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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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土を預かる話

アグリの仮事務所を出ようとしたとき、カイルが外で待っていた。


 いつもの軽さがなく、帽子を手の中で何度も回している。


「……耕作さん。少し、時間いいですか」


 その声で、ただ事じゃないと分かった。


 俺は頷き、荷を置いてから腰を下ろすよう促した。


「どうした」


 少し間があった。


 言葉を選んでいるというより、どこから話せばいいか迷っている様子だった。


「俺……ミーナの手伝いを続けるつもりです。

 アグリの記録も、分配も、見てて分かる。あれは一人じゃ回らない」


 それは、もう知っている。


 だが、今日の本題はそこじゃない。


「でも、その前に……どうしても気になってることがあるんです」


 カイルは、土のついた指を見つめながら続けた。 


「作物を増やす話は、ここまででかなり進みました。道具も、仕組みも、だいぶ揃ってきた。

 でも……土そのものは、どうでしょう」


 その言葉に、俺はすぐに返さなかった。


 代わりに、少しだけ深く息を吸った。


「続けて」


「はい。どの村も、今は何とか回ってます。

 でも、畑を広げれば、必ず土が痩せる。

 収穫量が増えた分、土から持ち出してるものも増えてる」


 彼は、決して感情的にならない。


 ただ、現実を一つずつ並べていく。


「堆肥が足りません。家畜の糞だけじゃ追いつかない村も出てきてる。それに……虫です」


 そこで、言葉が少し重くなった。


「今年は大丈夫でも、来年、再来年は分からない。

 今のやり方だと、被害が出てから慌てて対処することになる」


 俺は、ゆっくりと頷いた。


「つまり」


「はい。作物を作る前の段階と、守る段階。

そこを、ちゃんと形にしたいんです」


 堆肥と、害虫対策。


 どちらも地味で、目立たない。


 だが、農業の根幹だ。


「アグリの中に、全部入れるべきだと思いますか?」


 カイルは、問いかけるように言った。


「それとも……別で考えた方がいいでしょうか」


 少し前なら、俺は即答していたかもしれない。


 だが、今は違う。


「……別にした方がいい」


 カイルが顔を上げる。 


「理由は?」 


「役割が違うからだ。 アグリは“集めて、回して、分ける”場所だ。土を育てる仕事は、もっと長い目で見る必要がある」


 堆肥は、すぐに結果が出ない。


 農薬――いや、正確には防除は、使い方を誤れば畑を壊す。


「責任も、時間軸も違う。 だから、同じ箱に入れると、どちらも歪む」


 カイルは、納得したように息を吐いた。


「……ですよね」


 少し迷ってから、彼は続けた。


「だから、俺は考えました。堆肥と、防除。

 そこを専門にする“場所”を作りたい」


 会社、とは言わなかった。


 だが、意味は同じだ。


「村ごとの残渣を集めて、堆肥にする。どういう配合がいいかを記録する。虫が出たら、いきなり薬を撒くんじゃなくて、どういう虫で、どこから来たのかを調べる」


 俺は、思わず小さく笑った。


「ずいぶん、真面目だな」


「ミーナの帳面見てると、誤魔化せなくなるんです」


 それは、褒め言葉だった。


「耕作さん」


 カイルは、はっきりと言った。


「俺、土を預かる役をやりたい。

 作物じゃなくて、土と畑を“次に渡す”仕事です」


 一瞬、農園の風景が頭に浮かんだ。


 畑を広げ、作物を増やし、人を集める。


 その裏で、必ず誰かが土を痩せさせる。


「……覚悟はあるか」


「あります。結果が出るのが遅いのも、文句を言われやすいのも、分かってます」


 それでも、目は逸れなかった。


「すぐに始める必要はない」


 俺は、ゆっくりと言葉を選ぶ。


「まずは、相談だ。どの村が何に困っているか。

 堆肥が足りないのか、虫が多いのか、原因は何か」 


「はい」


「その上で、少しずつ形にしろ。

 名前も、規模も、今は決めなくていい」


 カイルは、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


 立ち上がりかけて、ふと足を止める。


「……あの」 


「ん?」


「これ、ミーナには……」


「自分で話せ。帳面に書かれる覚悟があるならな」 


 苦笑いが返ってきた。


 カイルが去ったあと、俺は一人で土を握った。


 乾いてもいない。


 濡れすぎてもいない。


(作物を育てる話は、もう始まってる)


 次は――

 土を、どう残すかだ。

 アグリの外側で、

 もう一つの歯車が、静かに回り始めようとしていた。

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