樹液の使い道
朝、フローデ村の畑は、昨日よりも少しだけ軽かった。
畝の表面は乾き始め、踏んだときの沈み込みが浅い。溝に溜まっていた水も、夜のうちにいくらか引いている。
(……効いてる)
劇的じゃない。
だが、“悪化しない”というのは、農業では十分すぎる成果だ。
俺は畑を一通り見回したあと、森の方へ向かった。
昨日、白い樹液を見つけた場所だ。
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カイルとミーナが、少し遅れてついてくる。
「今日は、間伐ですか?」
「いや。今日は“観察”だ」
「観察……?」
俺は、例の木の前で立ち止まった。
樹皮に残る細い傷。
そこから、昨日と同じように、白い樹液がにじんでいる。
「これが、昨日言ってた……」
ミーナが、慎重に距離を取る。
「触っていいんですか?」
「少しなら」
枝で軽く触れると、樹液は糸を引いて伸びた。
「……べたべたする」
「水を弾く証拠だ」
俺は、布切れを取り出し、樹液を少量だけ拭い取った。
「全部は取らない。
木にとっては、これも“血”みたいなものだからな」
カイルが、眉をひそめる。
「じゃあ、何に使うんです?」
「まだ断定はできない。
でも、可能性は高い」
俺は、指先に残った感触を確かめながら続ける。
「水を通さない。
空気も通しにくい。
しかも、完全には固まらない」
「……防具?」
「畑に、そんなものは要らない」
苦笑して、首を振る。
「保存だ。
食べ物や道具を“長く使う”ための材料だ」
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昼前、村長の家の軒先を借りて、小さな実験を始めた。
木の板を二枚、用意する。
継ぎ目に、樹液を薄く塗る。
「……こんな感じだ」
指で均しながら、説明する。
「完全に塞ぐ必要はない。
“染み込ませる”だけでいい」
ミーナが、不安そうに聞く。
「固まらないなら、意味がないんじゃ……」
「固まりすぎる方が、困る」
板を軽く押し合わせる。
「温度が変わると、木は伸び縮みする。
硬い材料だと、割れる」
しばらく置き、上から水を垂らす。
水滴は、板の上で弾かれ、横へ流れ落ちた。
「……入らない」
カイルの声が、思わず上ずる。
「完全じゃないが、十分だ」
俺は、板を少し傾けて見せる。
「これで、湿気は防げる。
少なくとも、“腐る速度”は落とせる」
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作業を見ていた村人の一人が、ぽつりと言った。
「……そんな木、
今まで、何度も見てきた」
「使い道が、分からなかっただけです」
俺は、はっきりと言った。
「この村には、
“無い”ものが多いんじゃない。
“使われていない”ものが多い」
その言葉に、カイルとミーナが黙り込む。
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夕方、森の縁で、樹液を採取する場所を決めた。
「一か所から、取りすぎない。
一日に、これくらいまで」
傷を付ける位置、深さ、間隔を示す。
「木を殺したら、意味がない。
来年も、再来年も使う」
「……農業って、
畑の外まで考えるんですね」
ミーナが、静かに言った。
「畑は、土地の一部だ。
切り離せない」
カイルは、しばらく木を見上げてから、頷いた。
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帰り道、畑の様子をもう一度見る。
水は引き始め、風が、わずかに通る。
(少しずつだ)
今日、劇的な回復はない。
だが、確実に“戻る方向”に向いている。
そして、布に染みた白い樹液は、
この村だけで終わらない可能性を秘めていた。
(冷蔵庫の失敗は、失敗じゃなかった)
素材が、ここにあった。
ただ、気づいていなかっただけだ。
俺はそう確信しながら、
次にやるべき“試作”の手順を、頭の中で組み始めていた。




