黄色い花の価値
寒さの厳しい土地は、音が少ない。
風が吹けば布が鳴り、踏みしめれば雪混じりの土が軋む。それ以外の音が、ほとんどない。
ルーデン村――アグリに届いた相談の中でも、特に「作物が育たない」と繰り返されていた村だ。
土は悪くない。水もある。だが、霜と低温がすべてを止めてしまう。
畑を一通り見て、俺は確信した。
(敵は作物じゃない。環境だ)
村長の家で話を聞いたあと、村の外れを歩いていたときだった。
寒さの中でも、やけに目立つ色があった。
「……黄色?」
灰色と茶色ばかりの景色の中で、そこだけが浮いて見える。
近づくと、小さな花が群れて咲いていた。
「これは……」
膝をついて葉に触れる。
寒さにやられていない。茎も強い。
「ナタネだな」
村人が首を傾げる。
「その名前は知りませんが……昔からある花です。
春先になると咲いて、家畜の邪魔にならないから放ってあるだけで」
「踏まれても、刈られても?」
「ええ。強い草です」
俺は、しばらく花畑を眺めてから立ち上がった。
「この作物、寒さに強い。
それだけじゃない。使い道も多い」
村人たちの視線が集まる。
「まず、種が取れる。
その種から、油が搾れる」
ざわり、と小さく空気が動いた。
「油、ですか?」
「ええ。灯りにもなるし、保存にも使える。
料理にも使えるし、寒さ対策にもなる」
ここで、誰かが疑問を口にした。
「でも、油なんて、そんなに必要でしょうか」
その問いは、もっともだった。
今の村の暮らしでは、油は贅沢品に近い。
「必要になる」
俺は、はっきり言った。
「寒い土地では、油は“燃料”だ。
火を起こすためだけじゃない。
熱を保つために使える」
布。木枠。二重構造。
先ほど見てきた畑の対策と、頭の中で線がつながる。
「布に油を染み込ませれば、風を通しにくくなる。
火を直接使わなくても、温度は保てる」
村人たちは、顔を見合わせた。
「そんな使い方が……」
「できます。
この土地に合ったやり方で」
俺は、ナタネ畑をもう一度見渡した。
「寒い土地は、寒い土地の価値がある。
無理に南と同じ作物を作る必要はない」
ナタネは、すでにここにある。
誰にも見向きもされず、だが確かに根を張っている。
「まずは、踏まないで残してください。
来季は、種の取り方を教えます。
増やすのは、それからでいい」
村長が、深く頷いた。
「……捨てなくていいものだったんですね」
「ええ。
気づいてなかっただけです」
畑を増やす話でも、奇跡の作物でもない。
ただ、すでにあるものの見方を変えただけだ。
帰り際、再び黄色い花畑を見る。
(油か……)
頭の中では、すでに次の工程が動き始めていた。
搾る道具。
乾かす方法。
そして――寒さを「消す」のではなく、「逃がさない」仕組み。
この村は、まだ変わっていない。
だが、変わる準備は整った。
黄色い花は、静かに風に揺れていた。




