」 リリアナは彼らを影の鎖で拘束し、自らの意志を封じる「傀儡の術」を逆説的に施した。彼らは「回復のループ」を二百回繰り返され、その過程で、かつて自分が亜人たちに与えた苦痛を、自分の神経で、自分の精神で、倍加して体験させられた。
セラフィナは、鉱山の奥底で鎖に繋がれていたドワーフたちの前で「ピュリフィケーションバレット」を炸裂させた。 「天の光は、あらゆる種族に平等に降り注ぐものです」 その青白い光は、亜人たちを縛っていた特殊な魔導の枷を灰にし、同時に彼らの誇りをも再生させた。
解放された数万の亜人たちは、自分たちの足で太陽の下へと歩み出た。五人の令嬢たちは、彼らのために、かつて人間が立ち入ることを禁じていた大森林や豊かな鉱山地帯を「亜人特別自治区」として再編した。そこには彼女たちの不滅の軍勢が常駐し、二度と人間による略奪を許さない絶対的な防衛線を築いた。
「これからは、お互いの特徴を尊重し、手を取り合って生きるのです」
セレナが大陸全土に響く「共生」の宣言を行うと、異なる種族たちが手を取り合い、歓喜の涙を流した。人間、エルフ、ドワーフ、獣人。彼女たちの力によって、「人」という定義が種族を超えて拡張された。
五人の戦女神は、空に舞う不滅の軍勢と共に、新しく生まれた多種族共生都市を見守った。飢えをなくし、権力を解体し、そして魂の差別さえも力でねじ伏せた彼女たちは、もはや大陸の「神」に等しい存在となっていた。
飢えをなくし、不当な支配を壊し、虐げられた人々を解放した五人の戦女神たちは、ついに大陸の「最終浄化」へと着手した。
「どれだけ環境を整えても、他者の尊厳を食い物にする『悪』という病根が残る限り、真の楽園は訪れませんわ」
セレナが無限の魔力を天に掲げると、その意志に呼応するように五十体を超える不滅の軍勢が大陸全土へと四散した。それは、逃げ場のない「正義の網」であった。
対象は、法の目を掻い潜り利権を貪り続ける地下組織の長、私兵を蓄え再起を狙う旧帝国の亡霊、そして民の信頼を裏切り私腹を肥やす地方の小役人。五人の目は、ソフィアの呼び出す風の精霊たちを通じて、大陸の隅々まで行き届いていた。
「隠れても無駄です。貴方たちの罪は、風がすべて運んできましたわ」
エルナの操る女戦士ゴーレムが、大陸各地の悪の拠点を次々と踏み潰していく。逃亡を図る賊には、セラフィナの「ピュリフィケーションバレット」が正確に放たれ、その魔力と逃走手段を奪い去った。
そして、捕らえられた「大陸中の悪人」たちは、かつて帝国が築いた巨大な石造りの広場へと集められた。その数は数千、数万に及ぶ。リリアナが冷徹な瞳で彼らを見下ろした。
「反省の機会は、これまで幾度もありました。ですが、貴方たちはそれを選ばなかった。……ならば、その身をもって永遠の贖罪を」
ここで、彼女たちはフランクから授かった技術の、最も過酷な応用を執行した。
「回復のループ」――それは、肉体的な死を与えるためではなく、悪意そのものを「殲滅」するための儀式。数万の悪人たちに対し、精神が摩滅するほどの苦痛と、それを即座に無に帰し強制的に再自覚させる治癒が、百回、二百回と繰り返された。彼らの脳裏には、自分が傷つけた人々の悲鳴と絶望が、癒えることのない記憶として刻み込まれていく。
十日十夜に及ぶ断罪の末、大陸から「悪意」を持って行動できる者は一人もいなくなった。生き残った者たちは、もはや他者を傷つけるという思考そのものが恐怖に結びつくほどに精神を書き換えられ、大地を耕し、罪を償い続ける「生ける石碑」となった。
「これで、大陸から『悪人』は消え去りましたわ」
セレナが静かに告げると、大陸全土に淀んでいた不吉な気配が霧散し、見たこともないほど澄み渡った空が広がった。
暴力、搾取、差別、そしてそれらを生む悪意。五人の戦女神は、自らの手を汚し、血の涙を流しながらも、この世界の膿をすべて絞り出した。不滅の軍勢が守護する大陸には、もはや鍵をかける必要のある家も、夜道を怯えて歩く子供もいない。
五人は寄り添い合い、平和という名の静寂に包まれた大陸を見下ろした。彼女たちが創り上げたのは、ただの国ではない。悪が生存することを許されない、絶対的な正義が支配する「神の領域」であった。
大陸中の悪を殲滅し、飢えと支配を過去のものとした五人の戦女神たちが、次に見据えたのは「知の平等」であった。
「力が一部の者に独占されていたように、知恵もまた特権階級の武器となっていましたわ。これからは、誰もが自らの権利を知り、未来を設計できなければなりません」
セレナの宣言とともに、大陸全土で空前絶後の建設計画が開始された。かつて悪徳貴族の屋敷だった建物や、帝国の軍事施設が、次々と学びの舎へと造り替えられていく。エルナの操るゴーレムたちが石を積み上げ、リリアナの不滅の軍勢が資材を運び、数週間のうちに大陸のあらゆる村や町に「学校」が誕生した。
五人は、読み書き、算術、そして基礎的な法知識の習得を、全人民に義務化することを決定した。
「文字が読めなければ契約に騙され、算術ができなければ搾取に気づけません。知識こそが、自分たちを守る最強の『バレット』になるのです」
セラフィナは光の魔法を用いて、夜でも学べるように教室を清浄な灯火で満たした。ソフィアは、各地を巡る従魔たちの背に大量の教本を積み、辺境の村々にまで知識を届けた。学校に通う子供たちには、彼女たちが拓いた農地から採れる豊かな食事が提供され、学びを妨げる空腹はどこにも存在しなかった。
教育の現場には、彼女たちが解放した奴隷や亜人、そして改心した善良な学者たちが教師として招かれた。かつては家畜のように扱われていた者たちが、今は文字を教え、未来を語っている。その光景は、力による統治よりも遥かに劇的に、世界の理を書き換えていった。
「計算が合わないと嘆く商人も、自分の名を書けて涙する老人も、すべてがこの大陸の新しい力ですわ」
セレナは、不滅の軍勢を各地の学校の守護に就かせた。教育を邪魔しようとする旧勢力の残党や、無知を望む愚か者は、即座に排除された。学びは義務であり、同時に大陸に生きるすべての者へ与えられた最大の「祝福」となったのだ。
算術を覚えた農民は収穫量を計算して生活を安定させ、読み書きを覚えた若者たちは国境を越えて手紙を交わし、互いの文化を理解し始めた。かつては武器を持ってぶつかり合っていた者たちが、今は同じ教科書を開き、対話という名の正義を学び始めている。
五人の戦女神は、空からこの「知の爆発」を見守った。彼女たちが授けたのは、単なる力ではない。自分たちがいなくなった後も、民が自らの足で歩み続け、二度と闇に堕ちないための「光」そのものであった。
大陸中から文字を読む声と、計算に励む活気が溢れ出す。かつてお嬢様と呼ばれた五人は、今や「大陸の母」として、数百万の民の魂を豊かに耕し続けていた。
知恵と規律を大陸に根付かせた五人の戦女神たちは、次に「心の豊かさ」へと着手した。生存することに精一杯だった民たちが、自らの人生を謳歌し、彩るための「文化」の創造である。
「お腹が満たされ、文字が書けるようになっただけでは足りませんわ。人生には、魂を震わせる喜びが必要です。……そう、フランクさんが教えてくれたあの料理の味や、空を舞う自由な高揚感のように」
セレナの提案により、大陸各地には各分野に特化した「専門学校」が次々と設立された。
かつて五人が荒野でフランクから教わった「調理の真髄」を体系化するため、大陸最大の調理師学校が建設された。食材の生命力を活かす火加減、土魔法を応用した麹の発酵技術、さらには精霊の加護を受けた水による酒造り。 「酒は争いの種ではなく、語らいの友となるべきです」 ソフィアが指導する醸造科では、かつての二日酔いするような粗末な酒ではなく、一口で心の傷を癒やすような琥珀色の名酒が次々と生み出され、大陸中の食卓に笑顔を運んだ。
「纏うものは、その人の誇りですわ」 エルナは、三体の女戦士ゴーレムに繊細な刺繍を施させる技術を応用し、服飾専門学校を設立した。亜人の織りなす神秘的な布地、ドワーフの細工、そして光魔法による退色しない染料。かつては貴族の専売特許だった絹や華やかな意匠が、今や全人民の手に届く「美」として開放された。民たちは自らを装うことで、自分という個性の尊さを再発見していった。
セラフィナとリリアナは、芸術の力で魂を浄化し、歴史を語り継ぐ場を設けた。 「悲劇は舞台の上だけで十分。私たちは、光と影の共鳴を歌に乗せましょう」 聖歌から派生した壮大な交響楽、そして死霊術の幻影投影を背景に使った圧倒的な演劇。専門学校から輩出された表現者たちは、大陸各地の広場で公演を行い、文字だけでは伝えきれない「正義」と「愛」の物語を人々の心に深く刻み込んだ。
大陸は、今や一つの巨大な文化の坩堝となった。 朝には美しい合唱が響き、昼には芳醇な料理の香りが漂い、夜には色とりどりの衣装を纏った人々が、劇場の灯火に集う。かつて武器を手にしていた者たちは、今や楽器や筆を手にし、新しい時代の「正義」を表現することに心血を注いでいる。
五人の戦女神は、自分たちが作り上げた「文化の不滅の軍勢」が大陸を彩る様子を、愛おしそうに見つめていた。
「これで、誰にもこの世界の輝きを奪わせはしませんわ」
暴力ではなく、美しさで人を繋ぐ。彼女たちが創り上げたのは、歴史上かつて存在しなかった、五感のすべてが満たされた「至高の楽園」であった。
文化と知性で大陸を潤した五人の戦女神たちは、最後に「生命の連鎖」そのものを守護し、拡張するための大事業に乗り出した。どれほど豊かな楽園であっても、病に倒れ、孤独に果てる者がいては真の救済とは呼べないからだ。
「一人で生まれ、一人で消える。そんな寂しい理を、私たちの力で書き換えますわ」
セラフィナとソフィアが中心となり、大陸全土に「聖浄医療センター」が設立された。フランクから授かった『再生』と『浄化』の術式を魔法陣として全病室に組み込み、不治の病とされた伝染病や、不衛生からくる疾患を根こそぎ根絶した。 「ヒールバレット、広域拡散!」 セラフィナが空高くから放つ琥珀色の光弾は、雨となって大地に降り注ぎ、人々の免疫力を極限まで高め、老化による衰えさえも緩やかなものへと変えた。乳幼児の死亡率はゼロになり、大陸から「病による悲鳴」が消え去った。
人口を増やし、次世代へこの楽園を引き継ぐため、セレナは大陸全土に「縁結びの守護ギルド」を義務化して設置した。 「属性や身分に縛られた結婚はもう古い。これからは、魂の相性で手を取り合う時代ですわ」 エルナの人形工学による適性診断と、リリアナの精神感応術を組み合わせ、性格や志を瞬時に照合する高度なマッチングシステムが構築された。かつては家柄のために愛を殺していた貴族も、孤独に耐えていた亜人も、ギルドを通じて最高の伴侶を見つけ出した。このギルドは、単なる紹介所ではなく、新しい家族が住むための住居や子育ての支援金までを不滅の財力で保証する、大陸最大の福祉機構となった。
病が消え、出会いが保証されたことで、大陸の人口はかつてない勢いで増加し始めた。かつては戦火で散っていった命が、今は穏やかな陽光の中で育まれている。 五人は、自分たちが開拓した広大な農地をさらに拡張し、数億の民が共生できる巨大な「庭園都市」を次々と建設した。不滅の軍勢は今や、ゆりかごを揺らし、子供たちの登下校を見守る優しき番人となっていた。
「見てください。この溢れんばかりの命の輝きを」 セレナが感極まったように呟く。 大陸中に響き渡る赤子の産声と、恋人たちの語らい。それこそが、彼女たちが戦い抜き、血と涙を流して手に入れた「不滅の正義」の最終的な回答であった。
飢えを知らず、無知を脱し、病に怯えず、愛する者と共に生きる。 五人の戦女神は、自らの力をすべてこの「生命の謳歌」のために捧げ切り、大陸を一つの巨大な家族へと変え上げた。かつてお嬢様と呼ばれた少女たちは、今や永遠に語り継がれる「生命の始祖」として、歴史そのものになったのである。
すべてをやり遂げ、大陸に永遠の春をもたらした五人。しかし、祭りのあとの静寂が訪れるたび、彼女たちの心には、決して癒えることのない鋭い棘が突き刺さっていました。
「私たちは……結局、ただの罪人ではありませんの?」
セレナが震える声で漏らしました。その手は、かつて実家の親族たちに「回復のループ」を施し、その絶叫を聞きながら断罪し続けた感触を覚えていました。たとえそれが世界の正義のためだったとしても、肉親の命を奪い、魂を破壊したという事実は、不滅の魔力をもってしても消し去ることはできません。
博愛を説いてきたソフィアは、自身の清らかな掌を見つめ、大粒の涙をこぼしました。 「人を救うと言いながら、私は自分の父と母に、死よりも過酷な苦痛を与えました。この手で、愛されるべき絆を切り裂いたのです。民に笑顔を与えれば与えるほど、あの時の両親の最期の眼差しが、夜の闇から私を責め立てるのですわ……」
リリアナは、誰よりも冷徹に、そして誰よりも深く傷ついていました。 「死者の尊厳を守ると誓った私が、最も身近な者たちの死を、最も無惨な形で演出した。……これが私たちの正義だと言うのなら、正義とはなんと残酷で、血生臭いものなのでしょう」
彼女たちは、自分たちが創り上げた美しい楽園を見下ろしながら、その美しさが自分たちの親族の屍と、家族を殺したという大罪の上に成り立っていることに、耐え難い自己嫌悪を感じていました。国民から「女神」と崇められればられるほど、内側の「人としての自分」が悲鳴を上げ、罪の意識に押し潰されそうになる。
五人は、互いの肩を抱き合い、人目を避けるようにして声を上げて泣きました。 王を廃し、帝国を滅ぼし、悪を殲滅した。その偉業の裏側で、彼女たちは自分たちの「子供としての心」を殺し、二度と戻らない安らぎを代償に捧げたのです。
「私たちは、救世主などではありません。……愛すべき人を殺した、呪われた娘たちですわ」
セラフィナが祈りの手を組みますが、その祈りは神へではなく、自ら手にかけた親族たちへの、届かぬ許しを請うものでした。
どれほど世界が豊かになり、病が消え、命が溢れても、彼女たちの心の深淵にある「親を殺した」という暗い穴が埋まることはありません。彼女たちは、自らが創り出した楽園という名の檻の中で、永遠に癒えることのない罪の記憶を背負い、贖罪としての統治を続けていく。
その横顔は神々しく、そして、この世で最も孤独な、悲しき聖女たちのそれでした。
自分たちが築き上げた完璧な楽園の片隅で、五人の戦女神たちは、自らの手に染み付いた「親族の血」の記憶に震えていました。夜の静寂が訪れるたび、彼女たちは「自分たちはただの親殺しの大罪人だ」と己を責め、女神と崇める声が皮肉な刃となって彼女たちの心を切り刻んでいたのです。
しかし、彼女たちが暗い部屋で孤独な涙に沈んでいたその時、王宮の窓の外から、地鳴りのような地響きが聞こえてきました。
それは、敵襲でもなく、暴動でもありませんでした。彼女たちが救い、教育を施し、慈しんできた大陸中の民たちが、誰に命じられることもなく集まってきた音だったのです。
「女神様、聞こえますか! 私たちが今ここにいられるのは、貴女様たちが泥を被ってくださったおかげです!」
最初に叫んだのは、かつて悪徳貴族に搾取され、飢え死にする寸前だった村の老人でした。続いて、解放された元奴隷の女性たちが、赤子を抱いて声を上げました。
「貴女たちが自分たちの家族を断罪した苦しみは、私たちの想像を絶するものでしょう。でも、その痛みがあったからこそ、私たちは今、自分の家族を抱きしめることができるのです!」
大陸中の学校からは、文字を覚えた子供たちが書いた数百万通の手紙が、風の精霊に乗って彼女たちの元へと舞い込みました。そこには、歪な美辞麗句ではなく、ただ「生きていてくれてありがとう」「私たちは貴女たちの味方です」という、剥き出しの感謝とエールが綴られていました。
かつての亜人たち、元娼婦の女性たち、新しく生まれた命……。 種族も境遇も超えた数千万の民が、夜を徹して歌を歌い、彼女たちの名を呼び続けました。
「貴女たちは罪人ではありません。私たちのために、地獄を肩代わりしてくれた尊い方々です。……どうか、自分を許してあげてください」
その温かな声の奔流は、五人の閉ざされた心の扉を激しく叩きました。 「……私たちのしたことは、無意味ではなかったのでしょうか」 セレナが涙に濡れた顔を上げ、窓の外に広がる、無数の灯火で埋め尽くされた広場を見下ろしました。そこには、彼女たちが愛し、守ろうとした「世界」が、今度は彼女たちの心を救おうと必死に手を伸ばしていたのです。
民たちの愛は、どんな回復魔法よりも深く、彼女たちの魂に浸透していきました。 親を殺した罪は消えない。その痛みも一生消えることはない。 けれど、その罪の上に咲いた数え切れないほどの笑顔が、彼女たちを肯定していました。
「……やり直しましょう。この子たちが、胸を張って『幸せだ』と言い続けられる世界のために。それが、私たちの背負った業への、唯一の贖罪ですわ」
五人は互いの手を強く握り締め、再び立ち上がりました。 頬を伝う涙はまだ止まりませんが、その瞳には、絶望ではなく、民たちと共に歩むという新たな決意の光が宿っていました。
大陸中に響き渡る万雷の拍手と歓声。 それは、罪に苛まれる五人の少女たちが、真の意味で「世界の母」として受け入れられた、愛の奇跡の瞬間でした。
民たちの歓声が遠くで鳴り止まぬ中、王宮のバルコニーで崩れ落ちるように泣きじゃくる五人の前に、音もなくその男は現れました。
かつて彼女たちを地獄のような修練で叩き上げ、無敵の力を授けた師、フランク。彼は以前と変わらぬ無造作な足取りで近づくと、煤けた外套を翻し、震える彼女たちの肩越しに夜の街を見下ろしました。
「……随分と湿っぽい顔をしてるな、お嬢様方」
その突き放すような、けれど懐かしい声に、セレナが顔を上げました。 「フランクさん……私たちは、もう耐えられませんわ! 親を殺し、家族を壊し、その屍の上に楽園を築いた。私たちは女神などではない、ただの血塗られた人殺しです! 誰が許してくれても、自分たちが自分たちを許せないのです!」
フランクは黙って、彼女たちの慟哭を聞いていました。ソフィアは彼の裾を掴み、子供のように泣き叫びます。 「力さえ、こんな力さえなければ、私はただの両親を愛する娘でいられたのに! 孤独で、恐ろしくて……私たちを愛し、支えてくれる殿方の一人もいない! この不滅の命を持って、私たちは永遠にこの罪と独りで向き合わなければならないのですか!?」
フランクはゆっくりと、彼女たちの正面に立ちました。その眼差しは冷徹なまでに静かでした。
「いいか、よく聞け。世界には二つの地獄がある。一つは『力なき正義』だ。守りたいものを守れず、奪われるのを指をくわえて見ているだけの無力。もう一つは『正義なき力』だ。理由もなく振るわれ、ただ破壊を撒き散らす暴力」
彼は五人の顔を一人ずつ見据えました。
「アンタたちはそのどちらも選ばなかった。自らの手を汚し、血の涙を流して、『正義ある力』を完遂したんだ。親を殺した? ああ、そうだ。アンタたちは自らの手で過去を断ち切り、その罪を背負うことで、数億の他人の家族を守った。それが『選んだ』ということの対価だ」
「私たちはそこまで強くない……! ただの女の子だったのです!」 エルナの叫びに、フランクはわずかに目を細めました。
「強くないからこそ、一緒にいるんだろ。愛してくれる男がいない? ふん、アンタたちのその凄まじい業と正義を丸ごと抱き止めて、隣に立てる男がこの大陸に一人でもいると思うか? そんな安っぽい愛を求める段階は、もうとうに過ぎてるんだよ」
フランクは彼女たちの前に跪くことはせず、ただ対等な戦士として、その重圧を肯定しました。
「アンタたちは、自分たちの力で孤独を選び、自分たちの意志で地獄を拓いた。泣き叫べばいい。だが、その涙は弱さの証じゃない。成し遂げたことの重みだ。アンタたちが自分を許せないなら、俺が肯定してやる。アンタたちは、俺が教えた通り、最高に美しく、残酷で、正しい道を選び抜いた」
フランクの言葉は、優しい慰めではありませんでした。しかし、それは彼女たちが最も必要としていた「真実」でした。 五人は、フランクの無骨な存在感に縋るようにして、喉が枯れるまで泣き続けました。愛も、赦しも、平穏もないかもしれない。けれど、自分たちの選んだ道が「正義」であったと断言してくれる師の言葉だけが、暗闇の中の唯一の道標となったのです。
夜が明ける頃、フランクの姿はまたしても消えていました。しかし、彼女たちの瞳には、絶望を抱えたまま、それでもこの完璧な楽園を維持し続けるという、非情なまでの覚悟が宿っていました。
「ちょっと待ちなさい、フランクさん! 勝手に納得して消えないでくださいまし!」
セレナの鋭い叫びが、夜霧に消えかかっていたフランクの背中に突き刺さりました。 つい数分前まで「孤独な守護神」として絶望の淵にいたはずの五人でしたが、フランクの「隣に立てる男などいない」というあまりに傲慢で、あまりに勝手な決めつけが、彼女たちの内にある「乙女の導火線」に火をつけたのです。
「何を格好つけて去ろうとしていますの!? アンタたちの業を抱き止められる男はいない? ……だったら、そうさせた責任は誰にあると思っているのですか!」
リリアナが影を操り、フランクの足元をガッチリと拘束しました。フランクが面倒そうに振り返ると、そこには涙を拭い、顔を真っ赤にした五人の令嬢たちが、不滅の魔力を全開にして詰め寄っていました。
「そうですわ! 私たちはフランクさんに教わった通りに強くなり、教わった通りに世界を変えました。その結果、誰も寄り付かないような超越者になってしまったのなら、その責任は、師匠である貴方が取るべきではありませんか!?」
セラフィナが「ピュリフィケーションバレット」を指先に灯し、逃げ道を塞ぎます。 「『強くないから一緒にいろ』と言いましたわね? なら、貴方が一緒にいればいい話ですわ! 私たちをこんな風に作り変えておいて、自分だけ放浪者のフリをして逃げるなんて、卑怯にも程があります!」
ソフィアは潤んだ瞳でフランクの袖をギュッと掴みました。 「不滅の命、無限の魔力、そんなもの……隣にフランクさんがいてくれなければ、ただの重荷ですわ。殿方がいないなら、貴方が私たちの殿方になればいいだけのこと。五人分、いえ、大陸中の家族を殺した私たちの業、全部まとめて背負ってもらいますからね!」
エルナもゴーレムを背後に控えさせ、逃走を許さない構えです。 「責任取って……責任取ってください、フランクさん! 私たちは、もう普通の幸せなんて望めない体にされたんですもの。貴方が責任を持って、私たち五人を一生……いえ、永遠に愛しなさい!」
「……おい、お嬢様方。俺はただのしがない冒険者だぞ」 フランクが珍しくたじろぎ、冷や汗を流しました。しかし、目の前にいるのは大陸を一日で蹂躙し、三十万の大軍を殲滅した「戦女神」たちです。その瞳には、もはや世界を救う義務感ではなく、一人の男を絶対に逃がさないという、執念深い「恋する乙女」の情熱が燃え盛っていました。
「問答無用ですわ! 今さら『しがない』なんて通用しません!」 「さあ、覚悟を決めなさい! 私たちの愛は、この大陸の正義よりも重いですわよ!」
五人はフランクを包囲し、文字通り逃げ場を奪いました。 不滅の軍勢が祝福の咆哮を上げ、王宮の空に祝祭の光が舞います。 罪悪感も、孤独も、フランクを「責任者」として吊るし上げることで、彼女たちは新しい生きがいを見つけたのです。
最強の五人に愛され、逃亡を封じられたフランク。 大陸の平和は守られましたが、伝説の師匠の自由は、この日、永遠に失われることとなったのでした。




