帰る場所ができた日
朝、田んぼから戻ると、家の前に人影が集まっていた。
木材の香りと、削り屑の匂いが空気に混じっている。
(……終わった、か)
胸の奥で、静かに何かがほどけた。
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扉の前で、大工の親方が腕を組んで立っていた。
「終わったぞ。
派手じゃねぇが、長く使える家だ」
「ありがとうございます。
本当に……」
言葉が、それ以上続かなかった。
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レオンが我慢できずに扉へ駆け寄る。
「入っていい!? もういい!?」
「床、踏み抜くなよー」
親方が笑う。
「大丈夫だって!」
レオンは勢いよく扉を開けた。
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中は、思ったよりも広かった。
土間と居住スペース、作業用の一角。
余計な装飾はなく、必要なものだけが揃っている。
「……木の匂い、すごい」
「新しい家だからな」
リリアンヌは、そっと柱に触れていた。
「温かい……。
石の館とは、まるで違いますね」
「ここは、暮らすための場所ですから」
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窓を開けると、外の風がすっと通り抜けた。
田んぼの水面が、遠くにきらめいて見える。
(見える距離に、畑がある)
それだけで、胸が落ち着いた。
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「耕平さん」
「ん?」
「ここで……
本当に生活が始まるのですね」
「ええ。
寝て、食べて、働いて……全部ここです」
リリアンヌは少し考えてから、微笑んだ。
「……とても、あなたらしい家です」
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レオンは家の中を一通り走り回り、最後に叫んだ。
「ここ、俺の席!」
「勝手に決めるな」
「だって、もう家族みたいなもんでしょ!」
思わず、吹き出してしまった。
「……まあ、否定はしないけどな」
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大工たちが帰ったあと、家は急に静かになった。
風の音と、木がきしむ小さな音だけが残る。
俺は土間に腰を下ろし、深く息を吐いた。
(ようやく……“借り物”じゃない場所だ)
異世界に来てから、初めてそう思えた。
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リリアンヌが、少し離れたところで言った。
「耕平さん。
ここが、あなたの“根”になる場所ですね」
「ええ。
畑と一緒に、ここも育てていきます」
「……素敵な言い方です」
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夕方、火を入れると、家の中が柔らかく明るくなった。
壁に揺れる影が、もう“仮の住まい”ではないことを教えてくれる。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「よし。
ここからは、この家を拠点にやっていこう」
レオンが元気よく頷き、
リリアンヌも静かに微笑んだ。
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外では、田んぼの水が夕焼けを映している。
中では、木の家が静かに呼吸していた。
畑も、田んぼも、
そして――帰る場所も。
ようやく、すべてが揃った日だった。
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