表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/78

賭けの許可

領主の執務棟は、いつ来ても静かだった。


 石造りの壁は人の声を必要以上に反響させず、廊下を歩く足音さえ、どこか遠くへ吸い込まれていくように感じる。


 この場所に足を踏み入れるたび、俺は畑の土を思い出す。


 踏み固めなければ形にならず、だが踏みすぎれば息を失う、あの感触だ。


 執務室に通されると、ヴァルガスは机に肘をついたまま、こちらを見上げるでもなく、すでに用件を把握しているという空気を纏っていた。


「……また、妙なことを始めたそうだな」


 探るようでもあり、確かめるようでもある言葉だった。


 俺は一度だけ頷き、逃げずに答える。


「農協です」


 その言葉に、ヴァルガスは小さく息を吐いた。


「名前は聞いている。だが、私が知りたいのは響きじゃない。“何のための仕組みか”だ」


 視線が鋭くなる。


 ここからが、本題だ。


「農家を、一人にしないための仕組みです」


 そう答えると、ヴァルガスは机を指で軽く叩いた。


「綺麗な言葉だな。

 だが、綺麗な言葉ほど、人は都合よく使う」


 一拍置いて、続く。


「まとめて集め、まとめて売り、まとめて管理する。その裏で量を誤魔化す者や、税を減らそうとする者が出ないと、本気で思っているのか?」


 領主として、当然の疑念だった。


 俺は、その問いから目を逸らさなかった。


「出ます」


 即答すると、リリアンヌがわずかに息を詰めたのが分かった。


 だが、俺は言葉を重ねる。


「仕組みを作れば、必ず隙を突く人間は出ます。

 農業と同じで、虫は“出ない前提”では畑を作れません」


 ヴァルガスが、わずかに眉を動かした。


「だから、最初から管理します。誰が、いつ、どれだけ納めたのか。どの道具を使い、どれだけ粉にし、どれだけ売ったのか。全部、記録として残します」


「帳簿か」


「はい。紙と、人の手で」


 魔法ではなく、誰の目にも触れる形で。


 それが、誤魔化しを難しくする。


「隠せないなら、誤魔化す意味がなくなります」


 ヴァルガスはしばらく黙り込み、机の上で指を組んだ。


「……不作の年はどうする」


「備えます。 収穫量を増やすだけでなく、失わない量を増やします」


「害虫は」


「減らします。完全に防げなくても、被害は抑えられる」


 水車。

 製粉。

 保存。


 畑の外で守れる量を増やすことで、畑そのものの価値を底上げする。


「農家が売り歩かず、畑に専念できれば、生産量は結果として上がります」


「税も、だな」


「はい」


 そこは、はっきりと言った。 


「領としての取り分も、安定します。一年だけ数字を作るより、平年を底上げする方が、長く続く」


 ヴァルガスは椅子に深く腰を下ろし、天井を見上げるようにして息を吐いた。


「……分かっていて言っている顔だ」


 試されている。


 だが、その試し方に悪意はない。


「もしだ」

 低く、重い声。


「農協を認めた結果、納税量が減ったらどうする」


 俺は、間を置かず答えた。


「解散させてください」


 今度は、はっきりとリリアンヌがこちらを見た。


 それでも、俺は言葉を引かない。


「仕組みが間違っているなら、続ける意味はありません」


 ヴァルガスの口元が、わずかに歪んだ。


「潔いな」


「農業は賭けです。ですが、賭けっぱなしにはしません」


 そこで、リリアンヌが一歩前へ出た。


「お願いします」


 その声には、迷いがなかった。


「私は、この人の仕事を見てきました。 村で何が変わったか。畑で何が戻ったか。 それは、帳簿よりも確かなものでした」


 一度、息を整えてから続ける。


「無謀なことはしません。逃げることもしません。

 だから――チャンスをください」


 執務室に、重たい沈黙が落ちる。


 やがて、ヴァルガスが静かに口を開いた。


「……私はな」


 視線を窓の外へ向ける。


「賭けに、負けたことがない」


 それは誇示ではなく、ただの事実のようだった。


「だからこそ、賭け方は選ぶ」


 こちらを見据え、はっきりと言う。


「農協を認める。ただし、条件付きだ」


 俺は、深く頭を下げた。


 賭けは始まった。


 畑ではなく、仕組みで。


 だが俺は知っている。


 土は嘘をつかない。


 正しく耕せば、必ず応える。


 この賭けも、きっと同じだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
意外と耕平もリアリストだね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ