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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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27/78

水が走った日

朝、畑に立つと、昨日よりも土の色が暗く見えた。

 ひび割れはまだ深いが、その底にわずかな湿りが残っている。


(……水が、届きはじめてる)


 昨日掘った“道筋”が、ほんの少しだけ仕事をしていた。



---


 レオンが、溝の先に膝をついて土をつまんだ。

 鼻に近づけて、息を吸う。


「……上がってきてる。

 水の匂いが昨日より近いよ」


「まだ流れは弱いけどな。

 今日はしっかり“つなげる”」


「つなげる……?」


「水路を、川につなぐんだ。

 あとは水が勝手に走る」



---


 川へ向かい、昨日の浅い溝を再確認する。

 地面の傾きはわずかだが、それで十分だ。


「リリアンヌ、ここで見ててください。

 水が動く瞬間を」


「動く……?」


「はい。

 水は、生きてるみたいに“走る”時があります」



---


 鍬を構え、最後の“せき止め”になっている土を崩す。

 ぐ、と重さが伝わり、泥が崩れた瞬間――


 ばしゃっ。


 音を立てて、水が溝へ飛び込んだ。


「……っ!」


 リリアンヌが思わず息を飲む。


 細い流れがまっすぐ畑に向かい、

 溝の上を滑るように走っていく。


「ほんとうに……動いていく……」



---


 レオンは全身を震わせた。


「すごい……!

 水、ぜんぶ“あっちに行きたい”って言ってる!」


「言ってないだろ」


「いや、言ってるよ!

 鼻でわかる!」


 意味不明だが、レオンの表情は真剣だった。


(こいつ……やっぱり才能あるな)



---


 畑に戻ると、乾いた表面に、細い湿りの線が走っていた。

 まだ心もとないが、確かに“水が触れた証拠”だ。


「耕平さん……

 畑が、昨日とは違って見えます」


 リリアンヌは土を触れ、そっと手のひらを見つめた。


「土の温度が……昨日より、温かい気がします」


「微生物が動き出すと、土はほんの少しだけ熱を持つんです。

 水を得て、息をし始めた証拠ですよ」


「……畑も、生きているのですね」



---


 レオンが、湿った部分を踏みしめて言った。


「ここ、呼んでる。

 もっと水、連れてこいって」


「じゃあ、連れてくるぞ。

 水路を広げて、流れを太くする」


「うん!!」



---


 三人で溝を広げ、段差をならし、

 水が迷わないように道を整える。


 水は、流れれば流れるほど“道”を覚える。

 夕方には、畑の湿った部分が広がり、

 乾いた地面との境目がゆっくりと押し広がっていった。


(いい……この調子なら、明日には“田んぼの底”を作れる)



---


「耕平さん」


「ん?」


「……わたし、この光景を見るとは思いませんでした」


 リリアンヌは泥に手をつけながら、微笑む。


「魔法でも戦いでもなく……こうして“地面が変わる”なんて。

 とても静かで……でもすごく大きなことです」


「こういうのが、農業の醍醐味ですよ」


 リリアンヌは少しだけ、嬉しそうに頷いた。



---


「よし。

 明日は“踏む”作業をします」


「ふむ……?」


「田んぼの底を作るために、土を踏み固めるんです。

 水を逃がさないように」


「やる! 踏みまくる!」


「俺より元気だな」


 そのやり取りに、リリアンヌがくすりと笑った。



---


 夕陽が畑を赤く照らす。

 湿りの帯が、まるで未来の境界線のように伸びていた。


(ここから一気に田んぼにする)


 三人は夕陽に背を押されながら、畑を後にした。



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― 新着の感想 ―
田んぼを踏み固める。泥々になるけど、色んな生き物と出会えて楽しそうだな……
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