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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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許された賭け

ヴァルガスの執務室を出たあとも、胸の奥に残った重さは消えなかった。


 許可は出た。


 だがそれは、守られる約束ではなく、結果を突きつけられる猶予だ。


(……本当に、ここからだな)


 俺は廊下を歩きながら、頭の中で何度も同じ言葉を繰り返していた。


 農協は認められた。


 だが、それは「好きにやれ」という意味じゃない。


 失敗した瞬間に、切り捨てられる立場になっただけだ。


 数日後、その現実は、思ったよりも早く形になって現れた。


 領都からの使者が、各村を回るという報せが入った。


 口伝ではない。


 正式な文書と、領主印を伴って。


 最初に集められたのは、コガネ村だった。


 昼前の広場。


 畑仕事の途中で呼ばれた者が多く、鍬や鎌を手にしたままの姿も目立つ。


 誰もが察してはいるが、確信までは至っていない。


 新しい取り決めか。


 新しい負担か。


 あるいは、どちらもか。


 空気の底に、薄い警戒が沈んでいた。


 使者は余計な前置きをせず、巻物を広げた。


「領主ヴァルガスの名において告げる」


 その一言で、ざわめきが止む。


「各村が共同して行う農業組織の設立について――

 条件付きで、これを認める」


 一瞬、言葉の意味が飲み込まれない。 


「……認める?」


「黙認じゃないのか……?」


 小さな声が、あちこちで漏れた。


 使者は、淡々と続ける。


「条件は三つ。

 一つ、納品量・分配量・販売額を、必ず記録すること。

 一つ、領への税を、従来以上に曖昧にしないこと。

 一つ、もし生産量が下がり、領の収穫に悪影響が出た場合――

 即時、組織の解散を命じる」


 厳しい言葉だった。


 だが、脅しではない。


 覚悟を測る条件だと、誰もが理解した。


「以上を守る限り、

 農具の共有、加工施設の共同利用、

 および余剰作物の一括取引を認める」


 使者は顔を上げた。


「これは、試験ではない。

 領としての“期待”である」


 沈黙が落ちた。


 だがそれは、否定の沈黙ではなかった。


 年配の農夫が、ゆっくりと口を開く。


「……好きにやっていい、って話じゃないな」


「むしろ、ちゃんとやれ、ってことだ」


 別の農夫が、低く笑う。


「逃げたら終わり。

 だが、やり切れば、誰にも文句は言わせない」


 その言葉に、周囲が静かに頷く。


「……耕作の言ってた通りだな」


 誰かが、ぽつりと言った。


「一人でやる話じゃなくなった」


 その日の夕方、俺の農園にも報せが届いた。


 伝令の言葉を聞き終えたあと、俺はしばらく何も言えなかった。


 許可が下りた。


 同時に、逃げ道が完全になくなった。


「……誤魔化せば終わりだな」


 そう呟くと、隣にいたリリアンヌが静かに頷いた。


「はい。でもそれは――信じられた、ということでもあります」


 俺は小さく息を吐いた。


 ヴァルガスは賭けに出た。


 農民たちも、賭けに乗った。


 あとは、結果を積み上げるだけだ。


 畑は、言い訳を聞かない。


 数字は、嘘を許さない。


 それでも――今回は、一人で背負う話じゃない。


 農協は、まだ正式には発足していない。


 名前も、役割も、これから詰めていく段階だ。


 だがこの日、確かに一つの線が引かれた。


 領が認め、

 村が受け止め、

 退路を断った。

 俺は畑の方へ視線を向ける。


(……やるしかないな)


 農業は、畑から始まり、

 畑で終わらない。


 今度こそ、その仕組みを形にする番だ。

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