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不滅の令嬢と終わりある楽園  作者: 慈架太子


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第1章:宿命の邂逅と師父フランクの導き


夕闇が迫る荒野、押し寄せた三千体もの魔物の群れを前に、五人の令嬢たちは運命的な邂逅を果たした。共通しているのは、誰もが絶大な召喚・使役術の使い手であること、そして理不尽な蹂躙を許さない正義の心を持っていることだった。


先陣を切ったのは、大魔導士の娘セレナだ。彼女が虚空をなぞると、伝説の神竜が天空から飛来し、ブレスの一撃で魔物の前衛を焼き払う。しかし、側面から迫る不意打ちに、セレナは眉をひそめる。そこへ割り込んだのは、死霊術師のリリアナだった。彼女が召喚したスケルトンの騎士団が盾となり、無機質な骨の壁で魔物の爪を弾き返す。「闇属性だとて、守るべき命に変わりはありませんわ」と呟く彼女の背後で、子爵令嬢エルナが指先を踊らせた。エルナが操る無数の鋼鉄人形が、糸に引かれるように空中を舞い、リリアナの死霊騎士の間隙を縫って敵を精密に貫いていく。


乱戦の中、傷ついた魔物さえも救おうとする博愛主義のソフィアは、従魔の聖獣を癒やしの光で包み込みつつ、精霊の加護を仲間たちに分け与えた。その清らかな魔力に呼応するように、高位神官の娘セラフィナが天に祈りを捧げる。雲を割り、降臨した大天使たちの軍勢が放つ聖なる矢が、戦場を光で満たした。


属性も出自も異なる五人。闇を忌む者も、光を背負う者も、この瞬間は互いの背中を預け合う唯一無二の同志だった。セレナの広域魔法、リリアナとエルナの緻密な防衛、ソフィアの献身、そしてセラフィナの純潔な浄化。五つの才能が共鳴し、絶望的な数差は瞬く間に覆されていく。三千の咆哮が静まり返る頃、荒野には彼女たちの間に芽生えた、言葉を超えた絆の余韻だけが漂っていた。







硝煙と魔素が渦巻く荒野に、静寂が訪れようとしていた。三千の魔物を退けた代償は大きく、五人の令嬢たちは膝をつき、肩で荒い息をついている。誰一人として余力は残っていない。大魔導士の娘セレナの杖は重く垂れ下がり、リリアナとセラフィナも、光と闇の魔力を絞り尽くして顔色を失っていた。特にエルナの消耗は激しかった。彼女の誇りである人形たちは、激戦の末に四肢を失い、無残な残骸となって大地に転がっている。


その時、岩陰から一人の男が静かに姿を現した。彼は戦いの始まりから終わりまで、彼女たちの連携を、その正義の在り方を、ただ黙って見つめていた。


男が土の地面に片手を触れると、地響きと共に三つの巨大な影がせり上がった。それは緻密な魔力制御によって練り上げられた、体長三メートルにも及ぶ土のゴーレムだった。それもただの土塊ではない。流麗な甲冑を纏ったような「女戦士型」の造形は、動かずとも圧倒的な威圧感と、どこか彫刻のような美しさを放っている。


「これを使え」


男の短く、だが地響きのように響く声が五人の耳に届いた。エルナは破損した自らの人形を見つめ、絶望に近い無力感に苛まれていたが、目の前に現れた頑強な土の人形を見て目を見開く。それはマリオネットマスターである彼女にとって、最高の「依代」だった。だが、彼女たちにはそれを操る魔力すら残っていない。


苦痛に顔を歪める五人を見据え、男は静かに掌を天へと向けた。


「ホーリーバレット」


男が唱えたのは、本来なら攻撃魔法の名を冠した術だった。しかし、放たれた五つの光弾は彼女たちを傷つけるのではなく、優しくその胸元へと吸い込まれていく。その瞬間、空っぽだった彼女たちの魔力回路に、濁りのない純粋な魔力が爆発的に流れ込んだ。枯渇による激痛が消え、全身の細胞が活性化していく感覚。リリアナの闇も、セラフィナの聖なる光も、等しく、かつ急速に満たされていく。


「魔力が……これほど一瞬で?」


驚愕に震えるセレナを余所に、男は再び沈黙を守った。彼は彼女たちの博愛と正義を見届け、その志を繋ぐために現れたのだ。魔力を取り戻したエルナが、震える指先で新たな土の女戦士に不可視の糸を繋ぐ。ソフィアもまた、男の魔力によって再喚起された精霊の息吹を感じ取っていた。


荒野に立つ五人の令嬢と、謎の男。戦いは終わったが、新たな運命の歯車が回り始めたことを、満たされた魔力の熱が告げていた。







満たされた魔力の熱気が、静まり返った荒野に微かな震えをもたらしていた。魔力枯渇の底から引き上げられた五人の令嬢たちは、信じがたい回復速度に呆然としながらも、自らの身に起きた変化を確かめるように立ち上がる。その視線の先には、先ほど「ホーリーバレット」を放った男が、依然として石像のように佇んでいた。


見た目は二十五歳前後、身長は百七十五センチメートルほどだろうか。派手な装飾のない旅装を纏ったその姿は、一見すればどこにでもいる旅の魔導士のようだが、彼から漂う空気はあまりに深く、鋭い。男は何も語らず、ただ灰色の瞳で五人の娘たちを静かに眺めていた。


男は再び、その無骨な掌を大地に触れさせた。 「――土魔法」 静かな呟きと共に、地中の鉱成分が凝集し、鈍い光を放ちながら形を成していく。土塊は圧縮され、鍛え上げられた鋼をも凌駕する密度へと変貌を果たす。現れたのは、長さ三メートルに及ぶ強靭な大剣が三本。それは、先ほど彼が作り上げた女戦士型のゴーレムたちが手にするに相応しい、圧倒的な質量兵器であった。


「ズ、ズズ……」という重厚な音を立てて、大剣は三体のゴーレムの傍らへと置かれた。 エルナはその光景に息を呑む。傀儡師としての本能が、その大剣とゴーレムの完成度の高さに震えていた。これほどの規模の造形を、息一つ乱さず、かつ繊細な意匠を凝らして作り上げるなど、並の魔導士にできることではない。ましてや、属性の異なる五人全員の魔力を瞬時に、かつ完璧に充填してみせた手腕は、もはや理外の領域と言えた。


男は、彼女たちの驚愕や感謝の言葉を待つ様子もなかった。ただ、一歩引いた場所から、五人の娘たちが互いに手を取り合い、立ち上がる姿を観察している。その眼差しは、戦果を評価する冷徹な指揮官のようでもあり、あるいは、成長を待つ師父のようにも見えた。


博愛を掲げるソフィアが、代表するように一歩前へ出た。 「……貴方は、一体……」 問いかけは、風にさらわれて消える。男は口を閉ざしたまま、短く顎を引いて応えただけだった。寡黙なその佇まいは、語るべき言葉を持たないのではなく、成すべきことを成した者にのみ許される沈黙のようであった。


大魔導士の血を引くセレナも、死霊を操るリリアナも、天使を喚ぶセラフィナも、自分たちの背後に立つこの男の底知れなさを肌で感じていた。三体の女戦士型ゴーレムと、三本の巨大な剣。そして、満たされた魔力。男が残したそれらは、五人の絆をより強固なものへと変えるための、無言の贈り物だった。


夕闇が深まる荒野で、男の影が長く伸びる。彼は依然として動かず、五人の正義の行方を見守るように、ただ静かにそこに在り続けた。





激戦の余韻が残る荒野に、場違いなほど香ばしい匂いが漂い始めた。五人の娘たちが呆気に取られる中、寡黙な男は淡々と、しかし驚くべき手際で作業を進めていた。


男が地面を軽く叩くと、土が生き物のように盛り上がり、瞬く間に無骨ながらも機能的な大きな竈が姿を現した。「ストーンボード」――男が短く唱えると、薄く滑らかな石板が生成され、ぴたりと竈の上に据えられる。さらに、流れるような土魔法の行使は止まらない。大地から五人が囲めるほどの大きなテーブルがせり上がり、その上には精巧な五枚の皿と、五セットのカトラリーが並べられた。それは土で作られたとは思えないほど滑らかな質感を湛えていた。


男の視線が、先ほど彼女たちが打ち倒した魔物の残骸、フォレストバイソンへと向けられる。彼が軽く指を振ると、鋭利な風の刃が目にも止まらぬ速さで大気を切り裂いた。巨体は見事な手際で解体され、不純な部位は取り除かれ、最高級の赤身肉だけが適度な厚さにカットされていく。石板の上に乗せられた肉は、竈から伝わる熱によって「ジュー」という小気味よい音を立て、脂の弾ける香りが五人の空腹を猛烈に刺激した。


男は自らの「アイテムボックス」に手を伸ばし、小さな器に入った塩と胡椒を取り出すと、それを静かにテーブルの中央へ置いた。華美な味付けなどいらない。新鮮な獲物と、最低限の調味料。それが今の彼女たちにとって何よりの馳走であることを、彼は理解していた。


「腹が減っただろう。食えよ」


短く、突き放すような口調。しかしそこには、魔力枯渇と死闘で疲れ果てた彼女たちを労わる、無骨な優しさが滲んでいた。


博愛主義のソフィアが、真っ先にテーブルへと歩み寄った。彼女は男の作った土の椅子に腰を下ろし、香ばしく焼き上がった肉を一口運ぶ。 「……美味しい。体の中に、力が染み渡っていくようです」 その言葉を合図に、緊張の糸が切れたように他の四人も席についた。エルナは男が作ったカトラリーの重心の良さに驚き、リリアナは闇属性の自分を厭うことなく食事を振る舞う男の背中を、複雑な、しかし温かな眼差しで見つめる。


男自身は食事に加わることなく、少し離れた場所で夜の闇を見つめていた。五人の令嬢たちが、肉を咀嚼し、言葉を交わし、少しずつ笑顔を取り戻していく様子を、彼はただ静かな沈黙の中に受け止めている。正義を成した後のささやかな休息。それを守ることもまた、彼の役目であるかのようだった。








荒野の夜風に、じゅうじゅうと肉の焼ける音と、五人の令嬢たちが食事を運ぶ賑やかな音が混じり合う。凄絶な死闘を繰り広げた後ということもあり、彼女たちの消耗は常軌を逸していた。上品な侯爵令嬢のリリアナも、聖なる神官の娘セラフィナも、この時ばかりは礼儀を忘れ、夢中でフォレストバイソンの肉を頬張った。男が用意した十キログラムもの赤身肉は、五人の胃袋へと瞬く間に消えていく。その食べっぷりは、先ほどの勇猛な戦いぶりに勝るとも劣らない凄まじさだった。


男はそれを見届けると、ふっと口角をわずかに緩めたように見えた。彼は再び指先を動かし、今度は水魔法を行使する。大気中の水分が凝縮され、透き通るような氷のジョッキが五つ、テーブルの上に音を立てて並んだ。キンと冷えた氷の器は、焚き火の熱で火照った彼女たちの肌に心地よい冷気をもたらす。


男は「アイテムボックス」の深淵から、琥珀色に輝くエールの樽を取り出した。栓を抜くと、芳醇な麦の香りが周囲に広がる。彼は手際よく、氷のジョッキへとその黄金の液体を注ぎ入れた。純白の泡が盛り上がり、ジョッキの側面を冷たい雫が伝い落ちる。


「……ぷはっ! 生き返りますわ!」 大魔導士の娘セレナが、最初にジョッキを空にして声を上げた。他の面々も、冷えたエールを喉に流し込み、ようやく人心地ついたような表情を浮かべる。魔力は先ほどの「ホーリーバレット」で満たされたが、物理的な空腹と渇きが癒やされることで、彼女たちの瞳には真の意味で生気が戻り始めていた。


ふと石板の上に目をやると、あんなにあったはずの肉は既に残り数切れとなっていた。男は空になった皿と、まだ物足りなそうな彼女たちの視線を交互に見やり、焚き火の光に照らされながら低く呟いた。


「よお、まだ食うかい?」


その問いかけに、五人は一瞬だけ顔を見合わせた。名家の子女としての理性が一瞬だけブレーキをかけようとしたが、胃袋から上がる正直な叫びには勝てない。 「……もし、お許しいただけるのでしたら」 ソフィアが少し頬を赤らめて答えると、男は無言で頷いた。彼は再び風魔法の刃を振るい、残りのバイソンからさらに肉を切り出し始める。


男の寡黙な優しさと、冷えたエール。そして絶え間なく供給される焼き立ての肉。闇属性への偏見に悩むエルナやリリアナも、この瞬間だけは、己の属性や出自、そして世間の冷たい目など忘れていた。ただ、目の前の肉を食らい、隣にいる仲間と笑い、不思議な男の施しを受ける。


荒野のど真ん中で繰り広げられる奇妙な晩餐会は、夜が更けるのも忘れるほどに熱を帯びていった。男は黙々と肉を焼き続け、彼女たちの胃袋が満たされるまで、その手を止めることはなかった。




十キログラムを超える肉が消え、冷えたエールで喉を潤した五人の令嬢たちは、ようやく人心地ついた。荒野の夜風が火照った頬に心地よく、満腹感とともに穏やかな空気が場を包み込む。先ほどまで死線を彷徨っていたとは思えないほど、彼女たちの表情には柔らかな光が戻っていた。


代表するように、ソフィアが丁寧に口元を拭い、男に向き直った。その瞳には、救われたことへの深い感謝と、得体の知れない恩人への純粋な好奇心が宿っている。


「ごちそうさまでした。……あの、改めて伺ってもよろしいでしょうか。貴方は、どなたですか?」


焚き火の爆ぜる音が静寂の中に響く。男は動かず、ただ夜の闇を見つめていたが、やがて短く、地響きのような声で口を開いた。


「俺はフランク。……ただの旅人だ」


飾り気のない名乗り。だが、その名には不思議な重みがあった。フランクと名乗った男は、灰色の瞳を五人に向け、どこか感心したように言葉を継いだ。


「しかし、アンタたち、見事なもんだ。普通の魔法使いなら、三千もの魔物を前にすれば殲滅どころか、逃げ出すことさえままならないだろう。それをこれだけの短時間で片付けるとはな」


フランクの視線は、五人の立ち位置や、それぞれの召喚・使役術の痕跡をなぞるように動いた。


「パーティーのバランスもいい。召喚系の魔法使いが揃い、さらに傀儡師までいる。これだけの規模の軍勢を一人一人が自在に操り、かつ互いの隙を埋め合うような動き……。アンタたち、組んでから長いのかい?」


その問いに、五人は一瞬だけ顔を見合わせた。実はつい先ほど、戦場という極限状態の中で初めて出会ったばかりなのだ。出自も、背負っている属性も、悩みも異なる彼女たちが、まるで長年連れ添った仲のように連携できたのは、ひとえに彼女たちが共通して持つ「正義」と「博愛」の精神、そして卓越した技術ゆえだった。


リリアナが、少し自嘲気味に、だが誇らしげに口を開く。 「いいえ。私たちは、この戦いで初めて出会いましたの。偶然居合わせた者同士、ただ目の前の理不尽を許せなかった……それだけですわ」


フランクは意外そうに眉をわずかに動かした。初対面で、あの死霊術、天使召喚、人形演武を完璧に噛み合わせたというのか。 「……初対面でこれか。ますます気に入った」


フランクは再び石板に視線を落とし、火を落とさぬよう薪を足した。彼の無骨な横顔からは、彼女たちの正義が単なるお題目ではなく、命懸けの実践であることを認める、深い敬意のようなものが感じられた。


「面白い連中だ。正義感だけでは死ぬが、アンタたちにはそれを貫くだけの腕がある。……さて、腹が膨れたなら、これからの話をしようじゃないか」


夜はまだ深く、フランクという男の真意もまた、深い闇の中に隠されていた。しかし五人の心には、彼への警戒心よりも、次に彼が何を語るのかという期待が勝っていた。





焚き火の炎がパチパチとはぜ、フランクの問いかけが夜の静寂に溶け込んでいった。「それぞれ自己紹介してくれるかい?」という彼の言葉は、単なる好奇心ではなく、彼女たちの本質を見極めようとする静かな重みを持っていた。


五人は互いに視線を交わし、まず一歩前に出たのは、最も穏やかな空気を纏ったソフィアだった。 「私はソフィア。辺境の伯爵家の娘です。私は命あるもの、意志あるものを愛しています。精霊や神獣、ドラゴン、そして小さなスライムたち……彼らと心を通わせ、共に歩む『従魔術師』として、この力を正義のために使いたいと考えています」 彼女の言葉には、全ての生命を慈しむ博愛の精神が宿っていた。


次に、少し緊張した面持ちで人形の残骸を傍らに置いたエルナが口を開く。 「私はエルナ、子爵家の娘です。……見ての通り、私は闇属性の魔力を持って生まれました。そのせいで疎まれることも多いですが、私はこの『マリオネットマスター』という技術を誇りに思っています。人形は、正しく扱えば誰よりも忠実に弱き者を守る盾になります。傀儡魔法は人を操るためのものではなく、命を救うための技術だと証明したいのです」 差別に悩む彼女の瞳には、それでも折れない強い意志が光っていた。




続いて、リリアナが優雅に、だがどこか影を帯びた微笑を浮かべて名乗った。 「侯爵家の娘、リリアナと申します。私もエルナ様と同じく闇に愛され、死霊を呼び覚ます『死霊術師ネクロマンサー』の道を歩んでいます。世間は私たちを忌み嫌いますが、死者に再び役割を与え、現世の正義のために尽くしてもらうことは、決して禁忌ではないはず。私はこの技術で、救えるはずだった命の続きを守りたいのです」 その博愛主義は、生者だけでなく死者にまで向けられていた。




静かに祈るように手を組んでいたセラフィナが、鈴を転がすような声で継ぐ。 「私はセラフィナ。高位神官の娘として、天の声を届ける『天使召喚士』を任じております。この世界に満ちる悲しみを取り除き、聖なる光で人々を導くことが私の使命です。天使たちの力を借り、悪を排し、真の平和を築くために、私はこの命を捧げる覚悟でおります」 その言葉からは、一点の曇りもない正義への献身が伝わってきた。




最後に、堂々とした立ち姿で大魔導士の娘、セレナが締めくくった。 「私はセレナ。大魔導士の父を持ち、あらゆる存在をこの世に呼び出す『召喚士』です。特定の属性に縛られず、何でも使役できるこの力は、世界を調和させるためのもの。私は博愛を信条とし、力なき人々が怯えずに済む世界を作るため、この最強の軍勢を率いて戦います」




五人の自己紹介が終わると、フランクは顎に手を当て、一人一人の顔をじっくりと見つめた。光と闇、生と死、物質と精神。扱う力は違えど、その根底にある「正義」と「博愛」という共通の魂が、この荒野で一つの大きな奔流となったことを、彼は確信したようだった。


「……なるほどな。家柄も属性もバラバラだが、芯の一本通った連中だ」


フランクはそう呟くと、再び焚き火に目を向けた。彼の沈黙は、彼女たちの覚悟を自分の中に刻み込んでいるかのようだった。





「どうして3000もの魔物と戦うことになったんだい?」


フランクの問いは、静かではあったが、鋭く核心を突いていた。五人の令嬢たちは、先ほどまでの賑やかな食事の余韻を振り払うように、一様に表情を引き締めた。焚き火の爆ぜる音が、一瞬の沈黙を強調するように響く。


「……実は、この先にある小さな村から、助けを求める声が聞こえたのです」


最初に口を開いたのは、ソフィアだった。彼女の瞳には、今もなお消えない悲痛な光が宿っていた。 「私が通りかかった時、村は絶望に包まれていました。魔物の大群が森を飲み込み、人々を追い詰めようとしていたのです。私は迷わず彼らを救うために駆け出しました。そうしたら……」


「わたくしたちも、同じでしたの」 リリアナが言葉を引き継いだ。 「わたくしは、この近辺に眠る古代の魂のざわめきを感じて調査に参りました。そこで、無抵抗な人々が闇に飲み込まれようとする光景を目の当たりにしました。死霊術師として、そして侯爵家の者として、無辜の民が理不尽に命を散らすのを黙って見ていることなどできません」


エルナが頷き、人形の糸を弄びながら言葉を重ねる。 「私は、闇属性だというだけで村を追い出されそうになっていた家族を見つけました。彼らを襲おうとしていた魔物を止めるために人形を動かしましたが、敵の数は想像を絶していました。一体倒しても、その背後から十体、百体と……」


「それは、組織的な動きでした」 冷静に状況を分析したのはセレナだ。 「三千という数は、自然発生した暴走スタンピードとしてはあまりに異常です。まるで誰かに操られているかのように、一点を目指して集結していました。私たちがそれぞれの場所で戦い始め、やがてこの荒野に追い詰められる形で合流したのは、あるいは必然だったのかもしれません」


セラフィナが静かに天を仰ぎ、祈るように呟いた。 「私たちは、ただ正義のために動きました。光の加護を受ける者も、闇の宿命を背負う者も、目の前で失われようとする命を救いたいという願いは同じだったのです。三千という数は絶望的でしたが、天使たちの導きと、ここにいる皆さんの勇気が、私を支えてくれました」


五人の話を聞き終えたフランクは、深い溜息を吐き出すように、焚き火の煙を眺めた。 「……なるほどな。正義感に駆られて飛び込んだ結果が、この三千体との心中未遂か。博愛主義も大概にしないと、命がいくつあっても足りないぞ」


フランクの声には呆れが含まれていたが、その瞳の奥には、彼女たちの無謀なまでの純粋さを認めるような、奇妙な温かさが宿っていた。彼は立ち上がり、夜の闇が広がる森の奥を見据えた。


「だが、お前たちが救ったのは村だけじゃない。その三千体がそのまま進んでいれば、この先の街道も、その先の街も血の海だっただろう。アンタたちは、自分が思っている以上に大きな仕事を成し遂げたんだ」


フランクはそう言うと、再び地面に手を触れた。何かを警戒するように、あるいは、この異常な事態の「根源」を探るかのように。





「どうだい 君たち俺の魔法を覚えて見ないかい? 俺の魔法はこの世界の魔法とは違う。

詠唱もいらない 魔力切れも起こさない。君たちの魔法と相性はいいと思うけどな」


フランクの言葉が発せられた瞬間、荒野を支配していた夜の静寂が、今までとは質の異なる緊張感に塗り替えられた。


「詠唱がいらない……?」 セラフィナが、信じられないものを見るように呟いた。高位神官の娘として、厳格な法悦と長い祈りの言葉を捧げることで初めて天使を呼び降ろしてきた彼女にとって、その言葉は世界の理を根底から覆すものだった。


大魔導士の娘であるセレナもまた、驚愕に目を見開いている。 「魔力切れを起こさないなんて、そんなことが……。魔法とは体内の魔力を練り、代価として消費するもの。それが魔導の鉄則はずですわ。貴方の魔法は、一体どのような理論で成り立っているのですか?」


フランクは焚き火の火を弄びながら、淡々と答えた。 「理論、か。アンタたちの魔法が『自分のコップに溜まった水を汲み出す』ものだとしたら、俺の魔法は『世界という巨大な湖から、必要な時に必要なだけ水を導く』技術だ。蛇口のひねり方さえ覚えれば、コップの底を気にする必要はなくなる」


五人は息を呑んだ。それは、もし事実であれば魔法の歴史を数千年前まで遡って書き換えてしまうほどの革命的な概念だった。 何より、先ほど彼女たちの魔力を瞬時に満たした「ホーリーバレット」の異質さが、その言葉の信憑性を裏付けていた。




「俺の魔法は、君たちの召喚術や傀儡術と相性がいい。君たちは一度呼び出せば、あとは維持するために膨大な魔力を垂れ流し続けるだろう? その『維持』の部分を俺のやり方に変えるだけで、アンタたちの軍勢は不滅になる」




フランクは立ち上がり、彼女たち一人一人の瞳を真っ直ぐに見つめた。 「正義を貫くには力がいる。博愛を貫くには、倒れないための余裕がいる。どうだい、覚えてみるかい? もっとも、普通の修行よりはちいとばかりハードだがな」




闇属性への差別に苦しみ、常に「力不足」と「孤立」の恐怖と戦ってきたエルナとリリアナが、最初に顔を上げた。彼女たちの瞳には、未来を切り拓くための新たな光が宿っている。 ソフィアもまた、愛する従魔たちを二度と魔力切れで危険に晒したくないという強い願いを込め、静かに頷いた。


「お願いします、フランクさん。その魔法……教えてください」


五人の決意を聴いたフランクは、今日初めて、野性味のある不敵な笑みを浮かべた。 「いい返事だ。……じゃあ、まずは腹ごなしのランニングから始めるとするか。魔力を受け入れるには、まず頑丈な『器』を作らなきゃならねえからな」


夜明け前の蒼い光が差し始める中、伝説となる五人の令嬢と、謎の男フランクの奇妙な師弟関係が、この荒野から産声を上げた。







「走る……のですか?」


ソフィアが呆然とした声を上げた。名門の令嬢として、あるいは高名な魔導士として生きてきた彼女たちにとって、「修行」とは瞑想や古文書の読解、あるいは緻密な魔力制御の訓練を指すものであった。ドレスの裾を泥に汚して荒野を駆けるなど、想像の範疇を超えている。


しかし、フランクは彼女たちの当惑を気にする様子もなく、顎で遠くの丘を指し示した。 「そうだ。あそこの丘を三往復。魔力を巡らせながら走れ。体が悲鳴を上げ始めてからが本当の訓練だ。いいか、魔力を『使う』んじゃない、『回す』んだ」




有無を言わせぬ口調に、五人は顔を見合わせ、重い腰を上げた。大魔導士の娘セレナを先頭に、慣れない足取りで夜明け前の荒野へと駆け出していく。


彼女たちの背中を見送ると、フランクは一人、死体の山が築かれた戦場へと向き直った。 「さて、こっちはこっちで片付けるか。放置しておけば疫病の元だし、何より資源の無駄だ」


フランクは軽く指を鳴らした。その瞬間、彼の周囲の大気が震え、巨大な「アイテムボックス」の入り口が虚空に口を開く。彼は歩く。一歩進むごとに、周囲に転がっていたフォレストバイソンや魔狼、巨大なオークの死骸が、まるで見えない手に吸い込まれるように次々と虚空へ消えていった。


普通、これほどの質量のものを収納すれば、術者の精神や魔力に莫大な負荷がかかる。だが、フランクの足取りは羽のように軽い。彼は「世界から魔力を導く」その言葉通り、自己の限界を超越した次元で空間を操っていた。


三千もの死体を回収する作業は、彼の手に掛かれば単純な作業に過ぎなかった。時折、まだ使える素材を峻別し、土魔法で簡易的な防腐処理を施しながら、彼は黙々と戦場を「掃除」していく。


遠くの丘では、五人の令嬢たちが息を乱しながら走っているのが見えた。 「はぁ、はぁ……リリアナ様、大丈夫ですか……?」 「……ええ、死霊術師が、生きた体に鞭打つなんて……皮肉なものですわね」 弱音を吐きながらも、彼女たちの体からは微かに魔力の光が漏れ始めていた。フランクが言った「魔力を回す」感覚を、本能的に掴みかけているのだ。


三千の死体が消え、荒野が元の静寂を取り戻した頃、朝日が水平線から顔を出した。全ての回収を終えたフランクは、返り血一つ浴びていない衣服を払い、丘からふらふらになって戻ってくる五人を待ち構える。


「回収完了だ。……お疲れさん。これで少しは『器』が広がったはずだぜ」


朝日に照らされたフランクの姿は、昨夜よりも一層、底知れない威厳を放っていた。五人は疲れ果てて地面に倒れ込みながらも、自らの内側に、今までになかった「新しい魔力の流れ」が生まれ始めていることに気づき、驚愕に目を見開くのだった。





朝の清冽な空気を切り裂くように、フランクの声が響いた。 「みんな、俺の真似をしてくれ。――火」


その瞬間、彼の掌の上にテニスボールほどの大きさの火玉が、ふわりと浮かび上がった。それは魔法使いが一般的に行う「火炎の生成」とは、明らかに異質だった。通常、魔法を放つ際には魔力を練り上げる予備動作があり、術者の周囲にはその魔圧による風や火花が散るものだ。しかし、フランクの火玉にはそれがない。まるで、そこにある空気が最初から火であったかのように、あまりにも自然に、そして静かに存在していた。




「詠唱も、魔法陣も……なしに?」 セラフィナが震える声で呟いた。彼女たち五人は、それぞれのやり方で魔力を集中させようとする。 大魔導士の娘セレナは、己の膨大な魔力を指先に集めようとし、死霊術師のリリアナは闇の魔力を火へと変換しようと試みる。だが、フランクは首を横に振った。


「違う。自分の中の魔力を火に変えようとするな。それは『自分の水』を使う古いやり方だ。そうじゃない。周囲の空間を見てみろ。そこら中に『火の種』が漂っているだろう? そいつらに、ちょっとだけ自分の魔力を触れさせて、ここに集まってくれと頼むんだ」


「世界にある魔力を導く……」 ソフィアが目を閉じ、フランクの言葉を反芻する。博愛主義の彼女にとって、「命あるものに頼む」という感覚は理解しやすかった。彼女は自分の魔力を「放出」するのではなく、薄く、広く、周囲の空間に浸透させるように広げていった。

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