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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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脂肪という資源

朝の牛舎は、前よりも音が多かった。

 三頭分の呼吸と、藁を噛む音が重なり、空気がわずかに温かい。


 桶の中には、昨日よりもはっきりと多い牛乳が溜まっている。


「……量、増えましたね」


 リリアンヌが、桶の縁を覗き込みながら言った。


「ええ。頭数が増えれば、そのまま結果に出ます。

 ただし、その分だけ判断も早くしないといけない」


「飲むだけでは、追いつかないということですね」


「はい。余らせれば、すぐに傷みます」



---


 家に戻り、牛乳を鍋に移す。

 火は使わず、そのまま静かに置いた。


 レオンが、不思議そうに手元を見ている。


「温めないんだね。昨日は火を使ってたのに」


「今日は、分けるだけだ。

 牛乳は置いておくだけで、中身が勝手に分かれる」


「……勝手に?」


「重いものと、軽いものにな」



---


 しばらくすると、表面に薄い層が浮かび始めた。


「……色、違う」


「上に浮いたのが脂肪分だ。

 これが、料理に使える一番の資源になる」


「下は?」


「水分と、たんぱく質が多い部分だ。

 体を作るのは、むしろそっちだな」



---


「じゃあ、上だけ取るんですね」


「そうだ。ただし、丁寧にやる」


 木の匙で表面をすくい、別の器に集める。

 量は多くないが、確かな重みがある。


「……思ったより、少ないですね」


「脂肪は元々、牛乳の中では少数派だ。

 だからこそ、価値が高い」



---


 革袋に移し、口を縛る。


「ここからは、力仕事だ」


「混ぜるんですか?」


「振る。

 脂肪同士をぶつけて、固める」


「……そんな方法で、本当に?」


「一番、失敗しない」



---


 一定のリズムで、袋を振る。

 しばらくすると、中の音が変わった。


「……水っぽい音じゃなくなった」


「分離が始まった合図だ」



---


 袋を開くと、黄色がかった塊と、白い液体が現れる。


「……形になってます」


「これが、バターの元だ」


「元、ということは……」


「まだ完成じゃない。

 このままだと、すぐに傷む」



---


 水で洗い、余分な液体を抜く。

 指先に残る感触が、少しずつ変わっていく。


「……触った感じが、さっきと違います」


「余分な水分が抜けた。

 これで、ようやく保存を考えられる」



---


 小さな塊を布の上に置く。

 それはもう、はっきりと“食材”の形をしていた。


「……できましたか?」


「一応は。

 味も、持ちも、まだ調整が必要だが」



---


 リリアンヌが、静かに言う。


「牛乳から、

 ヨーグルト、ホエー、そして今度はバター……

 本当に、捨てる部分がありませんね」


「ええ。

 牛乳は、分けて使うものです」


「分ける、という発想がなかっただけで」


「そういうことです」



---


 夕方、台所の卓に小さなバターを置く。

 量はわずかだが、確かな成果だった。


「……これを、どう使うんですか?」


「料理にも使えますし、売ることも考えられます。

 ただ、その前に越えないといけない問題があります」


「保存、ですね」


「はい。

 冷やさないと、すぐに駄目になります」



---


 レオンが、腕を組んで言った。


「作ることは、もうできる。

 でも、守れないと続かないってことだよね」


「いいところに気づいたな」


「……簡単じゃないね」


「だから、面白い」



---


 窓の外では、牛舎の影がゆっくり伸びていた。

 卓の上には、小さな黄色い塊。


 脂肪は、ただの栄養ではない。

 扱い方次第で、価値になる資源だった。


 俺は帳面を開き、新しい項目を書き足す。


 バター。

 保存。

 冷やす方法。


 次に考えるべき課題は、もう決まっていた。



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― 新着の感想 ―
脂肪分が多そうな牛乳だね。もしかすると、この世界の乳牛はホルスタインではなくジャージー牛よりなのかも。
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