捨てるものに、値段をつける
再生舎と仮に呼ばれた納屋は、数日で様子が変わった。
サトウキビの搾り滓、藁、家畜の糞。
どれも少しずつ増え、置き方を誤ると匂いが出始める。
管理を間違えれば、ただ再生舎、そう仮に呼ばれるようになった納屋は、わずか数日で空気が変わっていた。
最初は、ただの空き納屋だった。
床に敷いた藁も新しく、木の壁からはまだ乾いた匂いがしていた。
だが今は違う。
サトウキビの搾り滓が積まれ、
脱穀後に残った藁が束ねられ、
家畜小屋から運ばれてきた糞が、決められた区画に置かれている。
どれも、農業にとっては「出るもの」だ。
使い道がなければ、邪魔になるものでもある。
置き方を誤れば、すぐに匂いが立つ。
水分が多ければ腐り、少なければ乾いて飛ぶ。
虫も寄る。
管理を間違えれば、再生舎は一気に「厄介者の集積所」に逆戻りする。
その様子を、カイルは黙って見ていた。
声を荒げることもなく、
誰かを急かすこともなく、
ただ、運ばれてきたものを確認し、帳面に書き込み、配置を少しずつ変えていく。
だが、その横顔は決して楽観的ではなかった。
夕方、作業が一段落し、納屋の扉を閉めようとしたときだった。
帳面を閉じたミーナが声をかけるより先に、カイルが口を開いた。
「……耕作さん」
その声には、いつもの軽さがなかった。
「このままだと、善意だけに頼る形になります」
静かな言い方だったが、言葉は重い。
「今は、捨てなくていいからって理由で持ってきてくれてます。でも……量が増えたら、話は変わります」
彼は、積まれた搾り滓に視線を向けた。
「運ぶのは手間です。臭いもある。置き場を空ける必要もある。それを“善意”で続けろって言うのは、無理があります」
ミーナが、ゆっくりと頷いた。
「……確かに。今は協力的でも、いずれ『面倒だ』という声は出ますね」
誰も否定しなかった。
むしろ、その通りだという空気があった。
俺は、しばらく再生舎の中を見回してから、静かに言った。
「……金を払って貰おう」
一瞬、空気が止まった。
「払う、ですか?」
ミーナが、思わず聞き返す。
「捨てるものに?」
「だからこそだ」
俺は、床に置かれた木箱を指で叩いた。
「これは“ゴミ”じゃない。でも、持ってくる側の労力は本物だ」
運ぶ距離。
臭いへの耐性。
保管場所を空ける判断。
どれも、仕事だ。
「無償にすると、必ず歪む。対価があるから、役割になる」
カイルが、ゆっくりと息を吐いた。
「……回収業、ですね」
「そうだ」
俺は頷く。
「作物を作る仕事の裏側を回す仕事だ。目立たないが、止まったら全部が止まる」
もちろん、すぐに儲かる話じゃない。
むしろ、しばらくは赤字になる。
だから、次の話になる。
「場所も必要だ」
俺は地図を広げ、指で領都の外れを示した。
「町の中じゃ無理だ。匂いも出るし、人の出入りも増える」
そこは、使われなくなった古い空き地だった。
人が住んでおらず、周囲に畑も少ない。
「……買うんですか?」
ミーナが計算用の板を手に取る。
「借りるより、買う」
即答だった。
「逃げ道を作らない」
それは、覚悟の言葉だった。
ミーナが、すぐに数字を弾き始める。
「アグリの予算だけでは、足りません」
「足りない分は、俺が出す」
間を置かずに答えた。
「個人で、ですか?」
「再生舎は、まだアグリの正式事業じゃない。
だから、俺が背負う」
カイルが、思わず顔を上げた。
「それは……重すぎます」
「勘違いするな」
俺は、はっきりと言った。
「これは投資じゃない。保険だ」
土が死ねば、作物は終わる。
作物が終われば、アグリも終わる。
「だから、今やる」
沈黙が落ちた。
しばらくして、カイルが深く頭を下げた。
「……必ず、無駄にしません」
「無駄にしていい」
俺は首を振る。
「失敗してもいい。記録に残せ。それが次の誰かの役に立つ」
成功だけを残す農業は、長続きしない。
こうして決まった。
回収には金を払う。
町外れに処理場を買う。
赤字でも、始める。
派手な成功ではない。
誰も拍手しない仕事だ。
だが――
続けるためには、必要な決断だった。
再生舎は、この日、
「理念」から「仕事」へと、静かに形を変えた。




