最初の敵は、病気だった
平和っていうのは、だいたい長続きしない。
芽が出た。
葉が青くなった。
村の空気が、ほんの少しだけ明るくなった。
……その三日後。
「若いの!! 大変だ!!」
村人が、顔を真っ青にして畑へ駆け込んできた。
「葉が!! 葉が変なんだ!!」
嫌な予感しかしない。
俺は走って畑に向かい、問題の株を覗き込んだ。
「……あー……」
葉の表面に、白い粉のようなもの。
ところどころ、黒い斑点。
葉脈が弱々しく歪んでいる。
(うわ、教科書そのまんまの症状……)
「なんだ!? 呪いか!? 虫か!?」
「いや、これ……」
俺は静かに言った。
「うどんこ病と、初期の葉枯病のコンボです」
「どんこ……? はがれ……?」
「要するに、植物の風邪と肺炎が同時に来た感じです」
「急に重病にするな!!」
総ツッコミが飛ぶ。
村長が血の気の引いた顔で聞いた。
「治るのか……?」
「放っておいたら、全滅します」
「全滅!?」
俺はすぐに周囲を見回した。
(高温多湿、風通し最悪、水やり過多……
そりゃ病気にもなる)
完全に、人為的コンボ事故だった。
「まず、間引きます」
「は!? せっかく芽が出たのに抜くのか!?」
「病気が広がる前に、密集を解消します。
これは“治療”じゃなくて“隔離”です」
渋る村人たちを説得し、病気の株を抜いていく。
正直、俺の心も痛かった。
(農業って、こういう決断の連続なんだよな……)
次に俺が言ったのは、さらに意味不明な一言だった。
「石灰、ありますか?」
「石……灰?」
「壁を塗る白い粉です」
「ああ、あるが……何に使う?」
俺は、畑の前で宣言した。
「これから、簡易殺菌剤を作ります」
村人たちがざわつく。
「まさか、魔法……?」
「違います。化学です」
「ますます分からん!!」
石灰と、銅を含む鉱石の粉を、少量ずつ混ぜる。
水で薄める。
即席の――
異世界ボルドー液もどき完成。
「これを、霧状にして葉に吹きかけます」
「……それ、毒じゃないだろうな?」
「人が飲んだらアウトです」
「アウトなのかよ!!」
「でも、菌には効きます」
命がけの実演が始まった。
俺は祈るような気持ちで、葉に噴霧した。
正直、成功率は五分五分。
濃度を間違えれば、作物ごと焼く。
翌朝。
村人たちと一緒に、恐る恐る畑を覗く。
「……どうだ?」
白い粉は消えている。
黒い斑点の広がりも、止まっていた。
「……止まった」
「……止まった!!」
「病気が!! 本当に止まったぞ!!」
歓声が上がった。
俺はその場にへたり込みそうになった。
(よかった……ホントに……)
その夜、村の小さな宴が開かれた。
相変わらず質素だけど、皆の顔は明るかった。
「若いの、さすが“賢者様”だな!」
「いや、まだ“見習い賢者”です」
「変なとこ謙虚だな!!」
笑いが起きる。
そのとき、昨日の子供が俺に聞いてきた。
「ねえお兄ちゃん。
病気って、目に見えないの?」
「見えない。でも、確実に“いる”」
「じゃあ、どうして倒せるの?」
俺は少し考えてから答えた。
「見えないものは、仕組みで倒すんだ」
子供は、ぽかんとした顔でうなずいた。
夜、藁の上で目を閉じながら、俺は今日のことを思い返す。
(敵は、魔物だけじゃない。
病気も、環境も、人のやり方も――全部が敵になり得る)
でも。
「……悪くないな。
異世界で、作物の病気と戦う人生って」
剣も、魔法もない。
あるのは、知識と、土と、人の手。
それで戦えるなら――
俺は、この世界で、もう少しだけ踏ん張ってみようと思った。




