人の代わりに動く手
エマが耕作の家に居座るようになって、数日が経った。
朝、戸を開けた瞬間にまず目に入るのが、庭先に転がった部品と木屑。
昨日まで納屋の隅にあったはずの板切れが、なぜか土の上で図面代わりになっている。
俺は一度だけ深く息を吐いてから、拾い集めるのをやめた。
拾っても、夕方には別の場所で同じことになる。
なら、最初から「散らかるもの」だと思って生活するしかない。
「耕作、ちょっと待って。今のが“惜しい失敗”だから、できれば踏まないで通って」
声のする方を見ると、エマが地面に膝をつき、何かの筒をいじっていた。
髪は無造作に束ねているが、目だけが妙に冴えている。
「惜しい失敗って何だよ。失敗は失敗だろ」
「ううん、違う。爆発しなかった失敗は、次につながる失敗。爆発した失敗は、次に繋げる前に私の命が繋がらない」
楽天的なのか現実的なのか判断に迷う返しに、俺は苦笑して納屋の方へ回った。
今日は畑ではなく、話を進める日だ。
ハルネ村で見た人手不足の光景が、頭から離れない。
作物の問題ではない。知識の問題でもない。
人の数そのものが、作業量に追いついていない。
昼前、オルドと魔道具職人二人が揃った。
土間に板を置き、俺は腰を下ろして言葉を選ぶ。
「人が増えないなら、やり方を変えるしかありません。畑を減らすんじゃなく、人がやっている“重い工程”を軽くする」
「魔道具で全自動にする気か?」
職人の問いに、俺は首を振った。
「逆です。全自動にしない。人が押す、引く、判断する。その前提は変えずに、力だけを補助する」
そう言って、俺は板に円を描いた。
その外周に、短い突起を並べる。
「これが、耕うん機の考え方です」
職人たちが身を乗り出す。
「耕うんって、本質は何だと思います?」
少し間を置いてから、自分で答える。
「土を細かく砕いて、空気を入れることです。
鍬はそのための道具であって、振ること自体が目的じゃない」
板の上で、円を指でなぞる。
「鍬は、毎回“振り上げて、叩きつける”。人の体力を一番削る工程です。これを“回転”に置き換える」
「刃を回して、土を削る……」
「ええ。人は押すだけ。 刃は回り続ける」
職人の一人が頷く。
「回転なら、力が分散する。 一撃で土を割る必要がない」
「そうです。農業は殴り合いじゃない。
同じ動作を何百回も続ける仕事です」
ここでエマが、床に座ったまま口を挟んだ。
「だから、風の魔石が合う。
風って、爆発的な力じゃなくて、流れだから」
俺はその言葉を受けて続ける。
「風の魔石で、一定方向に弱い風を流す。
刃は風車と同じで、回り続けるだけ。
止まらないけど、無理もしない」
「出力を上げない分、壊れにくい」
「魔石の消耗も抑えられる」
耕うん機は“速くする道具”じゃない。
一人が倒れずに一日働けるようにする道具だ。
俺は板をひっくり返し、次の図を描く。
今度は中心点と、そこから伸びる円。
「次は、水です。
水やりは、想像以上に人を消耗させます」
職人が首を傾げる。
「水路がある村でも、結局は手で撒いているな」
「ええ。 運ぶ、歩く、撒く。
これだけで一日が終わる村もあります」
俺は円をなぞりながら言う。
「だから、スプリンクラーです」
「構造は単純です。水魔石を弱出力で使い、
ボタンを押している間だけ、水を円形に噴射する」
エマがすぐに反応した。
「なるほど……撒く人が動かなくていい。水が動く」
「重要なのは“強く吹き飛ばさない”ことです」
俺は指で円を描く速度を落とす。
「畑に必要なのは豪雨じゃない。回数と均一さです」
「強すぎる水は、土を叩いて固める」
「弱く、広く、同じ量」
職人が頷く。
「円形噴射なら、撒きムラも減る」
「根腐れの原因になる“濡れ過ぎの筋”も出にくい」
スプリンクラーは便利な道具じゃない。
畑の状態を一定に保つ道具だ。
「これも全自動にしません。押している間だけ水が出る。 畑を見ながら、人が止める」
オルドが低く唸った。
「魔法を、判断から切り離さない……か」
「判断は人の仕事です。魔法は、その判断を楽にするだけ」
そのとき、エマがふいに立ち上がり、冷蔵庫の前に行った。
「やっぱり、ここが原点だと思う」
「何がだ?」
「魔石が主役じゃない。箱の形が主役。
魔法は、足りない分を埋めてるだけ」
少し間を置いて、彼女は肩をすくめた。
「それに、ここは居心地がいい」
「急に何だ」
「朝起きると、いつの間にかご飯がある。昼には“一回止めろ”って言われて、ちゃんと食べさせられる。研究所にいた頃は、失敗したら一日何も食べずに倒れるまでやってた」
俺は思わず言った。
「……それで居座るのか」
「半分は本気。安定した食事は研究効率を最大化する。これは冗談じゃない」
理屈として否定できないのが、腹立たしい。
「条件がある」
「なに? 爆発禁止?」
「それは当然だ。畑で使う道具は“直せる形”にしろ。村人が直せないものは、捨てられる」
エマは少し考えてから、静かに笑った。
「うん。完璧じゃなくて、続く道具。
農業って、そういう仕事なんだね」
俺は頷いた。
耕うん機も、スプリンクラーも、冷蔵庫も。
目指しているのは同じだ。
人が続けられる形。
畑に立たない変わり者と、畑から逃げなかった人間。
その二つが噛み合ったとき、農業は、少しだけ次の形へ進める。
俺は板を抱え直し、次に試す畑を思い浮かべていた。




