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異世界農業譚 〜チートなし大学生、土と汗で成り上がる〜  作者: 済美 凛


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23/78

灰の奇跡

翌朝、荒野はまだ黒いままだった。昨日まで燃え続けていた熱は引き、足元の灰は、わずかに湿り気を帯びている。


 辺りには、焼け残った木の匂いと、鉄のような乾いた空気が漂っていた。


「……何も、ありませんね」


 リリアンヌが、慎重に一歩だけ踏み出す。


「はい。

 今は、何もありません」


 俺は、黒くなった地面を見下ろした。



---


 レオンが、ゆっくりと灰の上にしゃがみ込んだ。指先で、そっと地面を撫でる。


「……熱、もうない」


「中まで冷えたな」


「……でも、匂いは……昨日と違う」


 レオンは、目を閉じたまま、しばらく動かなかった。


「……土、息してる」


 その言葉に、俺は静かに頷いた。


「そうだ。

 ここからが、本当の土作りだ」



---


 まず、俺たちは灰を均す作業から始めた。鍬で表面を軽くならし、溜まり過ぎた場所の灰を薄いところへ移す。


「灰は、撒きすぎると逆に毒になります。

 だから、均等に、薄くです」


「火の後でも、そんなに加減が必要なのですか?」


「はい。

 “効くもの”ほど、使い過ぎると壊します」


 リリアンヌは小さく息を呑んだ。



---


 昼過ぎ、黒かった地面は、少しずつ灰色へと変わっていった。


 鍬を入れると、昨日までとは違う感触が返ってくる。ざらり、とした砂ではなく、少しだけ“粘り”のある手応え。


「……柔らかい」


 リリアンヌが、驚いたように言う。


「ええ。

 灰のミネラルと熱で、土の性質が変わり始めています」


 レオンは、黙って鍬を振り続けていた。



---


 数日後。


 俺たちは、豆と麦の種を、少量だけ試しに撒いた。畝はまだ低く、形も歪だ。


「……これで、どうなるのですか?」


「何も起きないかもしれません。

 でも、芽が出たなら――

 この土地は“戻ってきた”ということです」


 その言葉のあと、誰もが口を閉じた。



---


 三日目の朝。


 俺は、いつもより少し早く目が覚めた。胸の奥に、理由の分からないざわめきがあった。


 荒野へ向かうと、レオンがすでに畝の前に立っていた。


「……来て」


 その声は、妙に落ち着いていた。



---


 俺は、畝の端へしゃがみ込む。


 そして――

 黒と灰の境目に、ごく小さな緑が、ひとつだけ顔を出していた。


「……芽、ですか……?」


 リリアンヌの声が、震える。


「はい。

 間違いなく」


 俺は、喉の奥が少しだけ詰まるのを感じていた。



---


 レオンが、小さく拳を握った。


「……起きた」


 その一言が、何よりも強かった。


 誰も、しばらく言葉を発さなかった。

 風が、灰の上を静かに撫でていく。


「……あの土地が……」


 リリアンヌが、目を伏せたまま呟く。


「ええ。

 戻ってきました」



---


 その日、他にもいくつか、小さな芽が確認された。数は少ない。だが、確実に“命の数”は増えていた。


 俺は、畝の前に立ち、深く息を吐く。


「……これで分かりました。

 この土地は、もう“死んでいない”」


 レオンは、芽の横にそっと手を置いた。


「……守る」



---


 焼き尽くされた荒野に、初めて宿った、小さな緑。


 それは、まだ作物と呼ぶにはあまりにも頼りない。

 だが――

 確かにここに、“再生の証”は立ち上がっていた。



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― 新着の感想 ―
なんか感動するよ。苦労に苦労を重ねた結果、もう戻ってこないと思っていた命が戻ってきた。ここで作った作物、きっとおいしいよ。
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