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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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「甘さが巡る場所」

乾いた砂糖の粒は、小さな布袋に分けて包まれた。


量はまだ多くない。だが、持ったときの軽さと、指先に残る確かな感触が、これまでとは違う手応えを伝えてくる。


「……これが、完成形ですか?」


ミーナが、袋の一つを受け取りながら尋ねた。


問いというより、確認に近い口調だった。


「完成じゃない。でも、“扱える形”にはなった」


俺はそう答え、残りの袋を机の上に並べた。


アグリの仮の事務所。


記録用の板と帳面が置かれ、まだ倉庫と呼ぶには心許ない場所だ。


「扱える、というのは……」


「保存できる。分けられる。運べる。

 それだけで、価値は一段階上がる」


ミーナは頷きながら、帳面を開いた。


「作物として登録する、ということですね」


「正確には、“加工品”だな」


その言葉に、少しだけ空気が変わった。


畑で取れるものではあるが、畑だけで終わらない。


「砂糖……」


レオンが、口の中で言葉を転がすように呟く。


「甘いのに、ただのおやつじゃない感じがします」


「保存食で、調味料で、交易品だ」 


俺は一つずつ、指で数える。


「薬にもなる。疲労回復、栄養補助、保存の補助。

 用途が多いということは、それだけ需要が散る」


「一部が売れなくても、全部が無駄にならない」


エマが、楽しそうに補足する。


「それ、作る側からすると安心だよね。

 “一種類に賭けない”ってことだから」


その言葉に、ミーナのペンが一瞬止まった。


「……確かに」


彼女は、帳面に新しい項目を作り始める。


品名。

原料。

加工工程。

保存条件。

想定用途。


「砂糖、でいいですか?名前は、そのままで」


「いい。余計に飾る必要はない」


むしろ、そのままだから伝わる。 


「ただし、注意書きは入れておこう」


「注意書き?」


「一度に大量に食べない。湿気を避ける。火に直接近づけない」


ミーナは少し驚いた顔をしたが、すぐに理解したように頷いた。


「……管理が必要な作物、ですね」


「そうだ。だから、アグリで扱う意味がある」


誰か一人の畑で完結させるには、用途が広すぎる。


だが、組織で分ければ、無理がない。


リリアンヌが、静かに言った。


「これが広まれば、村の食事も変わりますね」


「少しずつ、な」


一気に変える必要はない。


変わる余地がある、というだけで十分だ。


「まずは、共有だ」


俺は袋をいくつか分け、用途別に置いた。 


「調理用。

 保存用。

 試作用」


「……試作用?」


「料理人や菓子職人が、どう使うか考えるためだ」


エマが、少し目を輝かせる。


「それ、面白くなりそう。

 使い方次第で、価値が増える」


「増えすぎても困るけどな」


そう言うと、皆が小さく笑った。


笑いが収まったあと、ミーナが改めて口を開く。 


「では、これはアグリとして正式に扱います。

 作った村の名前と量を記録して、

 売却した場合は、他の作物と同じく分配します」


「無理はしない」


「はい。最初は、実験的に」


その言葉に、俺は少し肩の力が抜けた。


アグリは、まだ走り出したばかりだ。


完璧な仕組みじゃない。


だが、“扱いきれる範囲で試す”という姿勢は、ちゃんと根付いている。


机の上に並んだ、まだ少量の砂糖。


それは、畑から生まれたが、畑だけのものではない。


「……甘さって、分けられるんですね」 


レオンのその一言が、妙に胸に残った。


「分けられる。だから、続く」


誰かの手元で終わらせない。


組織の中を巡らせる。


砂糖は、今日、アグリの一員になった。


そしてきっと、次は別の形で、別の場所へ広がっていく。


帳面を閉じたところで、戸口の方から、少し控えめな気配がした。


「……耕作さん、今、少しいいですか」


振り向くと、カイルが立っていた。


いつもの軽さはなく、言葉を選んでいる様子がはっきり分かる。 


「今すぐ答えが欲しい話じゃないんです。

 ただ……アグリが動き始めた今だからこそ、

 一度、相談しておきたくて」


皆が自然と席を外し、部屋の空気が少し落ち着く。


「堆肥と……それから、害虫対策のことです。

 村ごとにやるには限界があると思っていて……」


そこまで言って、カイルは一度言葉を切った。


「まだ、形にはなってません。

 今日は、話がある、というところまででいいです」


俺は頷き、椅子を引いた。


「分かった。続きは、改めて聞こう」


砂糖の袋が並ぶ机の横で、

次の課題が、静かに輪郭を持ち始めていた。

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