「捨てられていたものの値段」
その翌日、カイルはまた農園に来た。
今度は帽子を回していない。
代わりに、肩から下げた袋を地面に置いた。
「……聞いて回ってきました。
で、正直に言います」
袋の口をほどくと、中から乾いた黒褐色の塊が見えた。
土ではない。
だが、土よりも強い匂いがする。
「コウモリの糞です」
俺は眉を上げた。
「洞窟の天井に溜まってたやつを、少しだけ。
村の人は“汚いから近づくな”って言ってました」
カイルは、指で一粒つまみ上げる。
「でも、作物の色が一番良かった畑、
よく調べたら、上流に小さな洞窟があって、
雨のたびにこれが流れ込んでたんです」
なるほど、と思った。
理屈は単純だ。
コウモリは昆虫を食べる。
糞には、窒素とリンが多い。
「他にもありました」
カイルは、別の紙を広げる。
「村の外れのゴミ捨て場です。
野菜くず、麦殻、豆の皮、藁、食べ残し」
そこには、俺が見慣れた“農業の副産物”が並んでいた。
「今までは、焼くか、放っておくか。
ひどい所だと、川に捨ててました」
その言葉に、少し空気が重くなる。
「でも、よく見たら、
全部、堆肥の材料でした」
俺は、静かに頷いた。
「つまり」
「はい。
土が痩せる前に足りなくなっているのは、
“栄養”じゃなくて、集める役です」
村人は、堆肥を作る知識がないわけじゃない。
ただ、手間がかかりすぎる。
「だから、考えました」
カイルは、少し息を整えて続けた。
「俺がやりたいのは、
“堆肥屋”じゃなくて、
ゴミ収集業者です」
その言葉は、意外に軽かった。
「各村を回って、
野菜くず、藁、糞、落ち葉、
ついでに、コウモリの糞みたいな“放置されてる宝”も集める」
俺は、腕を組んだ。
「で、どうする」
「混ぜます。
村ごとに配合を変えます」
即答だった。
「家畜が多い村は、糞が多い。
畑が多い村は、藁が多い。
洞窟がある村は、コウモリの糞が手に入る」
紙の端に、小さな図が描かれている。
山積みの材料。
ひっくり返す人。
時間。
「発酵は、待つしかない。
でも、待つ場所と役割があれば、畑は待たなくて済む」
なるほど、と素直に思った。
堆肥作りが進まない理由は、
知識不足でも怠慢でもない。
“誰の仕事でもない”からだ。
「農薬は?」
そう聞くと、カイルは首を振った。
「薬は最後です。
まず、虫の種類を記録します」
そこも、具体的だった。
「どの虫が、いつ、どこに出たか。
どの作物を食べたか。
周りに何があったか」
帳面の端に、虫の簡単な絵まで描いてある。
「それで、どうしても止まらない時だけ、
灰、水、発酵液みたいな軽い防除を使う」
強い薬は使わない。
使うとしても、限定的に。
「畑を守るんじゃなくて、
土を壊さない範囲で、虫と折り合いをつける」
俺は、少しだけ笑った。
「地味だな」
「はい。
めちゃくちゃ地味です」
だが、カイルは胸を張った。
「でも、これやらないと、
五年後、畑は必ず文句を言います」
その言葉に、迷いはなかった。
「……名前は?」
そう聞くと、カイルは一瞬だけ考えた。
「まだです。
まずは、ゴミを集めます」
それでいい、と俺は思った。
アグリが、流れを作る。
カイルは、その流れの“底”を支える。
目立たない。
だが、崩れたら全部が止まる場所だ。
「やれ」
短くそう言うと、カイルは深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
立ち去る背中を見ながら、俺は思った。
作物を増やす話は、もう十分だ。
次は――
捨てていたものを、仕事に変える話だ。
農業は、
畑だけじゃなく、
ゴミ捨て場からも始まる。




