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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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二度目の田植え

静かな朝だった。

 まだ霧の残る田の縁に立ち、俺は水面を見下ろしていた。

 風は弱く、空は高い。

 水は澄みすぎず、濁りすぎず、土の色をそのまま映している。

(……去年とは、違う)

 そう思ったのは、景色のせいだけじゃない。

 俺自身の立ち方が、去年とは違っていた。

 あの時は、期待の方が先に立っていた。

 うまくいくはずだと、どこかで信じ切っていた。

 だから、穂が出て実が入らなかったとき、立ち尽くすしかなかった。

 今は違う。

 成功を信じる前に、まず確かめる。

 この土地で、何が生き残ったのかを。

 桶の中にある種もみを、そっと掬い上げる。

 粒は揃ってはいない。

 だが、どれも去年の田で、最後まで倒れずに残った株から取ったものだ。

 実りは乏しかった。

 収量として見れば、失敗だったと言っていい。

 それでも、根を張り、葉を広げ、水に負けなかった。

(生き残った、という事実だけを見る)

 田植えは、静かに始まった。

 レオンが足を取られないよう慎重に進み、苗を一本ずつ植えていく。

 動きはまだぎこちないが、去年より迷いが少ない。

「……今回は、苗がしっかりしてるな」

 ぽつりと、彼が言った。

「去年は、もっと細かった気がする」

「水と土が、合ってきた」

 俺はそう答えながら、畝の高さと水位をもう一度確認する。

 深すぎない。

 根が息をできる余地がある。

 少し離れたところで、カイルとミーナが並んで作業をしていた。

 カイルは田に入り、ミーナは外から植える位置を調整している。

「そこ、少し詰めすぎ。

 水が溜まりやすいから、間を空けた方がいい」

「了解。……こうか?」

 二人のやり取りは落ち着いていて、去年のような焦りがない。

 失敗を経験した後の空気だ。

 誰も、成功を口にしない。

 だが、誰も諦めていない。

 昼前、田の半分ほどが植え終わったところで、俺は一度作業を止めた。

「今日は、ここまででいい」

 何人かが意外そうな顔をする。

「まだ、いけますよ」

 レオンが言う。

「体力じゃない」

 俺は首を振った。

「土と水を見る日だ。

 植え切るのは、明日でもいい」

 焦って終わらせても、意味はない。

 去年、それを痛いほど思い知った。

 昼食を取りながら、田を眺める。

 水面に映る苗は、頼りないほど小さい。

(それでいい)

 最初から強い必要はない。

 この土地で、時間をかけて強くなればいい。

 ミーナが、ふと視線を田に向けたまま言った。

「……今年は、誰も“できる”って言わないですね」

「言わなくなったな」

 カイルが苦笑する。

「去年は、言い過ぎた」

 その言葉に、誰も反論しなかった。

 失敗は、希望を奪う。

 同時に、余計な言葉も奪っていく。

 残ったのは、作業と確認と、少しの覚悟だけだ。

 夕方、植え終えた区画をもう一度歩く。

 足裏に伝わる土の感触は、朝より落ち着いている。

(根が張る余地はある)

 それだけで、今は十分だった。

 米作りは、まだ答えを出さない。

 出さないまま、続ける。

 失敗を消すためじゃない。

 失敗の上に、次を重ねるために。

 田の端で立ち止まり、俺は静かに息を吐いた。

(二度目だ)

 それは、やり直しじゃない。

 同じ場所に立った、二度目の挑戦だ。

 苗は何も言わない。

 だが、水と土と時間に任せれば、必ず何かを返してくる。

 今年は、それを待てる。

 そう思いながら、俺はゆっくりと田を後にした。

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