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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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見せるという仕事

その日の農園は、朝からいつもと違う空気をまとっていた。収穫が終わった畑は、静かだった。


 だが、農業が終わったわけではない。


 刈り取られた麦束が、次々と納屋へ運び込まれていく。


 その前に立つ農夫たちの顔は、どこか重い


「……ここからが長いんだ」


 年配の農夫が、ぽつりとこぼした。


「刈るのは終わった。だが、脱穀が残ってる」


 穂を叩き、粒を落とし、殻を飛ばす。


 単純な作業だが、量が多い。


 しかも、腰を曲げたまま、同じ動きを延々と繰り返す。


 人手が少ない村ほど、ここで息切れする。


(畑より、こっちが先に限界を迎える)


 俺は、積まれた麦束と、周囲にいる人の数を見比べた。


「水は、ここを流れてるな」


 村外れを流れる小川を指差す。


 大きな流れではないが、途切れず、一定だ。


「この水を、仕事に使う」


 村長が首を傾げる。


「水路は畑用だが……脱穀に?」


「人の代わりに、回ってもらいます」


 そう言って、俺は地面に簡単な図を描いた。


 水車。

 軸。

 回転。

 エマがすぐに反応する。


「水車小屋だね。派手じゃないけど、一番“真面目な道具”」


「止まらないのが強みだ」


 人は休む。 


 水は、流れ続ける。


 小屋作りは、村総出になった。


 材料は特別なものじゃない。


 木材、縄、簡単な金属部品。


「立派にしなくていい。回ることが大事だ」


 水車は流れに対して横向き。


 羽は広く、力を分散させる。


「速く回さなくていい。 重く、ゆっくりでいい」


 エマが羽の角度を調整しながら言う。


「速さを出すと壊れる。 農業の道具は、長生きが正義」


 水車の軸は、小屋の中へ引き込まれ、そこに木枠の脱穀機を繋げた。


 突起を並べただけの、単純な構造。


 穂を通すと、回転で粒が外れる。


「……回ってるだけで、粒が落ちる」

 農夫の一人が、目を見開く。


 水車が回る。


 脱穀機が回る。


 粒が、ざらざらと落ちる。


「腰が……楽だ」


「力を入れなくていい」


 声が、自然と増えていく。


「全部、任せきりにはしない」

 俺は、はっきり言った。


「人は必要です。でも、“叩く役”はいらなくなる」


 水車は、人の代わりをする。


 人は、管理と判断をする。


 夕方、試運転を終えた小屋の前で、皆が立ち止まった。


 水は、相変わらず流れている。


 水車も、止まらない。 


「……これなら、明日も使える」


その言葉が、何よりの評価だった。

 エマが、俺の横で言う。


「ねえ、耕作。これ、粉にするところまで繋げられるよね」


「できる」


「水車と歯車があるなら、石臼も回せる」


 俺は頷いた。


 そこで、年配の農夫が一つ、気になることを口にした。


「だがよ……粉にしたら、虫が湧きやすくならんか?」


 もっともな疑問だった。


 この世界では、穀物の最大の敵は病気よりも虫だ。


 保管の仕方一つで、収穫の半分が失われることも珍しくない。


 俺は首を横に振った。


「逆です。粒のままより、粉の方が“管理できる”」


 何人かが、意外そうな顔をする。


「粒は、殻と隙間がある。そこに虫が入り、卵を産み、気づいた時には中から食われている」


 麦束を一つ持ち上げて示す。


「見た目が無事でも、中が空っぽ、というのはよくある話です」


 それに比べて、と続ける。


「粉は、密閉できる。布袋や木箱に詰めて、口を縛るだけで、虫が入り込む余地が減る」


 エマが頷きながら補足する。


「粒は“隠れ場所”が多いけど、粉は均一だからね。

 湿気と温度さえ管理すれば、虫にとっては住みにくい」


 さらに、俺は地面に袋の大きさを示す円を描いた。


「もう一つ、大きいのが場所です」


 麦束を納屋に積むと、どうしても嵩張る。


 袋が増え、通路が狭くなり、管理の目も届きにくくなる。


「粉にすれば、体積はかなり減る。

 同じ量でも、置き場所は半分以下で済む」


 村人たちが、納屋の中を思い浮かべる。


「場所が減れば、管理が楽になる。

 管理が楽になれば、見回りの回数が増える。

 それだけで、被害は減ります」


 年配の農夫が、ゆっくりと頷いた。


「……確かに。

 置き場が狭いと、目が行き届く」


「それに、粉は用途が広い。今日使う分だけ出して、残りは閉じる。 全部を一度に晒す必要がない」


 虫に触れさせる時間を、最小限にできる。


 それは、この世界の保存技術としては、かなり強い。


 エマが少し楽しそうに言う。


「つまりさ、脱穀して終わりじゃなくて、 製粉まで一気にやれる場所があれば、 “取った後の戦い”にも勝てるってことだよね」


「そういうことだ」


 農業は、畑で終わらない。


 収穫してから、次の種を撒くまでの間も、ずっと続いている。


 水車で回す脱穀機。


 歯車を噛ませた石臼。


 粉として保存する倉。


 それは、作業を楽にするだけの仕組みじゃない。


 失われるはずだった収穫を、次の季節まで繋ぐための仕組みだ。


 水車の音を聞きながら、俺は確信していた。


(これがあれば、人が少なくても、

 “守れる量”が増える)


 畑を増やすより先に、守り方を変える。


 その第一歩が、 この水車小屋だった。


 畑に立つ人の数が、明らかに多い。


 コガネ村、フローデ村、ハルネ村――これまで何らかの形で関わってきた村から、代表や手伝い役が集まってきていた。


年配の農夫もいれば、若い担い手もいる。

中には、話を聞きつけて興味本位でついてきた者の姿もあった。


 俺は畑の端に立ち、集まった顔ぶれを一度だけ見回してから口を開いた。


「今日は、説明は後にする。

 まず、実際に動いているところを見てほしい」


 そう言って、最初に案内したのは、畑の一角に置かれた耕うん機だった。


 鍬と比べれば異様に見える形だが、構造自体は単純で、人が押すための取っ手と、下で回転する刃しかない。


 俺が取っ手を握り、ゆっくりと前へ押す。


 風の魔石が、強さを主張することなく一定の風を送り続け、刃は静かに、しかし確実に回り始めた。


 土が砕かれ、持ち上がり、ならされていく様子を見て、周囲から自然と声が漏れる。


「……思ったより、速くはないな」


「だが、力はいらん」


「これなら、腰がもつ」


 その中で、レオンとカイルが同時に耕うん機へ歩み寄った。


「俺がやる」


「いや、次は俺だろ」


 取っ手を掴み合い、視線がぶつかる。


 その空気を察して、ミーナがすぐに間に入った。


「二人とも。

 畑は勝ち負けを決める場所じゃないって、言われてたでしょ」


 一瞬、沈黙が落ちる。


 レオンは舌打ちして手を離し、カイルも肩をすくめて一歩下がった。



 順番に押させると、さっきまでの張り詰めた空気が嘘のように変わる。


「……鍬より、ずっと楽だな」


「一日これなら、まだ動ける」


 その言葉に、誰も否定しなかった。


 次に案内したのは、水路のそばに設置したスプリンクラーだった。


 俺が操作部に手を伸ばし、軽く押し込むと、水が円を描くように噴き出す。


「おお……」


「一人で、これだけ撒けるのか」


 水は強くない。


 だが、均一で、無駄がない。


「水を運ぶ必要はありません。

 やることは、濡れ方を見て、止めるだけです」


 年配の農夫が、しみじみと呟いた。


「……水やりが、“様子を見る仕事”になるとはな」


 小川の音が、少し近づく。


 水車小屋では、水車がいつも通り、変わらない速さで回り続けていた。


 誰も触れていないのに、止まらない。


「……休まんのだな」


「人が休んでも、水は働くか」


 脱穀機に穂を通すと、粒がざらざらと落ちていく。


 叩く必要はなく、ただ入れるだけだ。


「……腰が、楽だ」


「量が多くても、続けられるな」


 最後に案内したのは、小屋の奥に据えた石臼だった。


 歯車を介して回転する臼に、粒が落ち、粉へと変わっていく。


「粉にして保存します。

 虫を防ぎやすく、場所も取らない」


 村人たちは、言葉を失ったように見入っていた。


 作業が減り、守れる量が増える。その意味を、全員が同時に理解し始めていた。


 少し離れた場所で、リリアンヌがエマの様子を見ていた。


 エマは図面を広げ、身振りを交えて説明している。


回転の伝え方、魔石の消耗、失敗した例まで、楽しそうに話している。


「……随分、馴染んでますね」


 リリアンヌが、静かに言った。


「そう見えますか」


「ええ。あなたの農園に、です」


 その言葉に、ほんのわずかな棘が混じる。


 エマは気づかないまま、こちらを振り返った。

「ねえ、耕作。

 この歯車、もう一段噛ませたら、もっと安定すると思うんだけど」


「あとでな」


 短く返すと、リリアンヌは小さく息を吐いた。


 一通り見終えたあと、誰もすぐには口を開かなかった。


 だがその沈黙は、拒否ではない。


考え、受け止めようとするための時間だった。


(……ここからだ)


 道具は揃った。


 考え方も、確かに伝わった。


 次に必要なのは、これを誰が、どう管理するのかという話だ。


 農協という言葉は、まだ出さない。


 だが、空気は確実に、そこへ向かって流れ始めていた。

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― 新着の感想 ―
脱穀って、手作業だと地獄だね。水車って、ほんま大発明ですわ
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