寒さの中で生き残るもの
アグリに届いた依頼は、これまでとは少し性質が違っていた。
作物が育たない。
水が足りないわけでも、土が痩せているわけでもない。
ただ、寒さが厳しすぎる――それだけの理由だった。
村の名は、ルーデン村。
領地の北寄りに位置し、冬になると霜が長く残る土地だという。
畑に立った瞬間、その言葉に嘘がないことはすぐに分かった。
土は黒く、団粒も崩れていない。
踏めば、しっかりと弾力が返ってくる。
「土自体は、悪くないですね……」
村長の言葉に、俺は小さく頷いた。
「ええ。問題は、畑じゃない」
視線を上げると、冷たい風が容赦なく吹き抜けていく。
日が昇っても、地面の温度がなかなか上がらない。
「作物の前に、環境が敵です」
その言葉に、村人たちは静かに息を呑んだ。
肥料でも、水でもない。
敵が“気候”だと分かってしまうと、どうしていいか分からなくなる。
俺は畑の一角に立ち、ゆっくりと周囲を見回した。
「寒さを消す必要はありません」 「必要なのは、逃がさないことです」
そう言って、地面に簡単な線を描く。
「昼に受けた熱を、夜まで残す」 「それだけで、作物の耐え方は変わります」
木枠を組み、布を張る。
一枚では足りないから、二重にする。
風を遮り、空気を閉じ込める。
「……囲う、だけですか?」
「ええ。暖めるわけじゃない」
俺は、布越しに差し込む光を指差した。
「ここでは、これで十分です」
(簡易ビニールハウスだ)
心の中で、そう呼びながら、言葉にはしなかった。
半信半疑のまま作られた囲いは、翌朝、はっきりと違いを見せた。
霜は、外の畑には残っている。
だが、囲いの中だけは、葉の縁が凍りついていない。
「……止まってる」
誰かが、ぽつりと呟いた。
寒さが消えたわけじゃない。
ただ、作物に届いていない。
それだけで、畑は息を吹き返し始めていた。
ひと息ついたあと、俺は畑の外れへと足を延ばした。
人の手がほとんど入っていない場所。
放置されたままの土地に、寒風の中でも色を失わない一角があった。
黄色い花が、揺れている。
「……これ」
しゃがみ込み、葉に触れる。
冷たいはずの土に、根はしっかりと張り付いている。
村人が、気にも留めない様子で言った。
「昔から咲いてますよ。きれいな花でしょう」 「邪魔にもならんし、家畜も踏まないんで、そのままです」
俺は、何も言わずに花畑を見渡した。
寒さに晒されながら、
守られることもなく、
それでも毎年、同じように咲いている。
畑に戻ると、村人たちはまだ囲いの中の作物を覗き込んでいた。
霜を避けられた葉を、何度も確かめている。
まずは、それでいい。
この土地でも、作物は続けられる。
寒さは、管理できる。
その事実が、村に残る。
俺は、もう一度だけ黄色い花の方へ視線を向けてから、村人たちの輪に戻った。




