領都への道
害獣の騒ぎから、一日。
畑は、静かだった。
昨日の夜が嘘みたいに、作物は朝露に濡れて揺れている。
「……本当に、無事だ」
村人の誰かが、ぽつりと呟いた。
俺は畝の間を歩きながら、葉の裏を確かめる。
噛み跡も、踏み荒らしも、もう増えていない。
(ひとまず、山は越えたな……)
その時だった。
村の入り口から、重たい足音が聞こえてきた。
昨日とは違う、規則正しい音。
鎧が擦れる金属音。
馬の鼻息。
嫌な予感が、背骨をなぞる。
現れたのは――
騎士団だった。
先頭の騎士が馬から降り、まっすぐ俺を見た。
「佐倉耕平。
領主ヴァルガス様より、正式な召喚状だ」
差し出されたのは、封蝋の付いた書状。
村人たちの間に、ざわめきが走る。
「昨日の今日で、もう……」
「害獣の件も、見られていたのか……?」
俺は、ゆっくりと書状を受け取った。
(やっぱり、逃げ場はないか)
騎士は淡々と続けた。
「本日中に出立。
拒否は許されない」
村長が、俺の隣に立った。
「若いの……行くのか」
視線が、集まる。
不安と、期待と、恐れが混ざった目。
俺は少しだけ考えてから、答えた。
「……行きます」
行かなければ、この村は守れない。
行っても、何が待っているかは分からない。
それでも。
「俺がいなくなっても、
堆肥は続けてください。
水やりも、間引きも、今まで通りで」
村人たちは、無言で頷いた。
出立の準備は、あっという間だった。
荷物は少ない。
着替えと、筆記用具と、村でもらった乾パン。
村の入り口で、村人たちが並んで見送ってくれる。
例の子供が、俺の袖を引いた。
「ねえ、賢者様」
「だから、その呼び方はやめて」
「……また、戻ってくる?」
一瞬だけ、言葉に詰まった。
でも、俺ははっきり言った。
「戻るよ。
この畑、俺の“最初の仕事場”だから」
子供は、ぎゅっと拳を握って頷いた。
村長が、深く頭を下げる。
「若いの……いや、耕平。
この村は、お前の帰りを待っている」
「……必ず」
騎士団に囲まれ、俺はコガネ村を後にした。
初めて見る、舗装された街道。
石で固められた道は、村の土道とはまるで違う。
進むにつれて、行き交う人の数が増えていく。
商人、旅人、兵士。
「……この先が、領都ですか」
「そうだ」
騎士の短い返事。
やがて、遠くに見えてきたのは――
巨大な城壁だった。
(でか……)
村の柵とは、スケールが違う。
“守る”というより、“支配する”ための壁。
門をくぐった瞬間、空気が変わった。
香辛料の匂い。
鉄と油の匂い。
人の熱気。
そして――
貧富の差が、あからさまな街。
豪華な馬車の横で、裸足の子供が荷を運んでいる。
笑っている貴族のすぐそばで、農民が頭を下げている。
(……同じ国、なんだよな。これ)
俺は、思わず拳を握った。
騎士が、前を指差す。
「見えてきた。
あれが、ヴァルガス様の城だ」
そびえ立つ城。
重厚な門。
ここに、俺を嘲笑った“領主”がいる。
(剣も、魔法もない。
あるのは……知識だけ)
それでも。
(この知識で、どこまで行けるか――
やってみるしかない)
城門が、ゆっくりと開いた。
こうして俺は、
農民でも、賢者でもない、ただの“異物”として
領都へ足を踏み入れたのだった。
領都への道




