甘さの正体
農園に戻ってからも、サトウキビは庭先に積まれたままだった。
特別扱いするわけでもなく、かといって納屋に放り込むわけでもない。
通るたびに目に入る場所に置いてある。
理由は単純だった。
忘れないためだ。
「……やっぱり、草に見えるよね」
朝、エマがサトウキビの束を眺めながら、そんなことを言った。
言葉は軽いが、視線は真剣だ。
「村で使われなかった理由が、見た目だけなら納得できる。
噛めば甘いけど、それ以上の想像が広がらない」
「噛んで終わりだと、嗜好品にもならないからな」
俺は一本持ち上げ、手の中で重さを確かめる。
水をたっぷり含んだ、ずっしりとした感触。
「甘さは、ここに全部詰まってる。
問題は、どうやって“量”として扱うかだ」
レオンが、少し考えながら言った。
「……前に言ってましたよね。
価値になるかどうかは、量と保存だって」
「そうだ。
一杯分の甘さは、感心されて終わる。
十日分、百人分になって、ようやく“資源”になる」
エマは、地面にしゃがみ込み、棒で簡単な図を描き始めた。
並んだ二つの円。
それを繋ぐ軸。
「潰すなら、これが一番分かりやすい。
刃じゃなくて、圧。
切るより、押し出す」
「ローラーだな」
「うん。
二本並べて、手で回す。
力は要るけど、構造は単純。
壊れても直せる」
その言葉に、俺は少し安心した。
彼女の発想が、ちゃんと畑の側に寄ってきている。
「一気に完璧を目指さなくていい。
まずは、汁が取れる形を作ろう」
試作は、その日のうちに始まった。
丸く削った木材を二本、金属の軸で固定する。
間隔は、サトウキビが無理なく挟まる程度。
「潰しすぎると、繊維が絡む」
「軽く押して、繰り返す方がいい」
そんなやり取りをしながら、最初の一本を通す。
きし、と音がして、透明な汁が落ちた。
「……出た」
レオンが、少し驚いたように声を上げる。
量は多くない。
だが、確かに“続ければ増える”感触があった。
「これなら、何本も処理できる」
「ええ。
手間はかかるけど、終わりが見える」
汁は、すぐ鍋に移す。
置いておけば傷む。
今は保存じゃなく、加工を優先する。
火にかけると、甘い匂いが立ち始めた。
それは、噛んだときの甘さとは違う。
空気に広がる、重みのある香りだ。
「……減るね」
「水分がほとんどだからな。
でも、残るのが本体だ」
エマは鍋から目を離さず、静かに言った。
「ここからが大事だね。
焦がさないこと。
急がないこと」
その通りだった。
甘さは、乱暴に扱うとすぐ裏切る。
しばらくして、火から下ろす。
粘りのある液体が、ゆっくりと動く。
「これだけだと、まだ“砂糖”じゃない」
「結晶がないから、保存に向かない」
次の工程は、もう決まっていた。
「乾かす。
でも、焼かない」
エマが、楽しそうに頷く。
「風と、穏やかな熱だね」
風魔石で空気を動かし、
炎魔石で温度を安定させる。
直接当てず、遠回りさせる。
穀物の乾燥と同じ考え方だ。
数時間後。
布の上に広げたそれを、指で触る。
「……ざらっとしてる」
レオンの声に、全員が覗き込む。
完全な白ではない。
少し色は残っている。
だが、指の間で転がる粒は、確かに形を持っていた。
「砂糖、だな」
リリアンヌが、そっと指先につけて舐める。
「……甘い。
でも、後に残りませんね」
「未精製だからな。
だが、それで十分だ」
これは嗜好品じゃない。
保存できて、分けられて、運べる甘さだ。
エマが、満足そうに腕を組む。
「完成じゃないけど、
入口には立ったね」
「そうだな」
俺は粒を見つめながら、静かに思った。
サトウキビは、ずっとそこにあった。
だが、価値になる形がなかっただけだ。
(次は、これを“共有”する)
アグリに持ち込む。
使い道を増やす。
必要な量を決める。
甘さは、もう偶然じゃない。
選べる資源になった。
俺は、乾いた粒をそっと包みながら、次の段取りを頭の中で組み始めていた。
――ここからは、量の話だ。




