農家を一人にしない仕組み
集まった顔ぶれは、思っていたより多かった。
コガネ村の村長。
フローデ村から来た農夫たち。
この農園の周辺で畑を持つ者。
皆、畑仕事の合間に呼ばれ、半信半疑の顔で立っている。
俺は納屋の前に立ち、全員を見渡した。
「今日は、作物の話はしない」
少しざわつく。
「売値の話もしない。 誰が得をするかの話もしない」
それでも視線は集まった。
「話したいのは―― 一人で農業を続けられるかどうかだ」
コガネ村の村長が、低く息を吐く。
「……続かん」
即答だった。
「歳を取る。 人手が減る。 病気も不作も来る」
フローデ村の農夫が続く。
「畑は待ってくれん。 休めば、そのまま終わる」
俺は頷いた。
「だから、農業は強い。 でも同時に、脆い」
棒を手に取り、地面に円を描く。
「ここにいる全員が、 それぞれ別々に畑を守っている」
円の外に、小さな点をいくつも打つ。
「問題が起きたとき、 助ける手は――自分の家族だけだ」
沈黙。
「それを、変えたい」
誰かが、戸惑いながら聞いた。
「……どうやって?」
「仕組みでだ」
俺は、円の中に線を引いた。
「作ったものを、まとめる場所を作る。 売る時期も、量も、そこで決める」
「商人じゃ駄目なのか?」
「商人は悪くない。 でも、作る側の事情までは守らない」
リリアンヌが、静かに口を開く。
「商人は“安く買う役”です。 農家は“続ける役”」
その言葉に、何人かが頷いた。
「農協は、売るための組織じゃない」
俺は続ける。
「作る人が、作り続けるための場所だ」
次に、別の円を描く。
「種。 肥料。 家畜の餌。 鍬や犂」
「全部、個人で抱える必要はない。 共同で持てばいい」
周囲がざわつく。
「借りる、ということか?」
「そうだ。 必要な時に使えるようにする」
フローデ村の農夫が、ぽつりと言う。
「……始めるのが、楽になるな」
「それだけじゃない」
俺は、一度言葉を切った。
「一番大事なのは、人だ」
全員の視線が向く。
「種を撒く時期。 収穫が重なる時期。 一気に忙しくなる」
誰かが、低く唸る。
「家族総出でも、足りん」
「倒れる者も出る」
「だから、農協が人を回す」
「……手伝い合い、か」
「善意じゃない。 順番だ」
地面の円に、矢印を描く。
「今日は俺が行く。 次は、あんたの番。 それを、当たり前にする」
静かな時間が流れた。
その中で、ミーナが一歩前に出る。
「……それなら、 畑が駄目になっても、 全部を失わずに済みますね」
カイルが、考え込むように言う。
「一人で抱え込まなくていい……」
レオンは腕を組み、少し不満そうに呟いた。
「……楽をする話じゃないんだな」
俺は、はっきりと答えた。
「楽にはならない。 でも――折れにくくなる」
誰も、反論しなかった。
「今日は、設立はしない」
最後に、そう告げる。
「名前も、役割も、これから決める。 ただ一つだけ、約束してほしい」
全員を見渡す。
「農家を、一人にしない」
その言葉は、誰の胸にも静かに落ちた。
会が終わり、人が散っていく中で、畑に風が通り抜けた。
作物は何も言わない。
だが、人のやり方が変われば、畑は必ず応える。
農協は、まだ形になっていない。
だがこの日、孤立しないための考え方は、確かに共有された。
それだけで――
農業は、少しだけ強くなった。




