畑が答えを出す
朝、ハルネ村の畑には、いつもより人が集まっていた。
鍬を持つ者。
腕を組んで様子を見る者。
半信半疑の顔で距離を取る。
その中心に、見慣れない形の道具が置かれている
木と金属で組まれた、押し車のようなもの。
前方には円筒状の軸、その周囲に短い刃が並んでいる。
「……これが、本当に畑を耕すのか?」
年配の農夫が、疑わしそうに言った。
「鍬を振らなくていい、とは聞いたが……」
俺は、耕うん機の取っ手に手をかける。
「全部任せる道具じゃありません。人が押す。
その力を、刃が“無駄なく”使うだけです」
エマが、横から補足する。
「刃は鋭くしてないの。切るんじゃなくて、崩すため。土を砕いて、空気を入れるのが目的だから」
理屈は分かっても、実感は別だ。
農夫たちの視線は、まだ厳しい。
俺は深く息を吸い、畝の端に耕うん機を置いた。
「……行きます」
押す。
最初は、少し重い。
だが次の瞬間、前輪の軸が回り始め、刃が土を噛んだ。
ざっ、ざざっ、と乾いた音。
鍬で打つときの「叩く」感触ではない。
土が、前へ前へと崩れていく。
「……おい」
「土が、浮いてる……」
刃が回転することで、土は細かく砕かれ、 固まっていた層に空気が入り込んでいく。
俺は力を抜きすぎず、入れすぎず、一定の速度で押し続けた。
「速く押す必要はありません。止まらなければ、それでいい」
数歩進んだところで、俺は耕うん機を止めた。
耕した部分と、まだの部分。 違いは一目で分かる。
「……これは……」
農夫の一人が、しゃがみ込んで土を掴んだ。
「軽い。同じ土なのに……」
レオンが、少し悔しそうに言う。
「鍬でやったら、同じところを三回は振らないと……」
「それを、一回で済ませるための道具だ」
エマが、どこか得意げに胸を張る。
「人が減った分、一人がやる量を減らす。 それだけ」
次に試したのは、水やりだった。
畑の中央に、円盤状の装置を置く。
水路から引いた管を繋ぎ、水魔石をセットする。
「押すのは、ここ」
俺が指で示すと、農夫が恐る恐るボタンに手を伸ばした。
――押す。
しゅわっ、という音とともに、水が円を描いて噴き出す。
「……おお……」
水は強すぎず、弱すぎず、 一定の範囲に、均等に降り注いだ。
「歩かなくていい……」
「同じところに、何度も水をやらなくて済む……」
ミーナが、畑全体を見回しながら言った。
「これなら、水の量も記録できます。
今日は何回、どの畑に使ったか……」
農業が、“感覚”から“管理”へ変わる瞬間だった。
だが、すべてが順調というわけではない。
午後、耕うん機を別の畑で使ったとき、 小石に刃が引っかかり、軸が止まった。
「……止まったぞ!」
農夫が声を上げる。
俺はすぐに近づき、刃を確認した。
「壊れてません。詰まっただけです」
石を取り除き、再び押す。
何事もなかったように、刃は回り始めた。
「……直せる」
誰かが、ぽつりと呟いた。
「魔道具って、壊れたら終わりだと思ってた」
エマが、その言葉に頷く。
「だから、複雑にしなかった。魔石は“回す力”だけ。壊れやすいところは、全部、目で見える場所に出してる」
夕方、作業が一段落した頃。
畑の端に立つ農夫たちの表情は、朝とは明らかに違っていた。
「……これなら、年寄りでも手伝える」
「一人倒れても、畑が止まらん」
村長が、深く息を吐く。
「人が足りないのではなく、人に頼りすぎていたのかもしれんな」
俺は、その言葉を否定しなかった。
「人は必要です。ただ、“全部”やらなくていいだけです」
日が傾き、道具を片付ける。
耕うん機も、スプリンクラーも、まだ改良の余地は山ほどある。
だが、畑はもう答えを出していた。
(使えるかどうかは、土が決める)
今日、土は―― 確かに、この道具を受け入れていた。
エマが、土まみれのまま伸びをする。
「ねえ耕作。
やっぱり、ここに住み着いて正解だったと思わない?」
「……その理由が“飯が勝手に出てくるから”じゃなければな」
「それも大事でしょ?」
俺は小さくため息をついた。
だが、心のどこかで思っている。
(この変わり者がいなければ、今日の畑はなかった)
人の代わりに動く手。
だが、最後に畑に立つのは、やはり人だ。
その形が、ようやく見え始めていた。




