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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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大豆を寝かせる

畑の隅で、大豆が乾いていた。


 刈り取ってから数日、莢を外し、選別し、風に当てる。地味な作業だが、指先の感触だけで「いい豆」と「疲れた豆」が分かるようになってきている自分に気づき、少しだけ苦笑した。


(……いつの間にか、ここまで来たな)


 米の失敗が、まだ完全に消えたわけじゃない。だが、畑に立てば、やることは次から次へと出てくる。


「それ、何に使うの?」


 背後から、レオンの声。


「味噌」


「……みそ?」


 首を傾げるのも無理はない。この世界には、まだそれが存在していない。


 俺は桶を指差した。


「豆を煮て、潰して、塩と混ぜて……寝かせる」


「それだけ?」


「それだけ。

 あとは菌に任せる」


 レオンは、ますます分からない顔をした。


「菌って……ヨーグルトの?」


「似てるけど、別の働き手だ」


 その会話を聞きつけたミーナが、作業小屋を覗き込む。


「……保存食、ですか?」


「そうなる。

 それに――調味料だ」


 彼女は、少し考えてから言った。


「塩だけじゃ、味が単調になりますものね」


「ええ。

 作物が増えるほど、“味”が足りなくなる」


 米を作ろうとしたときも、頭のどこかで引っかかっていた。主食が増えても、それを支える味がない。


 煮上がった豆を木臼に移し、杵で潰す。


 ごり、と音を立てて、豆が崩れていく。


「……匂いが、変わりますね」


 リリアンヌが、少し離れた位置から言った。


「火を通すと、甘みが出ます。

 この甘みが、あとで深くなる」


 潰した豆に塩を混ぜ、団子状に丸める。


 それを、樽の底に叩きつける。


 空気を、抜くためだ。


 レオンが目を丸くした。


「……乱暴だな」


「空気は、腐敗の味方だからな」


 最後に、表面を整え、布で覆う。


 あとは――待つ。


「どれくらい?」


「数か月。

 下手をすれば、一年」


 その言葉に、全員が黙った。


 米の失敗のあとで、あまりに長い時間だ。


 だが、俺ははっきりと言った。


「だからいい」


 全員の視線が集まる。


「畑が失敗しても、

 これは、ゆっくり進む」


 すぐに結果が出ない。

 だが、確実に積み重なる。


「農業は、全部を一度にやらなくていい」


 そう言ったとき、ミーナが小さく頷いた。


「……米が駄目でも、終わりじゃないですね」


「終わらせなければ、失敗じゃない」


 それは、誰かに言うための言葉じゃなかった。自分自身に言い聞かせる言葉だった。


 夕方、樽を納屋の奥に置く。


 まだ、何も起きていない。


 ただの豆と塩の塊だ。


 だが――


(これが、来年の味になる)


 畑の外でも、時間は働く。


 土だけじゃない。

 人の手だけでもない。


 見えないところで、静かに進む仕事も、農業だ。


 俺は、樽に一度だけ手を置き、そっと離れた。


 次に開けるとき、

 そこには――今日とは違う答えがある。

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― 新着の感想 ―
そう言えば、味噌は米だったね……
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