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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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値が上がる理由

最初に異変を口にしたのは、いつも静かな宿屋の主人だった。

「……最近、粉が入りにくくなってませんか」

アグリの仮事務所に、直接足を運んできたのは珍しい。

「入りにくい、とは?」

ミーナが帳面を開きながら聞き返す。

「いや、量は来る。

 ただ……前より値が上がってる」

その言葉に、室内の空気が少しだけ重くなった。

粉、小麦、砂糖、ナタネ油。

ここ最近、どれも少しずつ値が上がっている。

急騰ではない。

だが、確実に「前提」が変わり始めていた。

「仕入れ値が上がっているのは事実です」

ミーナが淡々と答える。

「市場全体が動いています」

「市場……ですか」

主人は、言葉を選ぶように続けた。

「俺たちは、アグリがあるから助かってた。

 値が安定して、量も読める。

 でも……」

少し、言いづらそうに視線を落とす。

「最近は、“もっと高く買う”って話が回ってきてる」

その瞬間、点と点がつながった。

「どこから?」

俺が聞くと、主人は小さく答えた。

「商人です。

 名前は……サイード、と」

沈黙が落ちた。

「……やっぱりか」

誰かが、かすかに息を吐いた。

数日後、同じ話が別の場所からも届いた。

行商人。

食堂。

加工職人。

内容は似ている。

・アグリ経由より高く買う

・量はまとめて引き取る

・長期契約も可能

条件は悪くない。

むしろ、魅力的だ。

「農家の方にも、直接声をかけています」

ミーナが報告する。

「“今より高く買う”と」

それは、農家にとっても揺れる話だった。

「サイードは、何をしている?」

俺がそう聞くと、ミーナは即答した。

「市場を動かしています」

違法ではない。

脅しでもない。

ただ、資金と流通網を使って、需要と価格を押し上げている。

数日後、サイード本人が姿を見せた。

「困っている、と聞きました」

相変わらず、穏やかな口調だった。

「あなたの仕業だな」

俺がそう言っても、彼は眉一つ動かさない。

「私は、市場原理に従っているだけです」

「結果として、今までの取引先が苦しんでいる」

「それも、市場です」

迷いのない答えだった。

「需要がある以上、価格は上がる。

 それを抑える理由はありません」

「独占する気か?」

俺の問いに、サイードは少しだけ笑った。

「独占、とは違います」

そう言って、ゆっくりと言葉を選ぶ。

「私は、高値で買っているだけです。

 売るかどうかを決めるのは、農家でしょう?」

責任は、常に相手に委ねられている。

「お金は、誰も不幸にしません」

サイードは、静かに言った。

「選択肢を増やすだけです」

その言葉は、正しい。

だが――正しさは、必ずしも優しさじゃない。

サイードは続ける。

「アグリは素晴らしい組織です。

 ですが……」

一拍、間を置いた。

「価格を決める権限を、持ちすぎている」

「だから、壊す?」

「いいえ。

 “試している”のです」

市場に晒されたとき、

その仕組みが耐えられるかどうかを。

「私は、敵ではありません」

サイードはそう言って、席を立った。

「ただ、先に動いているだけです」

扉が閉まったあと、誰もすぐには口を開かなかった。

ミーナが、静かに言う。

「……このままでは、アグリが“価格を決める存在”だと見られます」

「そうだな」

「それは、いずれ独占だと言われる」

否定できなかった。

アグリは、守るために集めた。

だが、集めたことで、力を持ってしまった。

「……仕組みを変える必要がある」

俺がそう言うと、皆がこちらを見た。

「誰も、価格を独占できない形に」

サイードは、その弱点を正確に突いてきた。

だからこそ――

ここから先は、彼の土俵では終わらせない。

市場が上がる理由は、分かった。

次は、

誰も握れない市場を、どう作るかだ。

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