作るための仕組み
水車小屋と石臼の音が、まだ耳に残っている。
規則正しく回る水の音と、石が擦れる低い響き。
それは作業音でありながら、不思議と人の心を落ち着かせる音だった。
あの日、農園を訪れた村人たちは、それぞれの村へ戻っていった。
顔に浮かんでいたのは、驚きと期待、そしてわずかな不安だったと思う。
すぐに結論が出るとは、正直、俺も思っていなかった。
だが――返事は、思ったより早かった。
数日後、再び人が集まった。
コガネ村、フローデ村、ハルネ村。
畑の広さも、作っている作物も、人の数も違う村の代表たちだ。
共通しているのは、誰もが「このままでは続かない」という現実を、もう誤魔化せなくなっていることだった。
俺は、彼らを前にして、余計な前置きをせずに切り出した。
「まず聞きたい。
あの仕組みを、それぞれの村に入れることについて――反対はあるか」
一瞬、沈黙が落ちる。
互いの顔を窺う者もいれば、すでに腹を決めたように前を見ている者もいた。
だが、誰一人として首を振らなかった。
「正直に言うと、最初は疑っていた」
年配の農夫が、ゆっくりと言葉を選びながら口を開いた。
「魔法の道具は、これまでも見てきた。
だが、どれも“楽をするため”のものだった。
壊れれば終わりで、結局、人の手に戻る」
そこで一度、言葉を切る。
「だが、あれは違った。
仕事を減らすんじゃない。
仕事を、続けられる形にする道具だった」
その言葉に、周囲が静かに頷く。
別の村長も、腕を組んだまま口を開いた。
「人が減っても、畑を手放さずに済むなら、やらん理由はない。増やせないものを嘆くより、続ける方法を選びたい」
その一言で、流れは決まった。
俺は一度、深く息を吸ってから、次の話に進む。
「では、その前提で話します。この仕組みは、村ごとに好き勝手に使うものじゃありません」
視線が、一斉にこちらへ向く。
「道具は、農協が管理します」
ざわり、と空気が揺れた。
予想していた反応だ。
「農協……つまり、あの話の続きか」
「ええ。今日の話は、“農協が何をするか”です」
俺は地面に線を引きながら、言葉を重ねていく。
「まず、耕うん機やスプリンクラー、水車用の部品。これらは農協で数を揃えます。 各村に必要な分を貸し出し、壊れたら持ち帰る」
「買わなくていいのか?」
「個人で買う必要はありません。管理と修理は、農協が引き受けます」
道具は、持つことより、使い続けられることの方が重要だ。
それが伝わったのか、何人かの表情が、目に見えて軽くなった。
「次に、収穫物です。麦や豆は、できるだけ脱穀して、粉にしてから納めてもらいます」
「粉で?」
「ええ。嵩が減り、虫がつきにくく、管理しやすい。運ぶ量も減ります」
ここで、フローデ村の代表が慎重に問いかける。
「全部、持っていかれるのか?」
「いいえ」
俺は、少しだけ声を強めた。
「自分たちが食べる分は、必ず先に確保してください。 農協は、村の食料を奪うための組織じゃない。余剰を、まとめるための組織です」
その言葉に、場の空気がはっきりと緩んだ。
誰もが、まずそこを恐れていたのだ。
「余った分だけを納める。その際、領への税は、あらかじめ差し引きます」
「……残りは?」
「金に換えます」
即答だった。
「農協が、まとめて売ります。宿屋、食堂、商人相手に――まとめて、業者向けに」
ここで、誰かがぽつりと呟いた。
「……個人で売らなくていい、ということか」
「そうです」
俺は、静かに頷く。
「値段交渉もしません。納めた量に応じて、金を受け取るだけです」
これまで、農家が一番削られてきた部分。
足元を見られ、急かされ、値を叩かれる時間だ。
「農家は、作ることに専念してください」
その言葉に、場の空気が変わった。
誰も声を上げない。
だが、それぞれの胸の内で、何かがほどけていくのが分かる。
ミーナが、静かに口を開いた。
「……記録は、どうしますか。量も、日付も、きちんと残さないと」
「そこは、農協の仕事です」
俺は迷わず答える。
「誰がどれだけ納めたか。 誰がどの道具を使ったか。 それを残す人が必要になる」
視線が、自然とミーナに集まる。
だが、俺はまだ何も言わない。
その話は、もう一段先だ。
「今日は、仕組みの合意だけでいい」
そう締めくくると、誰も反対しなかった。
村に戻れば、畑が待っている。
だがもう、売るために畑を急かす必要はない。
(作ることに、専念できる)
その当たり前が、ようやく形になり始めていた。
農協は、まだ正式には発足していない。
だがこの日、確かに一つの約束が結ばれた。
――農家を、一人にしない。
そのための仕組みが、静かに、しかし確実に動き出していた。




