冷えた箱の中で
木箱の前に立ったとき、今度は最初の試作とは明らかに違っていた。
外見だけでも分かる。
これはもう「即席の箱」じゃない。
側面の板は厚く、継ぎ目は正確で、角の処理も丁寧だ。
「……これは」
俺がそう呟くと、横で腕を組んでいた男が一歩前に出た。
「家具職人のラグンだ。
話はオルド殿から聞いている」
年配だが、背筋はまっすぐ。
木を見る目が、明らかに違う。
「冷える箱だそうだな。
だが、木は冷えも湿気も嫌う」
「だから、今回は最初から頼りました」
俺は、箱の断面図を指で示す。
「外側と内側を、完全に分けたい。
二重構造です」
ラグンは、ふむ、と低く唸った。
「間に空気層を作るのか」
「はい。
冷気を逃がさず、外の湿気も入れないために」
内側は金属板。
外側は木材。
その間に、薄い空間。
「空気は、最高の断熱材ですから」
リリアンヌが、感心したように言う。
「魔法ではなく、構造で守るのですね」
「魔法は補助です。
主役は、箱の形です」
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ラグンは、次に底を覗き込んだ。
「……前の箱は、ここが平らだったな」
「はい。
それで結露が溜まりました」
俺は、今回の設計を示す。
「底を、すり鉢状にします」
「傾斜をつける?」
「ええ。
水は、低い方へ流れる。
集めて、逃がす」
底の中央には、小さな穴。
そこから外へ、水が落ちる仕組みだ。
「箱の中で水を抱えさせない。
冷えた空気だけを残します」
ラグンは、しばらく黙って図面を見つめ――
そして、静かに笑った。
「……いい箱だな。
長く使われる形だ」
その一言で、俺はほっと息を吐いた。
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完成した箱は、以前より一回り大きかった。
外側は厚い木。
内側は金属。
継ぎ目には、森で採った樹液を加工した防水材。
上部には、氷の魔石と風の魔石。
どちらも、極弱。
「冷やしすぎない。
凍らせない」
俺は、指で魔石を指す。
「冷たい空気を作って、
箱の中で回すだけです」
魔石が起動すると、
静かに、冷気が落ちてきた。
蓋を開ける。
中に入れていたのは、朝仕込んだヨーグルト。
指を入れると――
「……冷えてる」
はっきりと、冷たい。
だが、固まってはいない。
「外は?」
リリアンヌが尋ねる。
箱の側面に手を当てる。
「……冷たくない」
オルドが、目を細めた。
「冷気が、逃げていないな」
「二重構造のおかげです」
結露は、底へ集まり、
すり鉢状の板を伝って、穴から外へ落ちていく。
箱の中は、乾いている。
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「魔石の交換は?」
オルドの問いに、俺は答える。
「この出力なら、三十日です」
「強くすれば?」
「冷凍も可能です。
ただし十五日」
俺は、正直に続ける。
「だから、選びます。
夏場だけ冷凍にするか、
予備の魔石を用意するか」
あるいは――
魔石そのものを、改良する。
(その道も、いずれ)
今は、これで十分だ。
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夜。
完成した魔道冷蔵庫の前で、俺は一人、腰を下ろした。
中には、白い器が並んでいる。
昨日なら、もう傷み始めていたはずのものだ。
(……保存できる)
それは、時間を稼げるということ。
農業にとって、
時間は、最大の味方だ。
派手な魔法はない。
奇跡もない。
あるのは、
冷えた箱と、
それを作った人の手。
だが、その箱は確かに――
この領地の農業を、
一段、先へ進めていた。




